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7 旅立ち

ー/ー




 次の日は雨だった。
 葬儀場の煙突から昨日まで母だった分子が、燃焼して気体になって薄灰色の雲の中に溶け込んでいった。

 別の煙突からは、呪いで昆虫人間にされてしまっていたおばさん達の煙が同じように上昇していった。

 私は葬儀場から離れた高台の大木の下で、煙突の煙をぼんやり見ていた。
 考えてみれば的屋達もかわいそうな存在だった。
 呪いでがんじがらめにされて村長、いや昔の人間の作った古いプログラムにこき使われていたんだから。

 だからゆかり姉さんを捕まえた時も、すぐに殺せとの命令を破って情報を聞き出そうとしていたんだ。

 何とかして村長の呪いを解く方法を模索していたのだ。
 もっと早くそれがわかっていれば、一緒に戦えたのに。
 知らないということはなんて不幸な事なんだろうか。

 母が死んだ悲しみは、爆弾みたいに私の心を砕いてしまったけど、再びくっついた心の中では、その悲しさは輪郭のない質量だけの存在に変っていた。
 私の心が私だけの物ではなくなったからかもしれない。


「大丈夫?」
 今日何度目かの台詞を亜由美がささやく。

「なんとか。落ちついてきたよ」

「でも、本当にいくつもりなの」

「うん。もちろん本当はいやだよ。どうして私がって思いもまだ残ってる。でも冷静に考えたら、出来るのはゆかり姉さんのデータを受け取った私だけだから。姉さん達は身体はたくましいけど超能力無いしね」

「でも、誰も行かないですませられないのかな」

「それは無理だよ。小夏姉さんも言ってた。よその村が攻めてきたら2ヶ月くらいしか持ちこたえられないって。負ければ結局もとの木阿弥。以前に戻ってしまう。多分以前以上に締め付けられるだろうって」
 亜由美と話していたら、葬儀場の方から数人の姉さんが歩いてきた。
 真ん中の小夏姉さんが二言三言、御悔やみの言葉をつぶやいた後で厳しい顔をした。

「ミチルに頼む以外に無いのがすごく悔しいわ」
 そしてうつむいて付け加えた。

「倉庫に必要な備品を用意しておいたから。自由に使ってね。それでいつ出発するの」

「もう少ししてから。本当なら急いだ方がいいんだけど、もう少し休ませてください」

「その時は教えてね。せめてみんなで見送りするから」
 小夏姉さん達はそう言って雨の中を濡れながら遠ざかっていった。


 翌朝、亜由美と二人で村外れに来た。
 夕陽と朝陽は動くのがすごく速いんだね。昼間は太陽が動いているなんて全然意識しないのに、山の間から覗いていた太陽がすでに完全にその姿をさらしてるのだもの。

「ネットワークを壊す事なんて、簡単にいかないんでしょ」
 亜由美がまた話を蒸し返した。昨夜も散々議論したというのに。

「難しいけど、出来るのは私だけなんだし。私が行かないと駄目なんだよ。ゆかり姉さんもついてるから大丈夫よ」

「他のたくましい姉さん達に守ってもらうとかしたらいいのに」
 しつこいな亜由美は。でも、それも私を心配しての事なんだよね。

「この村の防備には万全を期しておかないといけないでしょ。それに、他の村の人は村長を壊したのが誰だか知らないんだし、大勢で乗り込むよりもこっそり私が紛れ込むほうが成功率が高いよ」

「わかった。でもミチルがねえ。あのミチルが村のため、いや他の村の人のためでもあるからみんなの為に命をかけるなんて、正直ちょっと想像できなかった」
 その意見には私も同感だ。

「私だってそうだよ。多分ゆかり姉さんの意思が私を変えたんだと思う。これが私の生きる道ってね」

「そろそろ……行きます、か」
 後ろでジャックが言った。片言の言葉だけど、少しずつ私達の言葉を覚えてくれている。
 ジャックの知識は、これから始まる旅にとっても有効なものになるはずだ。

「あ、そうだ。ところでひとつだけまだ聞いてない事があったんだわ」
 亜由美が素っ頓狂な声をあげた。

「ねえ、オンは他の国のオトコだったんでしょ。だったら、この村のオトコたちはいったい何処に行ってしまったの。もうわかってるんでしょ」
 亜由美に横腹を小突かれてちょっと咳がでた。


