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12 鉱山町から公都までの道程は

ー/ー




 鉱山の北、公国側の鉱山町の城門をほぼ顔パスで出て正面に見えた物 ―― 騎乗の騎士がズラリと並んだ真ん中に黒い大型箱型馬車(コンコード・コーチ)から、初老の男性と中年男性が降りて来た。

 磨き上げた銅鍋のようなピカピカの赤みがかった濃い金髪は亡くなったお母さまの髪と同じで、落ち着いた深緑のジレとウエストコートとコールパンツの三つ揃えにクラヴァットを緩く纏めたドレープシャツの白さが清潔感のあるお祖父(じい)さまと、渋いレンガ色の三つ揃えに、やはり白のクラヴァットとシャツがダンディな伯父さま。
 
「クラウディア」

 優しい声。

 どうして、私を、わたくし(クラウディア)をあんな優しい声で呼んでくださるの? お祖父さま……

 ――ただの一度も会いに来てくださらなかったのに

 馬車から、エイナルの手を借りて降り、数歩近寄った時点で、お祖父さまと伯父さまが駆け寄ってきて、お祖父さまに抱きすくめられる。

 は? なに、これ?

 たぶん、お目にかかれるかどうかのお伺いを立てるために、先触れを出していたので、このタイミングでお迎えに来てくださったのだろう。
 お迎えに来てくださったということは、ご迷惑ではない、ということ?

「何を言うのだ、隣国から態々(わざわざ)孫娘が会いに来てくれたというのに、冷たく追い返すような祖父がこの世に()るものか」

 いや、物語にはけっこう居ますよ? 日本の不遇主人公もののドラマにも。
 この世界では、あり得ないこと? そんなことはないだろう。キュクロス王国の高位貴族達では少なくない話だ。
 親のお膳立てした政略結婚より『真実の愛』とやらに盲目になって、下位貴族の娘と結婚したお花畑令息や、逆に嫁入りを嫌がって市井のイケメンや側仕えの騎士や従僕と駆け落ちしちゃった令嬢とか、勘当した我が子や孫を家門の一員と認めない当主と子らの確執とか、私生児や庶子の婚外子が使用人以下の扱いを受ける不遇の話とか。

「これまで、公式に会うことが出来なくて済まなんだな。事情はあったのだが、今は言っても言い訳にしかならない詮無きこと。それよりも、顔を良く見せておくれ。⋯⋯ああ、娘時分のカタリーナに似てきたな」

 目尻に光るものを湛えて、複雑な笑みを浮かべ私の頰を撫ぜるお祖父さま。

 どうやら、嫌われていたとか、孫だと認められていなかった訳ではないみたいだ。
 それはそうか。でなければ、今もカロリーネがお祖父さまの雇用で、私の侍女を続けている筈がない。
 尤も、カロリーネの雇用主がお祖父さまだというのは、最近知ったのだけれど。

「そうだった、こんなところで立ち話もなんだ、屋敷までの道程は、儂の馬車で共に行かぬか?」
「え? お祖父さまと、一緒に、ですか?」

 いきなり? まだ、初めてお会いして数分なのに、何を話したらいいの? こ、心の準備が……
 お屋敷に着くまでに、どんな挨拶をするか、お目にかかって何を話すかを考えるつもりだったのに。

 振り返ると、カロリーネが感慨深げにこちらを見ているし、アルベリータも不安には思ってないみたい。
 
 馭者のマークスも、従僕見習いのマルティンも、今はしれっと(チェン)(バレン)の顔をしたエイナルも、背中を押してくれる笑顔で頷く。

「儂の馬車(コーチ)は6人乗りじゃから、ゆったり行けるぞ? 菓子と茶の用意もある。屋敷まで待ちきれんのだ、今までのこと、そなたのこと、亡くなった父君の伯爵殿やカタリーナのこと、何でもいい、話を聞かせてくれないか?」

 そう。十七年間一度も会わなかったのだから当然、色々と聞かせて欲しいことも訊きたいことも、たくさんあるだろう。

「なんなら、会話にならなくても、ただ雑談をするだけでもいい。君の声が聴きたいのだよ。妹の声に似てはいるが、君の声の方が甘くて優しい響きだね」

 眼を細めて私を見る伯父さま。私の中に、早くに亡くした妹――お母さまの面影を見つけたいのかもしれない。
 私の記憶の中のお母さまは儚げな線の細い美人で、優しい、けれど落ち着いた感じの、聞いているこちらが安心するお声をなさっていた。

「わかりましたわ。お屋敷までの道中、お世話になります」

 お祖父さまの馬車の前に進み、ステップの前で手を差し出す。
 ドアの前に待機していたフットマンが手伝ってくれるのかと思ったのにスッと下がり、お祖父さまが私の手をとってステップに片足をかける。
 お祖父さまに手を引き上げられながら、後ろから伸びた腕に脇腹を左右からしっかりと捕まえられ、持ち上げられてふわっと、自分の手や足の力を使うことなく、大型で床面の高さが私の胸の高さほどもある客室(キャビン)に乗り込んだ。

 振り返ると、私を抱え上げたのは伯父さまだった。私が振り返りざまに落ちたりしないよう背中を支えながら乗り込んでくる。

 私を進行方向に向かっての奥の座席に座らせ、お祖父さまが隣に、伯父さまが私の正面――進行方向とは逆向きの席に着き、御者台に通じる小窓から合図を出すと、馬車はゆっくりと動き出した。

