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戦いの後 ―3―

ー/ー



 魔法は呪いである。メモリアはそれを『罪』と称したが、それは適切ではない。固有魔法は己の傷、背負うべき罪。それ自体は間違いではない。ただ、魔法の在り方はそれだけではないのだ。

 希望は、旭の願いで宿った魔法だ。

 メモリアは言った。『私たちが最も嫌悪したものが、私たちの力になる』と。だが、それだけが魔法のすべてではない。そんな呪いのようなものが、魔法であるはずがない。自らを希望と名乗る女を前にしても、旭はそう確信していた。


「手段を選ぶな。希望が欲しいなら、相応の絶望を賭けろ。お前は、今までそうやって生きてきたんだろうが」


 女の手が旭の首に伸びる。抵抗する素振りすら見せていなかった旭はその瞬間にハッと意識を闇から取り戻した。少しづつ暖かくなってきた夜風に木々が揺らめいているのを感じる。女の冷たい手の感触が首から伝わってきたのと同時に、旭は躊躇いなく女を突き飛ばした。


「悪いが、上に乗られるのは趣味じゃねぇ」


 旭に跨っていた女は突き飛ばされた衝撃で尻もちをついて芝生に倒れ込む。わざとらしく痛がる女を無視して旭は体を起こし、少し汚れた服を払って立ち上がった。
 女の言葉を旭は反芻する。ずっと心のどこかで突っかかっていた疑問の答えが、そこにある気がした。希望が欲しければ、相応の絶望を。その言葉が意味するのは――


「質問に答えろ」


 ちょうどいいことに、魔法について話を聞くのには適任の人物が旭の前にはいた。突き飛ばされたからか、女は少し不機嫌そうな顔をしていたが、渋々旭の言葉を聞き受けた。


「なんでも聞いてよ。私が知っている範囲なら答えてあげる」


 それは、旭がたどり着いた魔法についての結論。メモリアが『呪い』と仮定した魔法という存在の核心。その本当の在り方に、旭はようやく気づくことになった。
 きっかけはやはり、『希望』と名乗る女の存在だった。魔法の在り方が呪いであるなら、旭に『希望』の力が宿るのはおかしな話だ。旭は『希望』を憎むことも、怨むこともなかった。むしろ、それは旭が最も望んでいたものだ。


「魔法は呪いだ。でも、それだけじゃねぇんだろ」


 そして、旭は一つの結論にたどり着く。魔法は呪い。でも、それだけではない。


「魔法は、()()だ」


 魔法には二面性があるのだと、旭は結論づけた。一つは、魔法に目覚めた者の()()。旭の場合、それは『希望』だった。誰よりも強くそれを渇望し、ひたすらに求めた。
 そして、それと対極に位置する魔法もまた、旭に宿るのだ。願いはくるりと裏返り、それは()()となって降りかかる。メモリアは特にその面が強く、呪いばかりに目がいってしまったのだろう。


「つまり、お前は『希望』であり、()()()()()()?」


 それが呪いの正体だ。希望が欲しければ、相応の絶望を。正義という価値観は悪がいなければ存在し得ない。真実には虚偽が、勇気には恐怖が、自由には束縛がある。願いと呪い。表裏一体のその在り方こそが、『魔法』なのだ。


「…………正解。よくそこまでたどり着いたね。意外と頭いいの?」

「騎獅道流の英才教育を受けてきたんでな。そこらの有象無象と一緒にするなよ」


 ゆっくりと歩み寄る女が旭の胸に手を当てて何かを唱えると、旭の心臓がどくんと拍動する。激しい動悸が旭を襲い、立つこともできないほどの眩暈で目を眩ませる。


「ご褒美だ。君の記憶を解き放ってあげよう」


 魔法の在り方の答えに至ったその時、閉ざされていた旭の記憶が徐々に取り戻されていく。混濁する意識の中で、旭は失っていた記憶を追憶する。
 よみがえるのは、かつての青い空の思い出。()()()過ごしていた時のあの記憶が、旭の脳内に溢れ出す。ただ目的もなく走り続けていた幼かった頃を。親友と共にひたすらに魔法を追求していた思い出を。

 そこにいたのは――


「…………ソフィア?」


 屈託のない愛らしい表情で笑うソフィア・アマルが旭の記憶を埋め尽くす。ノーチェスとは違う、青い空の下。そこにいるのは2人の親友の姿だけではなかった。足りない空白を埋めるのは、本当にソフィアなのか。そんな疑念が溢れていく。

