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君の話

ー/ー



 ある日、モニカはある人物の元へ訪れる。まだ改装の作業が行われている神精樹の古書館はがらんとしていて、その人物を探すのはさして難しくなかった。だだっ広い古書館に足音を響かせながらモニカは真っ直ぐにその人物の元へ向かう。その足取りは、決して軽やかものではなかった。
 買い物に出かけようと朝から寮を出た今日、モニカの耳に飛び込んできたのはある報せだった。どこからともなく、風と共に流れてきた噂は、モニカの体を動かすには十分すぎたのだ。


「やぁ。本当はこちらから顔を出そうと思っていたんだけどね。まさか君の方から出向いてくるとは」

「初めまして。いいえ、お久しぶりです。マーリン・ラクス様」

「ラクスでいい。久しぶり、『繋ぐ者』よ」


 モニカの目の前で穏やかに本を読んでいる女の名は『マーリン・ラクス』。かつては大魔法使いとして名を馳せていた魔女であり、今は『凡常(ぼんじょう)の魔女』と名乗っている。モニカに継承された魔法、『全知』を創り出した魔女でもあり、アンヘル・エストレイラと同じく、大魔法使いとして活動し、今なお生きている稀有な人物である。


「世界を知りたいんだろう? 座るといい。まずはリラックスから始めよう」


 言われるがまま、モニカはマーリンの対面に腰を下ろし、ピシッと背筋を伸ばした美しい姿勢で座る。普段の生活からは想像もできないほどの凛々しさを感じさせるほどだ。真剣な眼差しで見つめてくるモニカを見て、マーリンはくすりと笑った。


「その立ち振る舞い、アンヘルにそっくりだ。昔のあの子を見ているみたいだよ」

「……要件は、もう知っていますよね」


 モニカの言葉にマーリンは頷く。それは、マーリンが創り出した『全知の書』にもあえて書き記さなかったこと。モニカ・エストレイラの話であり、『繋ぐ者』の話であり、世界の話でもある。
 全知の力は、最初からモニカに継承させるつもりで創り出したものだった。魔導書(グリモワール)の勝手な行動のせいで思い描いた方法ではなかったが、結果としてマーリンは『全知』の継承には成功した。()()()記さなかった。こうしてモニカと言葉を交えるために。世界の姿を、自分の言葉でモニカに伝えるために。


「君は、何故自分が『繋ぐ者』と呼ばれているか分かるかい?」

「……分かりません。『全知』を使っても、未だに」

「そうかい。ところで、『全知』はどうやって管理している? まさか、あの状態を常に維持できているわけではないだろう」

「『鍵』を使っています。友達に、同じように『鍵』を使っている人がいるので」

「それはいいことだ。出会いに恵まれたね」


 モニカの持つ鍵を見て、マーリンは思いに耽る。本を閉じ、今にも涙を零しそうな表情を見せた。モニカの目に映るマーリンの表情は、哀しみというよりも、喜びのようなものに満ちているように見えた。


「悪い、話が逸れた。世界の……いいや、君の話をしようか」


 そして始まるのは、これまでモニカを付きまとっていた秘密と謎を解き明かすための話。『全知』を持っても知り得ない、世界の話だ。


「まずは……そうだな。もったいぶるつもりはないが、なぜ今日私の元へ来たのか、教えてくれるかい?」

「……どうしてでしょう。ある報せを聞いて、勝手に体が動いていたんです」


 モニカが耳にした報せ。それについて説明をするには、少し前に遡る必要がある。早朝、目を覚まし、買い物に行くために支度をしていたモニカの元に血相を変えて飛び込んできたのは思いがけない人物だった。
 髪を振り乱し、余裕のひとつもないほど慌ててやってきたのは八重(やえ)だった。九尾の狐、あるいは玉藻の前とも呼ばれていた八重が、切羽詰まった様子で突如、モニカの前に現れた。
 一度目の前で消滅した八重と、唐突に再開したのだ。その困惑は計り知れない。当然、殺生石を介して八重が魂を留めていることを知らなかったモニカは反応が鈍くなるほど驚いていた。喜ぶ暇などないほどのことがあったらしく、八重は矢継ぎ早に話し始める。息を切らし、振る舞いに気を使うこともせず、一切の説明を省いて八重はモニカに一言だけ言った。

 旭が――

 たったその一言が、モニカの体を動かした。ただ、何かをせずにはいられなかった。モニカはずっと無力だったから。ずっと、何もできなかった。けれど、今ならば。奇跡に魅入られ、『全知』を継承された今、きっとできることがあるはずだと、モニカはマーリンの元へ訪れたのだ。