 


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 鉱山の北、公国側の鉱山町の城門をほぼ顔パスで出て正面に見えた物 ―― 騎乗の騎士がズラリと並んだ真ん中に黒い|大型箱型馬車《コンコード・コーチ》から、初老の男性と中年男性が降りて来た。
 磨き上げた銅鍋のようなピカピカの赤みがかった濃い金髪は亡くなったお母さまの髪と同じで、落ち着いた深緑のジレとウエストコートとコールパンツの三つ揃えにクラヴァットを緩く纏めたドレープシャツの白さが清潔感のあるお|祖父《じい》さまと、渋いレンガ色の三つ揃えに、やはり白のクラヴァットとシャツがダンディな伯父さま。
「クラウディア」
 優しい声。
 どうして、私を、|わたくし《クラウディア》をあんな優しい声で呼んでくださるの? お祖父さま……
 ――ただの一度も会いに来てくださらなかったのに
 馬車から、エイナルの手を借りて降り、数歩近寄った時点で、お祖父さまと伯父さまが駆け寄ってきて、お祖父さまに抱きすくめられる。
 は? なに、これ?
 たぶん、お目にかかれるかどうかのお伺いを立てるために、先触れを出していたので、このタイミングでお迎えに来てくださったのだろう。
 お迎えに来てくださったということは、ご迷惑ではない、ということ?
「何を言うのだ、隣国から|態々《わざわざ》孫娘が会いに来てくれたというのに、冷たく追い返すような祖父がこの世に|居《お》るものか」
 いや、物語にはけっこう居ますよ? 日本の不遇主人公もののドラマにも。
 この世界では、あり得ないこと? そんなことはないだろう。キュクロス王国の高位貴族達では少なくない話だ。
 親のお膳立てした政略結婚より『真実の愛』とやらに盲目になって、下位貴族の娘と結婚したお花畑令息や、逆に嫁入りを嫌がって市井のイケメンや側仕えの騎士や従僕と駆け落ちしちゃった令嬢とか、勘当した我が子や孫を家門の一員と認めない当主と子らの確執とか、私生児や庶子の婚外子が使用人以下の扱いを受ける不遇の話とか。
「これまで、公式に会うことが出来なくて済まなんだな。事情はあったのだが、今は言っても言い訳にしかならない詮無きこと。それよりも、顔を良く見せておくれ。⋯⋯ああ、娘時分のカタリーナに似てきたな」
 目尻に光るものを湛えて、複雑な笑みを浮かべ私の頰を撫ぜるお祖父さま。
 どうやら、嫌われていたとか、孫だと認められていなかった訳ではないみたいだ。
 それはそうか。でなければ、今もカロリーネがお祖父さまの雇用で、私の侍女を続けている筈がない。
 尤も、カロリーネの雇用主がお祖父さまだというのは、最近知ったのだけれど。
「そうだった、こんなところで立ち話もなんだ、屋敷までの道程は、儂の馬車で共に行かぬか?」
「え? お祖父さまと、一緒に、ですか?」
 いきなり? まだ、初めてお会いして数分なのに、何を話したらいいの? こ、心の準備が……
 お屋敷に着くまでに、どんな挨拶をするか、お目にかかって何を話すかを考えるつもりだったのに。
 振り返ると、カロリーネが感慨深げにこちらを見ているし、アルベリータも不安には思ってないみたい。
 馭者のマークスも、従僕見習いのマルティンも、今はしれっと|侍《チェン》|従《バレン》の顔をしたエイナルも、背中を押してくれる笑顔で頷く。
「儂の|馬車《コーチ》は6人乗りじゃから、ゆったり行けるぞ? 菓子と茶の用意もある。屋敷まで待ちきれんのだ、今までのこと、そなたのこと、亡くなった父君の伯爵殿やカタリーナのこと、何でもいい、話を聞かせてくれないか?」
 そう。十七年間一度も会わなかったのだから当然、色々と聞かせて欲しいことも訊きたいことも、たくさんあるだろう。
「なんなら、会話にならなくても、ただ雑談をするだけでもいい。君の声が聴きたいのだよ。妹の声に似てはいるが、君の声の方が甘くて優しい響きだね」
 眼を細めて私を見る伯父さま。私の中に、早くに亡くした妹――お母さまの面影を見つけたいのかもしれない。
 私の記憶の中のお母さまは儚げな線の細い美人で、優しい、けれど落ち着いた感じの、聞いているこちらが安心するお声をなさっていた。
「わかりましたわ。お屋敷までの道中、お世話になります」
 お祖父さまの馬車の前に進み、ステップの前で手を差し出す。
 ドアの前に待機していたフットマンが手伝ってくれるのかと思ったのにスッと下がり、お祖父さまが私の手をとってステップに片足をかける。
 お祖父さまに手を引き上げられながら、後ろから伸びた腕に脇腹を左右からしっかりと捕まえられ、持ち上げられてふわっと、自分の手や足の力を使うことなく、大型で床面の高さが私の胸の高さほどもある|客室《キャビン》に乗り込んだ。
 振り返ると、私を抱え上げたのは伯父さまだった。私が振り返りざまに落ちたりしないよう背中を支えながら乗り込んでくる。
 私を進行方向に向かっての奥の座席に座らせ、お祖父さまが隣に、伯父さまが私の正面――進行方向とは逆向きの席に着き、御者台に通じる小窓から合図を出すと、馬車はゆっくりと動き出した。