 旭が取り戻した記憶。『希望』の力によって再び旭は記憶を思い出す。メモリアの魔法を突き破り、無理やりな方法で旭は記憶を取り戻した。それは『忘却』を通じてメモリアにフィードバックされ、ほぼ同じタイミングでメモリアは旭が記憶を取り戻したことを感じ取った。


「違う……違う、違う! 違うだろ! まだ……まだ何か忘れてるんじゃないのか! なぁ!」

「ちょっ……い、痛いよ! 私が失敗なんてするわけないだろう! 君が忘れていた記憶はあれで全部だよ!」


 旭は女の肩を強く掴み、激しく訴える。あまりの動揺で、今まで余裕そうだった旭の顔が初めて歪んだ。脳を巡る記憶のせいか思考がまるでまとまらず、旭は頭を抱える。


「誰だよ、お前は……お前は、一体誰なんだ! ()()()()()()!」


 誰にも届かない叫び声が虚しく辺りに響き渡る。


 同刻、バウディアムス。
 誰もいない生徒会室で、少女は一人暗躍する。旭が記憶を取り戻したことを感じ取り、メモリアは誰よりも早く行動に移した。


「私の魔法は『(しき)』。その能力はあらゆる認識の改変。記憶も、目の前の現実も、何もかも私の手のひら」


 『希望』は何も失敗などしていなかった。メモリアによって封じられていた記憶を、『希望』は確かに解放させた。だが、それよりもメモリアが1歩も2歩も先にいただけのことだ。


「ソフィアの記憶は封じ込めただけなんだよ。木を隠すなら森の中ってね。本当に大事なものは奥深くに隠してある」


 旭から消したのは干渉し合う2()()()()()。ソフィア・アマルの記憶は旭の記憶の中に残し封印させることで、それ以外の失った記憶から意識を逸らさせる。もう1つの記憶、モニカ・エストレイラの記憶は、()()()()()に隠してある。


