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活躍をお祈り申し上げます(笑) 後編

ー/ー



高級料亭キッチョウ

〈これで三人目、偶然とは思えん〉
 タカミ所長は、いきいきとした筆致で描かれた虎の屏風を眺めながら、お猪口グラスに注がれた冷酒をこくりと飲み干した。虎は今にも踏みしめている岩を蹴って屏風から飛出してきそうだ。タカミが空いたグラスを持ったまま左手を横に出すと、すかさず背後に控えた給仕オイランがおかわりを注ぐ。彼は思考を巡らせながら再び酒をあおった。

 オーガニックタタミの清涼な香りも、タカミの言い知れぬ不安感を拭うことは出来なかった。


「ペースが早いわね、何か心配ごとでも?」
 右斜め前の席に座るカムノ主席研究員が訊ねた。

「そうだ。皆、この年になれば身内の不幸が当たり前になるが、ここ最近は多すぎる。不自然なほどにな」

 言われて、カムノ主任は下座の空席を見た。一つは付き合いの悪い心理学者の席だ。彼はまだ生きている。だが残りの三席は、全員すでにこの世を去っていた。
「言われてみれば、多いかも。ヤマダが去年の十一月。タマトさんが、ええと二月。それにノコナカちゃんが三日前」カムノは指折り数えた。

「まだ春にもならないというのに三人だ。ノコナカは交通事故だったらしいが、こうも立て続けにだと、それも本当なのか。ヤマダとタマトもそうだ。誰かしらが裏にいるのではないかと感じる」

「考えすぎ…とは言えないか。それで今回は貴方から食事会の開催を要請したわけね」
 カムノはタマトの話に合わせて相槌を打つ。本当に信じているわけでない。

「ああ、我らがボスは警察にも顔が利く。再調査を働きかけてもらおうとおもったのだが、奴め一向に出てくる気配がない」
 タカミは舌打ちをして視線を自分たちがいる料亭のVIPルームの最奥に向けた。仕切り板で目隠しされたゲスト用の浴室から、入浴中の人物が出てくるのをもう一時間も待っているのだ。
 彼はさらに酒を呷った。


 カポーン

「調査班からの報告によると、先日のカナメ・ノコナカの死亡は昨年から続く旧ヨコハマ・ドセンタン研究所バイオケミカル部門元メンバーの襲撃と同一の者による犯行であるとのことです」

 秘書の報告に耳を傾けながら、カダスマ・ザンゴは報告書のページをめくった。目を通し終えると、イミテーション檜風呂の水面に浮いたお盆に紙の束を置いて秘書の方へと押し出した。
 彼は大きく両腕を上に伸ばし深呼吸をした。浴槽に満たされた黄緑色の半透明液体に身を預ける。

 彼は大きく両腕を上に伸ばし深呼吸をし、浴槽に満たされた黄緑色の半透明液体に肩まで身を沈めた。

「外の彼らにはこの事は伏せておけ。しかるべき時に私から話す」

「犯人についてはいかがいたしましょう」

「彼らの最新の居場所だけ常に把握しておけ。後は何もするな。私の指示があるまで接触も確保もなしだ。けして早まらず丁重に扱え」

 秘書は深く一礼してカダスマの命令を承諾した。

「彼らを待たせすぎるのも悪い。そろそろ出るとしよう」
 カダスマは浴槽から立ち上がった。その身体は頭頂部からつま先まで体毛が一切ない。肌はすべすべした見た目で大理石のように白く、その身長は一八〇メートルの偉丈夫だった。カダスマの姿を見た者は、その身体的特徴の不気味さに驚き、彼の実年齢が百歳近い老人であることを知り二度驚くのだ。

 すかさず気配を消していたオイランたちがタオルでカダスマの体から水滴を拭き取り、彼が服に袖を通すのを補助する。
 身だしなみを整えたカダスマは専用の浴室から食事会メンバーが待つ部屋へと向かった。
「待たせてすまない。食事は楽しんでくれているかな」カダスマは聴くものに信頼感を抱かせる力強く落ち着いた口調で言葉を投げ掛けた。

