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君の話 ―4―

ー/ー



 面識があるような口ぶりで八重とマーリンが相対する。対峙する2人の強者が火花を散らし、モニカの目の前で今にもぶつかり合いそうなほど顔を近づけあっていた。因縁めいたものすら感じられる2人の周りには何かただならぬ雰囲気が漂っている。間に入ることすら許されない威圧感。モニカは今にも気を失ってしまいそうなほどその威圧感に当てられていた。


「久しいな、息災か? 終極(ピリオド)よ」

「……今は『マーリン・ラクス』と名乗っているんだ。そっちの名前で呼ばれるの嫌いだからさ、マーリンって呼んでくれるかい」

「そうか、すまぬなマーリン。それで、何故妾を転移などさせた?」

「いや、別に八重殿を呼んだつもりは無いのですがね……」


 マーリンはソラを抱きかかえて座るモニカに目をやるとため息をついて肩を落とす。魂で繋がっているモニカとソラ。今回の転移では、血を媒介として呼び出されたソラと連鎖して予想外の客が招かれてしまったようだ。
 妖である八重に魔法の概念など通用しない。転移魔法は通常、一度の発動に限り1人限りしか転移させることができない。複数人を転移させるためには、相応の大きさの魔法陣を構成するか、いくつも魔法陣を展開させるかの二つに一つだ。どちらにしても、魔力の消費が大きすぎてほとんどの場合は選択肢にすら入らない。


「まったく、あなたには驚かされる」


 だが、魔法のルールは妖に適されない。一度ソラが通ったことでできた通り道。極わずかなその隙間を使って八重はやってきてしまった。


「私たちの常識などお構い無しですか」

「小難しいことは好かん。道があるなら使えばよかろう」

「それができないのが魔法なのですよ」


 妙に腰を低くして話すマーリンを見て、モニカは疑問を浮かべた。いくら相手があの九尾の狐であろうと、『終極の鍵』であるマーリンがそこまでへりくだるほどの格はないはずだ。むしろ、モニカから見ればマーリンの方が上位の存在に思える。かといって、2人の間に上下の関係があるようにも思えない。対等、あるいは朋友にも見えてしまう。


「あの、八重とマーリンさんはどういう関係なんですか?」


 謎のままにしておけない疑問をモニカは素直に2人に投げかけた。2人は一瞬モニカを見て、考える間もなく答えた。


「旧友、あるいは協力者」

「語るに値せん」


 返事を聞くに、どうやら2人に何かがあったのは間違いないとモニカは静かに頷いた。八重の素っ気ない対応を見るに、少なくともいい関係ではなさそうだ。それ以上のことを知りえないモニカとソラは背筋を伸ばして行儀よく待っていることしかできなかった。


「さぁ、思い出話ばかりしてもいられない。ゆっくりしているように見えて時間が無いからね。八重殿も席についてくれ」

「ふん、菓子のひとつも出ぬ話の場など興味は無いがの」

「悪いね、まさか貴女が来るとは思っていなかったんだ」


 悪態をつきながらも八重は上品な仕草でモニカの後ろに腰を下ろす。モニカは戸惑いながら八重を見上げたが、八重はにこりと笑いながら口に指を当てて静かにするようジェスチャーをするだけだった。久しぶりの再開だというのに、八重はモニカにまるで反応を示そうとはしない。少し寂しい気分になりそうになったモニカはしゅんと肩を落とした。
 そのことを知るか知らずか、何かを感じたらしいソラはモニカの顎にすりすりとすり寄った。ぴこぴこと跳ねる耳がくすぐったく、モニカの顔には次第に笑みが浮かび始めた。


「ふふ、いいコンビだね」

「はっ……! ご、ごめんなさい!」

「気にしなくていいよ。君の後ろの妖も満足げだからね」


 モニカが後ろを振り向くと、そこには恐怖や怨念といった九尾の狐の象徴とは程遠い表情をしている八重の姿があった。それは正しく、我が子を見守る母のような、穏やかさや慈しみに満ちた表情だった。


「妾のことはよい。話を続けろ、終極(ピリオド)

「……まぁ、貴女が呼びやすい方で呼んでくれていい」


 八重は先程の会話の内容をもう忘れてしまっていたらしく、聞き慣れない呼称でマーリンを呼んだ。一体どれほど名前を持っているのだろうと、モニカが頭の中でマーリンの呼び名を数えているうちに、マーリンは語り始めた。モニカは八重にポンと頭を叩かれ、改めてマーリンの話に耳を傾ける。


