君の話 ―3―
ー/ー
奇跡が起きた日。モニカがソラと出会ったあの日、その繋がりは生じた。
「聞けば、君はかつて妖に呪われたことがあるそうじゃないか」
眩く輝いている魔法陣をよそ目にマーリンは語り出す。モニカは否定することなく首を縦に振る。
「魔法使いが魔獣と結ぶ契約。妖にとっての呪いは、それと酷似しているんだ」
魔法使いと魔獣の血の契約。隷属し、使役するのが魔獣と魔法使いの関係だ。魔獣は魔法の研究のため、戦う相棒として召喚される。魔獣と魔法使いの間には明確な主従関係があり、それが覆ることはない。主人に手を加えようものなら躾が下り、魔獣が命令に背くことはない。
だが、妖は違う。生きている世界が違う人間と妖では、主従関係はおろか、触れ合うことすらありえない。そんな妖が、人間と結ぶ唯一の繋がり。モニカも、それを体験したことがある。その記憶がフラッシュバックしているのか、モニカは激しく拍動する心臓をギュッと抑えこんだ。
呼吸が浅く、小刻みに繰り返される。視界が揺れ、まるで世界が目まぐるしく回っているみたいに定まらない。モニカの記憶に強烈に刻み込まれたあの日の出来事。ソラに呪われたあの日を思い出すだけで、いまでも動悸が止まらなくなる。
契約などではなく、ただ妖が妖であるが故に災う呪い。モニカを死に望ませたあの呪いは完全には消えることなく、いまでもモニカの背中に刻まれている。
「血を介した魔獣との契約。では、妖の場合は何を持って人間と繋がるのだと思う?」
言うまでもなく、それは――
「…………魂」
「そうさ。君とあの妖は、血なんかよりももっと深く根源的なものと繋がっているんだ」
人と妖を繋ぐもの、それが魂だ。本来ならば、呪われた者は例外なく死に至る。だが、モニカはそれを『奇跡』によって覆した。それによって、モニカは妖との繋がりを残したままになり、繋がりを持つ者として『繋ぐ者』に選ばれたのだ。
「これはその証明。こんな回りくどい方法じゃないと君、納得しないだろ?」
血を媒介にした転移魔法。本来の使い方では、血を媒介にすることで、魔獣や血縁者を転移させる。だが、モニカの場合は普通を逸脱している。媒介にされたモニカの血。血で繋がれている中で最も転移させやすいのは血縁者だが、モニカと直接繋がっているなら、話は別だ。
「君本人のものを使えば、血の繋がりなんて無視して、あの妖が最優先で選ばれるのさ」
魔法陣は紫の強烈な閃光を走らせて光り輝く。妖しい光と共に現れたのは、モニカを呪った妖。発展途上の九尾の狐の愛娘。二つの尾を持つモニカの相棒。
「ソラ!」
しかし――
「……あれ」
「…………ソラ?」
ぽふん、とこの抜けるような音を立てて光が消えた。モニカの目の前に映し出されたのは、ソラよりも少し小さいくらいのサイズをしている魔法陣と、その魔法陣から飛び出てぴこぴこさせている狐耳だった。
「ソラ!? ソラ〜!」
「ありゃ、ちょっと小さかったかな。魔力ケチりすぎた?」
「むぐ……むぐぐっ……」
「ど、どういうことですか!?」
魔法陣から飛び出た耳を引っ張りながらモニカが怒り気味にそう質問した。魔法陣からはソラの締めつけられている様な情けない声が聞こえてくる。魔法陣のサイズが小さすぎて転移が上手くいかず、詰まってしまっているのだ。
転移魔法は文字通り対象を転移させる魔法だ。そのために、対象を特定するための触媒と、座標を固定するための魔法陣が必要になる。この魔法陣の構成にはとてつもなく繊細でかつ、莫大な魔力を必要とするのだ。
「おかしいな、今ある4分の1くらいの魔力を使い果たしてこれなんだけど……」
「どうにかできないんですか!」
「そんなこと言われても、私の魔力はもう使えないし……」
「もがが……」
「ソラが窒息死しちゃいますよ!」
今のマーリンに魔法陣を拡大させるほどの魔力は残っていない。ぐだぐだしていては最悪の事態は免れない。もはや、手段を選んでいられる時間はなかった。
「……もう、私がやっちゃいます!」
モニカの瞳に星が宿る。それは奇跡の象徴。『救世の鍵』から分かたれた能力の一つ。希望と共に在る星の魔法。
マーリンはモニカの覚悟を見て安心するように微笑んだ。魔法陣のサイズはあえて少し小さく調整したのだ。モニカが奇跡に踊らされている人間ではないか、『救世』の力を持つに足りうる人物なのかを確かめるために。
ソラを転移させ、自分から妖を救う為に行動するモニカを見て、マーリンはモニカを選んだ奇跡の星は間違っていなかったと確信した。モニカが繋ぐ者で良かったと、心からそう思えたのだ。
「”星の抱擁”!」
