蛇蟲③
ー/ー そのあと、すぐさま部屋にお香を焚いて、さらに念のため、お清めスプレーも部屋中に吹きかけておきました。
そしていよいよ、除霊が始まりました。僕はお経を唱えて、伊沢さんは手を合わせて霊力を練り始めました。
そうしていよいよ蛇蟲を祓おうとしていた時でした。蛇蟲の体がずぶずぶずぶ、とWさんの中へと沈み込んでいきました。
Wさんの中に入り込もうとしている、と気づいたのですが、止めるすべはありませんでした。まもなく、蛇の体が全部、Wさんの体の中へと入り込んでしまいました。
先ほどまで、おとなしく手を合わせて目をつぶっていたWさんが、かっと目を見開いて、立ち上がりました。僕は慌てて、彼女を取り押さえようとしました。
ところが、彼女は大型機械のような力で僕の腕をあっさりふりほどいてしまいました。とてもではありませんが、普通の女性が出せるような力ではありませんでした。おそらく、蛇蟲が憑依したことで信じられないような力を発揮することができるようになっていたのでしょう。
それから、Wさんは僕の体をつかんで、投げ飛ばしたのです。
一瞬、重力が消えたような気がしました。気づくと、体が宙を飛んでいました。直後、体が壁にぶつかって、高いところから落下した時のような、重い衝撃を体に感じました。
床に落ちてから、僕は痛みのあまりしばらくのあいだ、動けませんでした。
いっぽう、Wさんは伊沢さんへ向かっていっていました。このままでは彼女が殺されてしまう。そう思っていた時でした。
伊沢さん
「動くな!」
Wさんの体の動きがぴたりと止まりました。
伊沢さんが言霊を使ったのでしょう。しかし言霊には使用回数に制限があって、一日に一回以上使うと喉に支障が出ます。二回、三回と使えば喉がつぶれて、しゃべれなくなるのです。
伊沢さんは霊力を練り直そうとしてか、再び手を合わせました。
このまま止まっていてくれ、と僕は祈るような気持ちで念じていました。しかし、Wさんはゆっくりとですが、足を前に一歩、踏み出しました。言霊の制限を振り切って、むりやり動き出そうとしていたのです。
やばいと思った僕は、痛む体に鞭打って、体を起こしました。そしてとっさに、お清めスプレーのノズル部分を外しました。
そしてWさんに近づくと、お清めスプレーの中身を全部、Wさんの頭の上からかけました。
すると、Wさんが甲高い悲鳴をあげました。それでも体を微動だにしなかったのは、言霊に縛られていたからでしょう。もだえ苦しみながらも直立しているWさんの姿はある種、異様でした。
もちろん、苦しんでいるのは蛇蟲のほうです。そして苦しんでいるということは、中にいる蛇蟲が弱っている証拠でもあります。お清めスプレーの中身をかけられて弱っていたのに加えて、言霊で縛られていたため、やつを抑え込むのは容易でした。
そうしてやつを抑え込んでいるあいだに、伊沢さんは霊力を練り終えて、手刀を作りました。彼女はその手刀をWさんのへその下あたりに突き刺しました。
彼女は、突き刺した手刀をぐっと押し込んだあと、右斜め下へさっと切り払いました。
彼女が手刀を切り払う直前、Wさんの口からぽつりと、言葉が漏れました。はっきりとした言葉ではなかったので、うまく聞き取れなかったのですが、「どうして」と言っていたように思います。
そのあと、Wさんは気を失ってしまいました。除霊は成功して、蛇蟲は消滅したのです。
そのあと、Wさんの介抱をして、依頼は終了しました。
帰っている途中で、僕は最後にWさんが口にした言葉について彼女と話をしました。
僕
「あの言葉ってやっぱり、蛇蟲が言ったんですかね?」
伊沢さん
「そのはずだよ。現に、Wさんは憑依されていた時の記憶はなかったみたいだし」
僕
「その、どうして、っていうのは、どういうことを言いたかったんだと思いますか?」
伊沢さん
「私に聞こえたのは、どうして自分がこんな目に遭わなきゃならないんだ、っていう声だった。普通に生きていたら、森とかで生きていって、森で死ねたのにって。自分が生まれ育った場所で死にたかった、って思ってたみたい。そりゃそうだよね、蛇なんだから、自然の中で一生を終えたいよね」
呪いは、誰も幸せにしない行為です。術者本人の寿命も縮めます。
呪いをしようとするのは、いつだって前を向けない人間です。過去に捕らわれたばっかりに、結果として多くのものを壊してしまって、最後は化け物みたいになってしまうのです。みなさんは、そうならないようにしてください。
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