「さて、これまでで『繋ぐ者』の役割を説明したわけだけど……何か質問は?」


 マーリンの投げかけた言葉に、モニカは少し言葉をつまらせつつも答える。それは、聞きたくても聞けなかった疑問だ。モニカは、それを聞くことで空気が淀むことを承知でマーリンに言った。
 繋ぐ者の役割は二つの世界を繋ぎ、均衡を保つこと。けれど、モニカに役割が継がれるまで、それを知る繋ぐ者はいなかった。ならば――


「私が『繋ぐ者』になるまで、二つの世界の均衡はどうなっていたんですか?」


 その言葉を聞いた瞬間、マーリンの表情が険しくなった。まるで、何かを威圧するかのような覇気を放ち、睨みつけるように()()()()()()()凝視している。そして一言、鋭く、けれど穏やかな声でマーリンは言った。


「抑えろ、八重。君の娘が震えているぞ」


 モニカが慌てて振り返ると、八重は九尾の狐と呼ばれるに相応しい形相をしていた。マーリンなど比にもならないほどの威圧感と尋常ではない妖気が放たれる。モニカに抱きかかえられているソラは怯えるようにぷるぷると震えていた。
 何が八重の怒りに触れたのか、それは明確だった。八重は『繋ぐ者』について知っていた数少ない人物の一人だ。それも、数えることもできないほどの年月を過ごしている妖でもある。『繋ぐ者』と無関係であるはずがない。だが、ここまでの反応であるとは、モニカも予想していなかった。


「落ち着くんだ。()()は貴女のせいでも、彼女のせいでもない。止められなかった私がすべての問題だ」

「…………ふぅ――。すまぬ、取り乱してしまった」

「……あの」

「聞かなくていい。それについては、いつか、八重が話してくれる」


 マーリンの言った『()()』につい興味はあったが、モニカの言葉はマーリンに遮られてしまった。この話について聞くことができるのは随分先になりそうだと、モニカは飲み込むことにした。