モニカの魔力が供給され、魔法陣はみるみる大きくなっていく。耳と頭しか出ていなかったとはいえ、ソラを転移させるには大きすぎるほどだ。それに、細工をしていたとはいえ、膨大な魔力を消費して魔法陣を構成したのは紛れもない事実。4分の1の魔力を使ったというマーリンの発言も本当だ。モニカの魔力で大きくなった魔法陣は、マーリンも驚くほどの魔力が使用されていた。
(大きすぎる……まさか、こんな少女が私や獄蝶にも匹敵するほどの魔力を?……)
モニカの使った魔法、星の抱擁。人間の自己治癒力は大部分が魔力によって補助されている。モニカはあくまで星の抱擁を治癒魔法として使っていたが、その本質は魔力の増幅だ。使い方によっては治癒魔法にもなり、補助魔法、あるいは攻撃魔法にもなりうる。モニカの創った魔法の一つだ。
「ほら、早く出ておいで! ソラ!」
再び光出した魔法陣から妖しい影が飛び出す。他のものには目もくれず、まっすぐにモニカに向かって飛びついた白い妖狐は満面の笑みを浮かべて嬉しそうにモニカの呼び掛けに答えた。
「モニカ〜!」
「無事でよかった。ひとりぼっちは寂しかった?」
「む、そんなことないです! ちゃんとお母様と一緒にお留守番してました!」
(お母様……? いや、そんなまさか……)
抱き合うモニカとソラをよそ目に、マーリンはソラを転移してなお閉じることのない魔法陣を見つめている。対象は既に転移済みだ。この魔法陣はもう機能しない。本来ならすぐに魔法陣が閉じるはずだ。
「……どうやら、素敵な客人を招いてしまったみたいだね」
マーリンの予想通り、モニカの血に反応してやってきてしまった人物が魔法陣から君臨する。転移魔法によってできた通り道。その極わずかな隙間に通り、魔法の力を使わず、向こうから無理やりこちらにやってきたのは――
「やれ、妾の愛い娘が呼ばれたと思いついてきてみれば……久しく見る顔じゃな。よもや、再びお主と顔を見合わせることになるとは」
「はるばるご苦労さま、八重殿」
呪いの女王、九尾の狐が現界する。
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奇跡が起きた日。モニカがソラと出会ったあの日、その繋がりは生じた。
「聞けば、君はかつて妖に呪われたことがあるそうじゃないか」
眩く輝いている魔法陣をよそ目にマーリンは語り出す。モニカは否定することなく首を縦に振る。
「魔法使いが魔獣と結ぶ契約。妖にとっての呪いは、それと酷似しているんだ」
魔法使いと魔獣の血の契約。隷属し、使役するのが魔獣と魔法使いの関係だ。魔獣は魔法の研究のため、戦う相棒として召喚される。魔獣と魔法使いの間には明確な主従関係があり、それが覆ることはない。主人に手を加えようものなら躾が下り、魔獣が命令に背くことはない。
だが、妖は違う。生きている世界が違う人間と妖では、主従関係はおろか、触れ合うことすらありえない。そんな妖が、人間と結ぶ唯一の繋がり。モニカも、それを体験したことがある。その記憶がフラッシュバックしているのか、モニカは激しく拍動する心臓をギュッと抑えこんだ。
呼吸が浅く、小刻みに繰り返される。視界が揺れ、まるで世界が目まぐるしく回っているみたいに定まらない。モニカの記憶に強烈に刻み込まれたあの日の出来事。ソラに呪われたあの日を思い出すだけで、いまでも動悸が止まらなくなる。
契約などではなく、ただ妖が妖であるが故に災う呪い。モニカを死に望ませたあの呪いは完全には消えることなく、いまでもモニカの背中に刻まれている。
「血を介した魔獣との契約。では、妖の場合は何を持って人間と繋がるのだと思う?」
言うまでもなく、それは――
「…………|魂《たましい》」
「そうさ。君とあの妖は、血なんかよりももっと深く|根《・》|源《・》|的《・》|な《・》ものと繋がっているんだ」
人と妖を繋ぐもの、それが魂だ。本来ならば、呪われた者は例外なく死に至る。だが、モニカはそれを『奇跡』によって覆した。それによって、モニカは妖との繋がりを残したままになり、繋がりを持つ者として『繋ぐ者』に選ばれたのだ。
「|こ《・》|れ《・》はその証明。こんな回りくどい方法じゃないと君、納得しないだろ?」
血を媒介にした転移魔法。本来の使い方では、血を媒介にすることで、魔獣や血縁者を転移させる。だが、モニカの場合は普通を逸脱している。媒介にされたモニカの血。血で繋がれている中で最も転移させやすいのは血縁者だが、|モ《・》|ニ《・》|カ《・》|と《・》|直《・》|接《・》|繋《・》|が《・》|っ《・》|て《・》|い《・》|る《・》なら、話は別だ。