「私にしかできないことが、きっとあるはずだから」


 それを、マーリンならは知っていると、根拠の無い自信を持ってモニカはここへ来た。『全知』が示す、世界を知るもの。元大魔法使いであり、魔女であるマーリンは魔法の淵源(えんげん)に触れた者であり、それは世界の真実に触れることと同義だ。尤も、マーリンは()()()()その極地に達しているだが。
 魔法は呪い。罪の形。それを乗り越え、たどり着いた先にある()()。魔法の本当の在り方であり、存在証明でもある。
 淵源魔法はあらゆる魔法を凌駕する。継承されていく利用価値の高い魔法よりも、個人に宿る魔法さえも、淵源に至った魔法には足ともにも及ばない。歴史に名を残す偉大な魔法使いや、今も世界に名を轟かせる大魔法使いはみな等しくこの『淵源』にたどり着いた者たちだ。
 もちろんそれはマーリンも例外ではない。唯一、マーリンが他の魔法使いと違う点をあげるとするならば、それはマーリンが()()()()()()であることだろう。マーリンの正体は元大魔法使いのマジョなどではない。
 『凡常の魔女』も、『マーリン・ラクス』もすべて偽りの名。マーリンの本当の正体は、世界の理。この世界に8つの理を定めた『鍵』の1つ。


「『終極(しゅうきょく)の鍵』。それがあなたなんですよね」


 形あるもの、形なきものに訪れる『(おわり)』。『終』という概念的存在であり、世界そのものでもある。モニカの前にいるのは、人間の姿をした世界の理だ。


「……はぁ。やはり、君みたいに賢い人間に『全知』を持たせるべきじゃなかったかな。まあ、悪知恵を働かせるような輩でないだけマシか」


 古書館内にはもう人はいなかった。静まり返った館内に、マーリンとモニカの声だけが響く。神経はやけに過敏になっているようで、度々聞こえてくる呼吸音、体を動かす度に擦れる服の音でも反射的に身体が反応してしまう。


「君の覚悟は聞き届けた」


 本の(ページ)をめくるように、マーリンは語りだす。モニカ・エストレイラという人間について、『繋ぐ者』について。モニカを、旭を脅かしている敵の存在を。そして、世界の真実を。