「あの日、祭りの初日だけど、神社で村長に聞いたんだよ。オトコは何処に行ったんですかってね。そうしたら村長は、オトコは何処にも行ってないって答えたのよ」

「それなら知ってるわよ。誰がいつ聞いてもその答えしか返ってこないって。みんな知ってることじゃなかったっけ?」

 それは亜由美の言うとおりだ。この質問は結構ポピュラーな質問だから。

「でもね、実はその通りだったのよ。その時は、はぐらかされたって思っていたけどね。でも本当に、男は何処にもいっていなかったんだよ」 
 亜由美は、えー嘘ー何処よーと言って大げさに周囲を見回した。

 亜由美がふっと油断した隙をついて、私は亜由美のスカートに手を入れた。 
 そして、そこについている小さな突起をくいっとひねって言ってやった。
「ここよ。ここにいるのよ」

 きゃっと悲鳴を上げる亜由美。

「この村の人は皆、男と女の融合した人種だったのよ。その人種だけが超能力を持つようになったわけ。でも代を重ねるごとに女のほうの血が強くなって、能力も弱くなっていく事がわかってきたの。それが、男飼が始まった理由なんだよ」

「うーん、絶句って感じ。信じられないわ」
 言いながらも亜由美は後ろを向いてスカートとパンツをめくって眺めてる。
 じゃあ行くよ。私はあっさりと言い放って急坂の小道を下り始めた。

 気をつけてねって声が追いかけてきた。
 やっぱり亜由美以外に出発する日時を教えなかったのは正解だった。

 亜由美の見送りだけでもなんだか悲しくなってくるのに、大勢の人に見送られたりしたら、行くのがいやになりそうだもの。

 後ろから聞こえるジャックのたくましい足音が、私の萎えそうな気持ちを支えてくれていた。

 走りまわるジロが、嬉しそうに私の前に回ってほえ始めた。
 大丈夫、俺がついてるぜって聞こえた。

 そうだ。私は一人じゃないんだから。
 ゆかり姉さんもついているし、ジャックもジロもいる。
 とりあえず隣村に行って、こっそり村長に会おう。きっと何とかなるはずだ。