 ボスの登場に、タカミ所長は待ちくたびれたという態度を隠しもしなかった。
「ああ、おかげさまで酒を二合も飲めた。もっとゆっくりしていても良かったんだが」

「ふっ、相変わらずだな。長々と待たせて申し訳ない」
 カダスマは上座の席につき、謝罪の言葉を口にする。タカミの嫌味は軽く流して相手にしない。
 オイランが前菜をカダスマの席に運び、お猪口グラスによく冷えた冷酒を注ぐ。

「食べながらでいい、話を聞いてくれ」
 タカミが切り出した。
「今日の食事会をセッティングしてもらったのは他でもない、この数ヶ月間で続いているメンバーの死についてだ」

「聞いている。続けてくれ」

「昨年の末から、立て続けにタマトとヤマダが相次いで死んだ。まあ、これだけなら不思議なことじゃあない。見た目は若く保てても、腹の中まではそういかないからな。問題なのは三人目だ。ノコナカ、彼女は三日前に車事故で死んだ。サイバネで身体改造したボディガード二人がついていたそうだ。彼らも死んだ。企業に委託されたサイボーグまでもがだ。自分の身体すら犠牲にして護衛対象を守るような奴らがいて、たかが事故で死んだなんて信じられると思うか? 根拠のない直感だが、誰かが我々の命を狙っている。そんな確信があるんだ」

「君が直感を信じるとは驚きだな。年月は人を変えるようだ。それで、その他の説得材料は何かあるかね?」

「そんな物はない!」タカミは腰に手を当て堂々と言った。

 カダスマは大声で笑った。「それはいい! 驚くべき動物的勘の冴えだ!」

 居心地の悪さを感じながらスシを頬張っていたカムノが怪訝な表情をカダスマに向ける。タカミ所長の陰謀論にかぶれた被害妄想など、面白くもない冗談だと一蹴するとばかり思っていたからだ。

「あんたがそんな風に笑うとは意外だった。そんなにこの話が楽しかったか?」

「いや失礼した。気を悪くしないでもらいたい。タカミ所長、君の堂々とした態度は確かに面白かったが、それ以上にその鋭さに驚いているのだ」

「それは……」

「ああ、君の直感は当たっている。我々の仲間が次々と亡くなっているのは、偶然などではない。すべて仕組まれたものだ。正体や理由は不明だが、二人組の殺し屋が我々の仲間を殺した」

「……なぜそれを早くに話さなかった」
 タカミはたった今生まれたわずかな疑念を口に出した。
「判明したのがつい先ほどだった。それに詳細も判明していない状態で、軽はずみに君たちを不安にさせたくなかった」

 仲間を気づかったもっともらしい言い分だ。素晴らしく冷静で的確な判断力だとタカミは皮肉った。おそらくタカミ自身でも同じ事をしたであろうが、何か腑に落ちない違和感がある。しかしカダスマの黒に染まった人間離れした眼からはその正体を読み取る事が出来ない。分かるのは、目の前のギリシャ彫刻めいた老人が自分など足元にも及ばないほどに老獪だということだけだ。今のタカミに出来ることは何もない。

「犯人の調査については私の秘書が対応する。何かわかり次第追って知らせる。さあ、食事を続けよう」
 カダスマが左手で椅子を示しタカミに着席するように促す。もうこれ以上はこの件について何も話すつもりはないということだ。タカミは渋々イスに腰を下ろした。