「さぁ、それじゃあ、どこから話そうか」


 まずは、『繋ぐ者』の話をしよう――


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 ある日、モニカはある人物の元へ訪れる。まだ改装の作業が行われている神精樹の古書館はがらんとしていて、その人物を探すのはさして難しくなかった。だだっ広い古書館に足音を響かせながらモニカは真っ直ぐにその人物の元へ向かう。その足取りは、決して軽やかものではなかった。
 買い物に出かけようと朝から寮を出た今日、モニカの耳に飛び込んできたのはある報せだった。どこからともなく、風と共に流れてきた噂は、モニカの体を動かすには十分すぎたのだ。
「やぁ。本当はこちらから顔を出そうと思っていたんだけどね。まさか君の方から出向いてくるとは」
「初めまして。いいえ、お久しぶりです。マーリン・ラクス様」
「ラクスでいい。久しぶり、『繋ぐ者』よ」
 モニカの目の前で穏やかに本を読んでいる女の名は『マーリン・ラクス』。かつては大魔法使いとして名を馳せていた魔女であり、今は『|凡常《ぼんじょう》の魔女』と名乗っている。モニカに継承された魔法、『全知』を創り出した魔女でもあり、アンヘル・エストレイラと同じく、大魔法使いとして活動し、今なお生きている稀有な人物である。
「世界を知りたいんだろう? 座るといい。まずはリラックスから始めよう」
 言われるがまま、モニカはマーリンの対面に腰を下ろし、ピシッと背筋を伸ばした美しい姿勢で座る。普段の生活からは想像もできないほどの凛々しさを感じさせるほどだ。真剣な眼差しで見つめてくるモニカを見て、マーリンはくすりと笑った。
「その立ち振る舞い、アンヘルにそっくりだ。昔のあの子を見ているみたいだよ」
「……要件は、もう知っていますよね」
 モニカの言葉にマーリンは頷く。それは、マーリンが創り出した『全知の書』にもあえて書き記さなかったこと。モニカ・エストレイラの話であり、『繋ぐ者』の話であり、世界の話でもある。
 全知の力は、最初からモニカに継承させるつもりで創り出したものだった。|魔導書《グリモワール》の勝手な行動のせいで思い描いた方法ではなかったが、結果としてマーリンは『全知』の継承には成功した。|だ《・》|か《・》|ら《・》記さなかった。こうしてモニカと言葉を交えるために。世界の姿を、自分の言葉でモニカに伝えるために。
「君は、何故自分が『繋ぐ者』と呼ばれているか分かるかい?」
「……分かりません。『全知』を使っても、未だに」
「そうかい。ところで、『全知』はどうやって管理している? まさか、あの状態を常に維持できているわけではないだろう」
「『鍵』を使っています。友達に、同じように『鍵』を使っている人がいるので」
「それはいいことだ。出会いに恵まれたね」
 モニカの持つ鍵を見て、マーリンは思いに耽る。本を閉じ、今にも涙を零しそうな表情を見せた。モニカの目に映るマーリンの表情は、哀しみというよりも、喜びのようなものに満ちているように見えた。
「悪い、話が逸れた。世界の……いいや、君の話をしようか」
 そして始まるのは、これまでモニカを付きまとっていた秘密と謎を解き明かすための話。『全知』を持っても知り得ない、世界の話だ。
「まずは……そうだな。もったいぶるつもりはないが、なぜ今日私の元へ来たのか、教えてくれるかい?」
「……どうしてでしょう。ある報せを聞いて、勝手に体が動いていたんです」
 モニカが耳にした報せ。それについて説明をするには、少し前に遡る必要がある。早朝、目を覚まし、買い物に行くために支度をしていたモニカの元に血相を変えて飛び込んできたのは思いがけない人物だった。
 髪を振り乱し、余裕のひとつもないほど慌ててやってきたのは|八重《やえ》だった。九尾の狐、あるいは玉藻の前とも呼ばれていた八重が、切羽詰まった様子で突如、モニカの前に現れた。
 一度目の前で消滅した八重と、唐突に再開したのだ。その困惑は計り知れない。当然、殺生石を介して八重が魂を留めていることを知らなかったモニカは反応が鈍くなるほど驚いていた。喜ぶ暇などないほどのことがあったらしく、八重は矢継ぎ早に話し始める。息を切らし、振る舞いに気を使うこともせず、一切の説明を省いて八重はモニカに一言だけ言った。
 旭が――
 たったその一言が、モニカの体を動かした。ただ、何かをせずにはいられなかった。モニカはずっと無力だったから。ずっと、何もできなかった。けれど、今ならば。奇跡に魅入られ、『全知』を継承された今、きっとできることがあるはずだと、モニカはマーリンの元へ訪れたのだ。
「私にしかできないことが、きっとあるはずだから」
 それを、マーリンならは知っていると、根拠の無い自信を持ってモニカはここへ来た。『全知』が示す、世界を知るもの。元大魔法使いであり、魔女であるマーリンは魔法の|淵源《えんげん》に触れた者であり、それは世界の真実に触れることと同義だ。尤も、マーリンは|最《・》|初《・》|か《・》|ら《・》その極地に達しているだが。
 魔法は呪い。罪の形。それを乗り越え、たどり着いた先にある|淵《・》|源《・》。魔法の本当の在り方であり、存在証明でもある。
 淵源魔法はあらゆる魔法を凌駕する。継承されていく利用価値の高い魔法よりも、個人に宿る魔法さえも、淵源に至った魔法には足ともにも及ばない。歴史に名を残す偉大な魔法使いや、今も世界に名を轟かせる大魔法使いはみな等しくこの『淵源』にたどり着いた者たちだ。
 もちろんそれはマーリンも例外ではない。唯一、マーリンが他の魔法使いと違う点をあげるとするならば、それはマーリンが|魔《・》|法《・》|そ《・》|の《・》|も《・》|の《・》であることだろう。マーリンの正体は元大魔法使いのマジョなどではない。
 『凡常の魔女』も、『マーリン・ラクス』もすべて偽りの名。マーリンの本当の正体は、世界の理。この世界に8つの理を定めた『鍵』の1つ。
「『|終極《しゅうきょく》の鍵』。それがあなたなんですよね」
 形あるもの、形なきものに訪れる『|終《おわり》』。『終』という概念的存在であり、世界そのものでもある。モニカの前にいるのは、人間の姿をした世界の理だ。
「……はぁ。やはり、君みたいに賢い人間に『全知』を持たせるべきじゃなかったかな。まあ、悪知恵を働かせるような輩でないだけマシか」
 古書館内にはもう人はいなかった。静まり返った館内に、マーリンとモニカの声だけが響く。神経はやけに過敏になっているようで、度々聞こえてくる呼吸音、体を動かす度に擦れる服の音でも反射的に身体が反応してしまう。
「君の覚悟は聞き届けた」
 本の|頁《ページ》をめくるように、マーリンは語りだす。モニカ・エストレイラという人間について、『繋ぐ者』について。モニカを、旭を脅かしている敵の存在を。そして、世界の真実を。
「さぁ、それじゃあ、どこから話そうか」
 まずは、『繋ぐ者』の話をしよう――