「君本人のものを使えば、血の繋がりなんて無視して、あの妖が最優先で選ばれるのさ」
魔法陣は紫の強烈な閃光を走らせて光り輝く。妖しい光と共に現れたのは、モニカを呪った妖。発展途上の九尾の狐の愛娘。二つの尾を持つモニカの相棒。
「ソラ!」
しかし――
「……あれ」
「…………ソラ?」
ぽふん、とこの抜けるような音を立てて光が消えた。モニカの目の前に映し出されたのは、ソラよりも少し小さいくらいのサイズをしている魔法陣と、その魔法陣から飛び出てぴこぴこさせている狐耳だった。
「ソラ!? ソラ〜!」
「ありゃ、ちょっと小さかったかな。魔力ケチりすぎた?」
「むぐ……むぐぐっ……」
「ど、どういうことですか!?」
魔法陣から飛び出た耳を引っ張りながらモニカが怒り気味にそう質問した。魔法陣からはソラの締めつけられている様な情けない声が聞こえてくる。魔法陣のサイズが小さすぎて転移が上手くいかず、詰まってしまっているのだ。
転移魔法は文字通り対象を転移させる魔法だ。そのために、対象を特定するための触媒と、座標を固定するための魔法陣が必要になる。この魔法陣の構成にはとてつもなく繊細でかつ、莫大な魔力を必要とするのだ。
「おかしいな、今ある4分の1くらいの魔力を使い果たしてこれなんだけど……」
「どうにかできないんですか!」
「そんなこと言われても、私の魔力はもう使えないし……」
「もがが……」
「ソラが窒息死しちゃいますよ!」
今のマーリンに魔法陣を拡大させるほどの魔力は残っていない。ぐだぐだしていては最悪の事態は免れない。もはや、手段を選んでいられる時間はなかった。
「……もう、私がやっちゃいます!」
モニカの瞳に星が宿る。それは奇跡の象徴。『|救《・》|世《・》|の《・》|鍵《・》』から分かたれた能力の一つ。希望と共に在る星の魔法。
マーリンはモニカの覚悟を見て安心するように微笑んだ。魔法陣のサイズは|あ《・》|え《・》|て《・》少し小さく調整したのだ。モニカが奇跡に踊らされている人間ではないか、『救世』の力を持つに足りうる人物なのかを確かめるために。
ソラを転移させ、自分から妖を救う為に行動するモニカを見て、マーリンはモニカを選んだ奇跡の星は間違っていなかったと確信した。モニカが繋ぐ者で良かったと、心からそう思えたのだ。
「”|星の抱擁《エンブレイス・ステラ》”!」
モニカの魔力が供給され、魔法陣はみるみる大きくなっていく。耳と頭しか出ていなかったとはいえ、ソラを転移させるには大きすぎるほどだ。それに、細工をしていたとはいえ、膨大な魔力を消費して魔法陣を構成したのは紛れもない事実。4分の1の魔力を使ったというマーリンの発言も本当だ。モニカの魔力で大きくなった魔法陣は、マーリンも驚くほどの魔力が使用されていた。
(大きすぎる……まさか、こんな少女が私や獄蝶にも匹敵するほどの魔力を?……)
モニカの使った魔法、|星の抱擁《エンブレイス・ステラ》。人間の自己治癒力は大部分が魔力によって補助されている。モニカはあくまで|星の抱擁《エンブレイス・ステラ》を治癒魔法として使っていたが、その本質は魔力の増幅だ。使い方によっては治癒魔法にもなり、補助魔法、あるいは攻撃魔法にもなりうる。モニカの創った魔法の一つだ。
「ほら、早く出ておいで! ソラ!」
再び光出した魔法陣から妖しい影が飛び出す。他のものには目もくれず、まっすぐにモニカに向かって飛びついた白い妖狐は満面の笑みを浮かべて嬉しそうにモニカの呼び掛けに答えた。
「モニカ〜!」
「無事でよかった。ひとりぼっちは寂しかった?」
「む、そんなことないです! ちゃんと|お《・》|母《・》|様《・》と一緒にお留守番してました!」
(お母様……? いや、そんなまさか……)
抱き合うモニカとソラをよそ目に、マーリンはソラを転移してなお閉じることのない魔法陣を見つめている。|対象《ソラ》は既に転移済みだ。この魔法陣はもう機能しない。本来ならすぐに魔法陣が閉じるはずだ。
「……どうやら、素敵な客人を招いてしまったみたいだね」
マーリンの予想通り、モニカの血に反応してやってきてしまった人物が魔法陣から君臨する。転移魔法によってできた通り道。その極わずかな隙間に通り、魔法の力を使わず、向こうから無理やりこちらにやってきたのは――
「やれ、妾の愛い娘が呼ばれたと思いついてきてみれば……久しく見る顔じゃな。よもや、再びお主と顔を見合わせることになるとは」
「はるばるご苦労さま、八重殿」
呪いの女王、九尾の狐が現界する。