 カダスマがグラスを掲げ、それにタカミとカムノも続いてグラスを持つ。
「乾杯」カダスマの音頭で三つのグラスが中身を空にした。

 乾杯をしたタカミは、以前にも増して勢いをつけてきた不安感を誤魔化すため、アルコール度数の高い酒を追加オーダーした。


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高級料亭キッチョウ
〈これで三人目、偶然とは思えん〉
 タカミ所長は、いきいきとした筆致で描かれた虎の屏風を眺めながら、お猪口グラスに注がれた冷酒をこくりと飲み干した。虎は今にも踏みしめている岩を蹴って屏風から飛出してきそうだ。タカミが空いたグラスを持ったまま左手を横に出すと、すかさず背後に控えた給仕オイランがおかわりを注ぐ。彼は思考を巡らせながら再び酒をあおった。
 オーガニックタタミの清涼な香りも、タカミの言い知れぬ不安感を拭うことは出来なかった。
「ペースが早いわね、何か心配ごとでも?」
 右斜め前の席に座るカムノ主席研究員が訊ねた。
「そうだ。皆、この年になれば身内の不幸が当たり前になるが、ここ最近は多すぎる。不自然なほどにな」
 言われて、カムノ主任は下座の空席を見た。一つは付き合いの悪い心理学者の席だ。彼はまだ生きている。だが残りの三席は、全員すでにこの世を去っていた。
「言われてみれば、多いかも。ヤマダが去年の十一月。タマトさんが、ええと二月。それにノコナカちゃんが三日前」カムノは指折り数えた。
「まだ春にもならないというのに三人だ。ノコナカは交通事故だったらしいが、こうも立て続けにだと、それも本当なのか。ヤマダとタマトもそうだ。誰かしらが裏にいるのではないかと感じる」
「考えすぎ…とは言えないか。それで今回は貴方から食事会の開催を要請したわけね」
 カムノはタマトの話に合わせて相槌を打つ。本当に信じているわけでない。
「ああ、我らがボスは警察にも顔が利く。再調査を働きかけてもらおうとおもったのだが、奴め一向に出てくる気配がない」
 タカミは舌打ちをして視線を自分たちがいる料亭のVIPルームの最奥に向けた。仕切り板で目隠しされたゲスト用の浴室から、入浴中の人物が出てくるのをもう一時間も待っているのだ。
 彼はさらに酒を呷った。
 カポーン
「調査班からの報告によると、先日のカナメ・ノコナカの死亡は昨年から続く旧ヨコハマ・ドセンタン研究所バイオケミカル部門元メンバーの襲撃と同一の者による犯行であるとのことです」
 秘書の報告に耳を傾けながら、カダスマ・ザンゴは報告書のページをめくった。目を通し終えると、イミテーション檜風呂の水面に浮いたお盆に紙の束を置いて秘書の方へと押し出した。
 彼は大きく両腕を上に伸ばし深呼吸をした。浴槽に満たされた黄緑色の半透明液体に身を預ける。
 彼は大きく両腕を上に伸ばし深呼吸をし、浴槽に満たされた黄緑色の半透明液体に肩まで身を沈めた。
「外の彼らにはこの事は伏せておけ。しかるべき時に私から話す」
「犯人についてはいかがいたしましょう」
「彼らの最新の居場所だけ常に把握しておけ。後は何もするな。私の指示があるまで接触も確保もなしだ。けして早まらず丁重に扱え」
 秘書は深く一礼してカダスマの命令を承諾した。
「彼らを待たせすぎるのも悪い。そろそろ出るとしよう」
 カダスマは浴槽から立ち上がった。その身体は頭頂部からつま先まで体毛が一切ない。肌はすべすべした見た目で大理石のように白く、その身長は一八〇メートルの偉丈夫だった。カダスマの姿を見た者は、その身体的特徴の不気味さに驚き、彼の実年齢が百歳近い老人であることを知り二度驚くのだ。
 すかさず気配を消していたオイランたちがタオルでカダスマの体から水滴を拭き取り、彼が服に袖を通すのを補助する。