「お前なら必ずたどり着ける。信じてるよ、騎獅道。お前はモニカを選ばなくちゃいけないんだ」


 そして、歯車は動き始める。


「お前なら分かるはずだ。心と体を繋ぐものが――」


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 魔法は呪いである。メモリアはそれを『罪』と称したが、それは適切ではない。固有魔法は己の傷、背負うべき罪。それ自体は間違いではない。ただ、魔法の在り方はそれだけではないのだ。
 希望は、旭の願いで宿った魔法だ。
 メモリアは言った。『私たちが最も嫌悪したものが、私たちの力になる』と。だが、それだけが魔法のすべてではない。そんな呪いのようなものが、魔法であるはずがない。自らを希望と名乗る女を前にしても、旭はそう確信していた。
「手段を選ぶな。希望が欲しいなら、相応の絶望を賭けろ。お前は、今までそうやって生きてきたんだろうが」
 女の手が旭の首に伸びる。抵抗する素振りすら見せていなかった旭はその瞬間にハッと意識を闇から取り戻した。少しづつ暖かくなってきた夜風に木々が揺らめいているのを感じる。女の冷たい手の感触が首から伝わってきたのと同時に、旭は躊躇いなく女を突き飛ばした。
「悪いが、上に乗られるのは趣味じゃねぇ」
 旭に跨っていた女は突き飛ばされた衝撃で尻もちをついて芝生に倒れ込む。わざとらしく痛がる女を無視して旭は体を起こし、少し汚れた服を払って立ち上がった。
 女の言葉を旭は反芻する。ずっと心のどこかで突っかかっていた疑問の答えが、そこにある気がした。希望が欲しければ、相応の絶望を。その言葉が意味するのは――
「質問に答えろ」
 ちょうどいいことに、魔法について話を聞くのには適任の人物が旭の前にはいた。突き飛ばされたからか、女は少し不機嫌そうな顔をしていたが、渋々旭の言葉を聞き受けた。
「なんでも聞いてよ。私が知っている範囲なら答えてあげる」
 それは、旭がたどり着いた魔法についての結論。メモリアが『呪い』と仮定した魔法という存在の核心。その本当の在り方に、旭はようやく気づくことになった。
 きっかけはやはり、『希望』と名乗る女の存在だった。魔法の在り方が呪いであるなら、旭に『希望』の力が宿るのはおかしな話だ。旭は『希望』を憎むことも、怨むこともなかった。むしろ、それは旭が最も望んでいたものだ。
「魔法は呪いだ。でも、それだけじゃねぇんだろ」
 そして、旭は一つの結論にたどり着く。魔法は呪い。でも、それだけではない。
「魔法は、|願《・》|い《・》だ」
 魔法には二面性があるのだと、旭は結論づけた。一つは、魔法に目覚めた者の|願《・》|い《・》。旭の場合、それは『希望』だった。誰よりも強くそれを渇望し、ひたすらに求めた。
 そして、それと対極に位置する魔法もまた、旭に宿るのだ。願いはくるりと裏返り、それは|呪《・》|い《・》となって降りかかる。メモリアは特にその面が強く、呪いばかりに目がいってしまったのだろう。
「つまり、お前は『希望』であり、|絶《・》|望《・》|な《・》|ん《・》|だ《・》|ろ《・》?」
 それが呪いの正体だ。希望が欲しければ、相応の絶望を。正義という価値観は悪がいなければ存在し得ない。真実には虚偽が、勇気には恐怖が、自由には束縛がある。願いと呪い。表裏一体のその在り方こそが、『魔法』なのだ。
「…………正解。よくそこまでたどり着いたね。意外と頭いいの?」
「騎獅道流の英才教育を受けてきたんでな。そこらの有象無象と一緒にするなよ」
 ゆっくりと歩み寄る女が旭の胸に手を当てて何かを唱えると、旭の心臓がどくんと拍動する。激しい動悸が旭を襲い、立つこともできないほどの眩暈で目を眩ませる。
「ご褒美だ。君の記憶を解き放ってあげよう」
 魔法の在り方の答えに至ったその時、閉ざされていた旭の記憶が徐々に取り戻されていく。混濁する意識の中で、旭は失っていた記憶を追憶する。
 よみがえるのは、かつての青い空の思い出。|極《・》|東《・》|で《・》過ごしていた時のあの記憶が、旭の脳内に溢れ出す。ただ目的もなく走り続けていた幼かった頃を。親友と共にひたすらに魔法を追求していた思い出を。
 そこにいたのは――
「…………ソフィア?」
 屈託のない愛らしい表情で笑うソフィア・アマルが旭の記憶を埋め尽くす。ノーチェスとは違う、青い空の下。そこにいるのは2人の親友の姿だけではなかった。足りない空白を埋めるのは、本当にソフィアなのか。そんな疑念が溢れていく。
 旭が取り戻した記憶。『希望』の力によって再び旭は記憶を思い出す。メモリアの魔法を突き破り、無理やりな方法で旭は記憶を取り戻した。それは『忘却』を通じてメモリアにフィードバックされ、ほぼ同じタイミングでメモリアは旭が記憶を取り戻したことを感じ取った。
「違う……違う、違う! 違うだろ! まだ……まだ何か忘れてるんじゃないのか! なぁ!」
「ちょっ……い、痛いよ! 私が失敗なんてするわけないだろう! 君が忘れていた記憶はあれで全部だよ!」
 旭は女の肩を強く掴み、激しく訴える。あまりの動揺で、今まで余裕そうだった旭の顔が初めて歪んだ。脳を巡る記憶のせいか思考がまるでまとまらず、旭は頭を抱える。
「誰だよ、お前は……お前は、一体誰なんだ! |エ《・》|ス《・》|ト《・》|レ《・》|イ《・》|ラ《・》!」
 誰にも届かない叫び声が虚しく辺りに響き渡る。
 同刻、バウディアムス。
 誰もいない生徒会室で、少女は一人暗躍する。旭が記憶を取り戻したことを感じ取り、メモリアは誰よりも早く行動に移した。
「私の魔法は『|識《しき》』。その能力はあらゆる認識の改変。記憶も、目の前の現実も、何もかも私の手のひら」
 『希望』は何も失敗などしていなかった。メモリアによって封じられていた記憶を、『希望』は確かに解放させた。だが、それよりもメモリアが1歩も2歩も先にいただけのことだ。
「ソフィアの記憶は封じ込めただけなんだよ。木を隠すなら森の中ってね。本当に大事なものは奥深くに隠してある」
 旭から消したのは干渉し合う|2《・》|つ《・》|の《・》|記《・》|憶《・》。ソフィア・アマルの記憶は旭の記憶の中に残し封印させることで、それ以外の失った記憶から意識を逸らさせる。もう1つの記憶、モニカ・エストレイラの記憶は、|と《・》|あ《・》|る《・》|場《・》|所《・》に隠してある。
「お前なら必ずたどり着ける。信じてるよ、騎獅道。お前はモニカを選ばなくちゃいけないんだ」
 そして、歯車は動き始める。
「お前なら分かるはずだ。心と体を繋ぐものが――」