「他に質問がないなら次の話をするよ」


 パタンと、マーリンが本を閉じると、少しのざわめきがあった古書館が静寂に包まれた。


「君の、『繋ぐ者』としての覚悟を問おう」


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次のエピソードへ進む 君の話 ―5―


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 面識があるような口ぶりで八重とマーリンが相対する。対峙する2人の強者が火花を散らし、モニカの目の前で今にもぶつかり合いそうなほど顔を近づけあっていた。因縁めいたものすら感じられる2人の周りには何かただならぬ雰囲気が漂っている。間に入ることすら許されない威圧感。モニカは今にも気を失ってしまいそうなほどその威圧感に当てられていた。
「久しいな、息災か? |終極《ピリオド》よ」
「……今は『マーリン・ラクス』と名乗っているんだ。そっちの名前で呼ばれるの嫌いだからさ、マーリンって呼んでくれるかい」
「そうか、すまぬなマーリン。それで、何故妾を転移などさせた?」
「いや、別に八重殿を呼んだつもりは無いのですがね……」
 マーリンはソラを抱きかかえて座るモニカに目をやるとため息をついて肩を落とす。魂で繋がっているモニカとソラ。今回の転移では、血を媒介として呼び出されたソラと連鎖して予想外の客が招かれてしまったようだ。
 妖である八重に魔法の概念など通用しない。転移魔法は通常、一度の発動に限り1人限りしか転移させることができない。複数人を転移させるためには、相応の大きさの魔法陣を構成するか、いくつも魔法陣を展開させるかの二つに一つだ。どちらにしても、魔力の消費が大きすぎてほとんどの場合は選択肢にすら入らない。
「まったく、あなたには驚かされる」
 だが、魔法のルールは妖に適されない。一度ソラが通ったことでできた通り道。極わずかなその隙間を使って八重はやってきてしまった。
「私たちの常識などお構い無しですか」
「小難しいことは好かん。道があるなら使えばよかろう」
「それができないのが魔法なのですよ」
 妙に腰を低くして話すマーリンを見て、モニカは疑問を浮かべた。いくら相手があの九尾の狐であろうと、『終極の鍵』であるマーリンがそこまでへりくだるほどの格はないはずだ。むしろ、モニカから見ればマーリンの方が上位の存在に思える。かといって、2人の間に上下の関係があるようにも思えない。対等、あるいは朋友にも見えてしまう。
「あの、八重とマーリンさんはどういう関係なんですか?」
 謎のままにしておけない疑問をモニカは素直に2人に投げかけた。2人は一瞬モニカを見て、考える間もなく答えた。
「旧友、あるいは協力者」
「語るに値せん」
 返事を聞くに、どうやら2人に何かがあったのは間違いないとモニカは静かに頷いた。八重の素っ気ない対応を見るに、少なくともいい関係ではなさそうだ。それ以上のことを知りえないモニカとソラは背筋を伸ばして行儀よく待っていることしかできなかった。
「さぁ、思い出話ばかりしてもいられない。ゆっくりしているように見えて時間が無いからね。八重殿も席についてくれ」
「ふん、菓子のひとつも出ぬ話の場など興味は無いがの」
「悪いね、まさか貴女が来るとは思っていなかったんだ」
 悪態をつきながらも八重は上品な仕草でモニカの後ろに腰を下ろす。モニカは戸惑いながら八重を見上げたが、八重はにこりと笑いながら口に指を当てて静かにするようジェスチャーをするだけだった。久しぶりの再開だというのに、八重はモニカにまるで反応を示そうとはしない。少し寂しい気分になりそうになったモニカはしゅんと肩を落とした。
 そのことを知るか知らずか、何かを感じたらしいソラはモニカの顎にすりすりとすり寄った。ぴこぴこと跳ねる耳がくすぐったく、モニカの顔には次第に笑みが浮かび始めた。
「ふふ、いいコンビだね」
「はっ……! ご、ごめんなさい!」
「気にしなくていいよ。君の後ろの妖も満足げだからね」
 モニカが後ろを振り向くと、そこには恐怖や怨念といった九尾の狐の象徴とは程遠い表情をしている八重の姿があった。それは正しく、我が子を見守る母のような、穏やかさや慈しみに満ちた表情だった。
「妾のことはよい。話を続けろ、|終極《ピリオド》」
「……まぁ、貴女が呼びやすい方で呼んでくれていい」
 八重は先程の会話の内容をもう忘れてしまっていたらしく、聞き慣れない呼称でマーリンを呼んだ。一体どれほど名前を持っているのだろうと、モニカが頭の中でマーリンの呼び名を数えているうちに、マーリンは語り始めた。モニカは八重にポンと頭を叩かれ、改めてマーリンの話に耳を傾ける。
「さて、これまでで『繋ぐ者』の役割を説明したわけだけど……何か質問は?」
 マーリンの投げかけた言葉に、モニカは少し言葉をつまらせつつも答える。それは、聞きたくても聞けなかった疑問だ。モニカは、それを聞くことで空気が淀むことを承知でマーリンに言った。
 繋ぐ者の役割は二つの世界を繋ぎ、均衡を保つこと。けれど、モニカに役割が継がれるまで、それを知る繋ぐ者はいなかった。ならば――
「私が『繋ぐ者』になるまで、二つの世界の均衡はどうなっていたんですか?」
 その言葉を聞いた瞬間、マーリンの表情が険しくなった。まるで、何かを威圧するかのような覇気を放ち、睨みつけるように|モ《・》|ニ《・》|カ《・》|の《・》|背《・》|後《・》|を《・》凝視している。そして一言、鋭く、けれど穏やかな声でマーリンは言った。
「抑えろ、八重。君の娘が震えているぞ」
 モニカが慌てて振り返ると、八重は九尾の狐と呼ばれるに相応しい形相をしていた。マーリンなど比にもならないほどの威圧感と尋常ではない妖気が放たれる。モニカに抱きかかえられているソラは怯えるようにぷるぷると震えていた。
 何が八重の怒りに触れたのか、それは明確だった。八重は『繋ぐ者』について知っていた数少ない人物の一人だ。それも、数えることもできないほどの年月を過ごしている妖でもある。『繋ぐ者』と無関係であるはずがない。だが、ここまでの反応であるとは、モニカも予想していなかった。
「落ち着くんだ。|あ《・》|れ《・》は貴女のせいでも、彼女のせいでもない。止められなかった私がすべての問題だ」
「…………ふぅ――。すまぬ、取り乱してしまった」
「……あの」
「聞かなくていい。それについては、いつか、八重が話してくれる」
 マーリンの言った『|あ《・》|れ《・》』につい興味はあったが、モニカの言葉はマーリンに遮られてしまった。この話について聞くことができるのは随分先になりそうだと、モニカは飲み込むことにした。
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 パタンと、マーリンが本を閉じると、少しのざわめきがあった古書館が静寂に包まれた。
「君の、『繋ぐ者』としての覚悟を問おう」