 だって私のしてる事はみんなのためになる事なんだから。
 そう考えたら足取りが急に軽くなってきた。
 単純な私なのだ。
 



            男飼 おわり



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 次の日は雨だった。
 葬儀場の煙突から昨日まで母だった分子が、燃焼して気体になって薄灰色の雲の中に溶け込んでいった。
 別の煙突からは、呪いで昆虫人間にされてしまっていたおばさん達の煙が同じように上昇していった。
 私は葬儀場から離れた高台の大木の下で、煙突の煙をぼんやり見ていた。
 考えてみれば的屋達もかわいそうな存在だった。
 呪いでがんじがらめにされて村長、いや昔の人間の作った古いプログラムにこき使われていたんだから。
 だからゆかり姉さんを捕まえた時も、すぐに殺せとの命令を破って情報を聞き出そうとしていたんだ。
 何とかして村長の呪いを解く方法を模索していたのだ。
 もっと早くそれがわかっていれば、一緒に戦えたのに。
 知らないということはなんて不幸な事なんだろうか。
 母が死んだ悲しみは、爆弾みたいに私の心を砕いてしまったけど、再びくっついた心の中では、その悲しさは輪郭のない質量だけの存在に変っていた。
 私の心が私だけの物ではなくなったからかもしれない。
「大丈夫?」
 今日何度目かの台詞を亜由美がささやく。
「なんとか。落ちついてきたよ」
「でも、本当にいくつもりなの」
「うん。もちろん本当はいやだよ。どうして私がって思いもまだ残ってる。でも冷静に考えたら、出来るのはゆかり姉さんのデータを受け取った私だけだから。姉さん達は身体はたくましいけど超能力無いしね」
「でも、誰も行かないですませられないのかな」
「それは無理だよ。小夏姉さんも言ってた。よその村が攻めてきたら2ヶ月くらいしか持ちこたえられないって。負ければ結局もとの木阿弥。以前に戻ってしまう。多分以前以上に締め付けられるだろうって」
 亜由美と話していたら、葬儀場の方から数人の姉さんが歩いてきた。
 真ん中の小夏姉さんが二言三言、御悔やみの言葉をつぶやいた後で厳しい顔をした。
「ミチルに頼む以外に無いのがすごく悔しいわ」
 そしてうつむいて付け加えた。
「倉庫に必要な備品を用意しておいたから。自由に使ってね。それでいつ出発するの」
「もう少ししてから。本当なら急いだ方がいいんだけど、もう少し休ませてください」
「その時は教えてね。せめてみんなで見送りするから」
 小夏姉さん達はそう言って雨の中を濡れながら遠ざかっていった。
 翌朝、亜由美と二人で村外れに来た。
 夕陽と朝陽は動くのがすごく速いんだね。昼間は太陽が動いているなんて全然意識しないのに、山の間から覗いていた太陽がすでに完全にその姿をさらしてるのだもの。
「ネットワークを壊す事なんて、簡単にいかないんでしょ」
 亜由美がまた話を蒸し返した。昨夜も散々議論したというのに。
「難しいけど、出来るのは私だけなんだし。私が行かないと駄目なんだよ。ゆかり姉さんもついてるから大丈夫よ」
「他のたくましい姉さん達に守ってもらうとかしたらいいのに」
 しつこいな亜由美は。でも、それも私を心配しての事なんだよね。
「この村の防備には万全を期しておかないといけないでしょ。それに、他の村の人は村長を壊したのが誰だか知らないんだし、大勢で乗り込むよりもこっそり私が紛れ込むほうが成功率が高いよ」
「わかった。でもミチルがねえ。あのミチルが村のため、いや他の村の人のためでもあるからみんなの為に命をかけるなんて、正直ちょっと想像できなかった」
 その意見には私も同感だ。
「私だってそうだよ。多分ゆかり姉さんの意思が私を変えたんだと思う。これが私の生きる道ってね」
「そろそろ……行きます、か」
 後ろでジャックが言った。片言の言葉だけど、少しずつ私達の言葉を覚えてくれている。
 ジャックの知識は、これから始まる旅にとっても有効なものになるはずだ。
「あ、そうだ。ところでひとつだけまだ聞いてない事があったんだわ」
 亜由美が素っ頓狂な声をあげた。
「ねえ、オンは他の国のオトコだったんでしょ。だったら、この村のオトコたちはいったい何処に行ってしまったの。もうわかってるんでしょ」
 亜由美に横腹を小突かれてちょっと咳がでた。
「あの日、祭りの初日だけど、神社で村長に聞いたんだよ。オトコは何処に行ったんですかってね。そうしたら村長は、オトコは何処にも行ってないって答えたのよ」
「それなら知ってるわよ。誰がいつ聞いてもその答えしか返ってこないって。みんな知ってることじゃなかったっけ?」
 それは亜由美の言うとおりだ。この質問は結構ポピュラーな質問だから。
「でもね、実はその通りだったのよ。その時は、はぐらかされたって思っていたけどね。でも本当に、男は何処にもいっていなかったんだよ」 
 亜由美は、えー嘘ー何処よーと言って大げさに周囲を見回した。
 亜由美がふっと油断した隙をついて、私は亜由美のスカートに手を入れた。 
 そして、そこについている小さな突起をくいっとひねって言ってやった。
「ここよ。ここにいるのよ」
 きゃっと悲鳴を上げる亜由美。
「この村の人は皆、男と女の融合した人種だったのよ。その人種だけが超能力を持つようになったわけ。でも代を重ねるごとに女のほうの血が強くなって、能力も弱くなっていく事がわかってきたの。それが、男飼が始まった理由なんだよ」
「うーん、絶句って感じ。信じられないわ」
 言いながらも亜由美は後ろを向いてスカートとパンツをめくって眺めてる。
 じゃあ行くよ。私はあっさりと言い放って急坂の小道を下り始めた。
 気をつけてねって声が追いかけてきた。
 やっぱり亜由美以外に出発する日時を教えなかったのは正解だった。
 亜由美の見送りだけでもなんだか悲しくなってくるのに、大勢の人に見送られたりしたら、行くのがいやになりそうだもの。
 後ろから聞こえるジャックのたくましい足音が、私の萎えそうな気持ちを支えてくれていた。
 走りまわるジロが、嬉しそうに私の前に回ってほえ始めた。
 大丈夫、俺がついてるぜって聞こえた。
 そうだ。私は一人じゃないんだから。
 ゆかり姉さんもついているし、ジャックもジロもいる。
 とりあえず隣村に行って、こっそり村長に会おう。きっと何とかなるはずだ。
 だって私のしてる事はみんなのためになる事なんだから。
 そう考えたら足取りが急に軽くなってきた。
 単純な私なのだ。
            男飼 おわり