 身だしなみを整えたカダスマは専用の浴室から食事会メンバーが待つ部屋へと向かった。
「待たせてすまない。食事は楽しんでくれているかな」カダスマは聴くものに信頼感を抱かせる力強く落ち着いた口調で言葉を投げ掛けた。
 ボスの登場に、タカミ所長は待ちくたびれたという態度を隠しもしなかった。
「ああ、おかげさまで酒を二合も飲めた。もっとゆっくりしていても良かったんだが」
「ふっ、相変わらずだな。長々と待たせて申し訳ない」
 カダスマは上座の席につき、謝罪の言葉を口にする。タカミの嫌味は軽く流して相手にしない。
 オイランが前菜をカダスマの席に運び、お猪口グラスによく冷えた冷酒を注ぐ。
「食べながらでいい、話を聞いてくれ」
 タカミが切り出した。
「今日の食事会をセッティングしてもらったのは他でもない、この数ヶ月間で続いているメンバーの死についてだ」
「聞いている。続けてくれ」
「昨年の末から、立て続けにタマトとヤマダが相次いで死んだ。まあ、これだけなら不思議なことじゃあない。見た目は若く保てても、腹の中まではそういかないからな。問題なのは三人目だ。ノコナカ、彼女は三日前に車事故で死んだ。サイバネで身体改造したボディガード二人がついていたそうだ。彼らも死んだ。企業に委託されたサイボーグまでもがだ。自分の身体すら犠牲にして護衛対象を守るような奴らがいて、たかが事故で死んだなんて信じられると思うか? 根拠のない直感だが、誰かが我々の命を狙っている。そんな確信があるんだ」
「君が直感を信じるとは驚きだな。年月は人を変えるようだ。それで、その他の説得材料は何かあるかね?」
「そんな物はない!」タカミは腰に手を当て堂々と言った。
 カダスマは大声で笑った。「それはいい! 驚くべき動物的勘の冴えだ!」
 居心地の悪さを感じながらスシを頬張っていたカムノが怪訝な表情をカダスマに向ける。タカミ所長の陰謀論にかぶれた被害妄想など、面白くもない冗談だと一蹴するとばかり思っていたからだ。
「あんたがそんな風に笑うとは意外だった。そんなにこの話が楽しかったか?」
「いや失礼した。気を悪くしないでもらいたい。タカミ所長、君の堂々とした態度は確かに面白かったが、それ以上にその鋭さに驚いているのだ」
「それは……」
「ああ、君の直感は当たっている。我々の仲間が次々と亡くなっているのは、偶然などではない。すべて仕組まれたものだ。正体や理由は不明だが、二人組の殺し屋が我々の仲間を殺した」
「……なぜそれを早くに話さなかった」
 タカミはたった今生まれたわずかな疑念を口に出した。
「判明したのがつい先ほどだった。それに詳細も判明していない状態で、軽はずみに君たちを不安にさせたくなかった」
 仲間を気づかったもっともらしい言い分だ。素晴らしく冷静で的確な判断力だとタカミは皮肉った。おそらくタカミ自身でも同じ事をしたであろうが、何か腑に落ちない違和感がある。しかしカダスマの黒に染まった人間離れした眼からはその正体を読み取る事が出来ない。分かるのは、目の前のギリシャ彫刻めいた老人が自分など足元にも及ばないほどに老獪だということだけだ。今のタカミに出来ることは何もない。
「犯人の調査については私の秘書が対応する。何かわかり次第追って知らせる。さあ、食事を続けよう」
 カダスマが左手で椅子を示しタカミに着席するように促す。もうこれ以上はこの件について何も話すつもりはないということだ。タカミは渋々イスに腰を下ろした。
 カダスマがグラスを掲げ、それにタカミとカムノも続いてグラスを持つ。
「乾杯」カダスマの音頭で三つのグラスが中身を空にした。
 乾杯をしたタカミは、以前にも増して勢いをつけてきた不安感を誤魔化すため、アルコール度数の高い酒を追加オーダーした。