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オイワ様③

ー/ー



 彼女は庭へ行くと、天然水やお神酒、生米、あら塩といったものを、それぞれ器に用意して、前に並べました。

 それから彼女は正座すると、手を合わせて、その姿勢のまま、じっと動かなくなりました。

 少しして、強い風が吹き始めました。それと同時に、狭い隙間を風が通り抜ける時に鳴るような、ひゅおおぉ、という音が聞こえてきました。

 風がひとしきり吹いたあと、急に風が止んで、静かになりました。

 それからも、彼女は無言でじっと座り続けていました。

 三十分ほど、そうしていたでしょうか。彼女は立ち上がると、先ほど用意したものを片付けて、家の中へ戻ってきました。

 戻ってきた彼女は、険しい表情を浮かべていました。その表情が、ことがまだ終わっていないこと、なんなら事態が悪化したことを示していました。

Kさん
「オイワ様との交渉はうまくいきましたか?」

 そんなこととはつゆ知らず、彼は尋ねました。

伊沢さん
「交渉をする前に、Kさんたちにお話ししなければならないことがあります。それと、Kさんたちに決断してもらわなければいけないこともあります。オイワ様たちには、いったん帰ってもらいました。でもまた明日来るので、それまでに決断してください」

Kさん
「どういうことですか? 何があったんですか?」

伊沢さん
「どうも、オイワ様はKさんのご先祖様と契約をしていた、というようなことを言っていたんですが、どなたか心当たりはありますか?」

 しかしその場にいるみんなが、首を横に振りました。

伊沢さん
「オイワ様がKさんのご先祖様と何を契約したかといえば、内容としては”Kさん一族の間に生まれた一番最初の男の子をオイワ様に捧げる代わりに、一族の繁栄を助けてもらう”というものでした。

 それでオイワ様はちゃんと約束を守って、Kさんの家系の繁栄を助けてきたんです。その引き換えとして、家に生まれた長男をもらっていく。これが神隠しの真相です」

Kさん
「そんな話、俺は何も聞かされてませんよ!」

伊沢さん
「おそらくですが、どこかで家の当主が早死にするようなことがあったりして、うまく伝わらなかったところがあったんじゃないかと思います。それで、子孫の方たちは何も知らないまま、長男がいなくなるのを不思議に思っていた中、オイワ様たちは約束を守り続けてきたわけです。

 ただ、やはり神霊と交渉ができるってことは霊感の強い血筋の人間なので、たまに霊が見える人が生まれることもあったと思うんです。おそらくそれが、Kさんのおじい様、Tさんの夫にあたる人だったんだと思うんです。

 その方は、オイワ様を追い払ったわけじゃないんです。その方は、今長男をとらないでいてくれたら次の代は二人子供をよこす、とオイワ様に言って、帰ってもらっただけなんです。

 その次も、同じように、今回見逃してくれたら、次は三人よこすって言ったんですよ。

 はっきり言って、とんでもないことですよ。本当に子供を三人渡すのでなければ、実質、神との約束を踏み倒したようなものですからね」

 Kさんたちは、あぜんとしていました。

 しばらくして、Kさんは尋ねました。

Kさん
「それで、僕らはどうしたらいいんですか?」

伊沢さん
「考えられる方法は、二つしかありません。一つは、何も知らなかったといって、契約を破棄してもらうことです。もう一つは、Y君を差し出すこと」

A君
「そんなことできるわけないじゃないですか!」

伊沢さん
「わかっています。ただ、契約を破棄した場合、断言しますけど、Kさんの一族は没落します。これは絶対です。例外は、AさんがKさんと離婚して、親権をAさんに渡した場合は、AさんとYさんだけは没落せずに済みます。ただKさんは無理です」

Kさん
「な、な、なんで没落なんてことになるんですか? 謝って、許してもらうことはできないんですか?」

伊沢さん
「許してもらうことはできます。ただ、神霊との約束を破ったことに変わりはないので、どうしても神霊に見捨てられるというかたちにはなってしまいます。

 あと、オイワ様の力で積み上げた土台なので、オイワ様の後ろ盾がなくなれば、あとは崩れるだけなんです。本人たちの力だけで積み上げたものだったらあまりそうはならないんですけど、高いところにいけばいくほど、落ちる時はものすごい落ちるんですよ。会社が倒産したりする時だって、負債とか、一般市民には一生縁がないような額にまでなりますよね? そういうことです。

 今、Kさんがどういう状況にいるか私はよく知りませんし、Kさんが頑張ったからこそ達成できたものもあるとは思うんですけど、よかったことの中にはオイワ様のおかげだったものもあるので、それに関してはだめになってしまいます。で、一個崩れたら連鎖的に他のところもだめになっていくことになると思います。だから、覚悟はしておいたほうがいいです」

 Kさんは何も言いませんでした。先ほどまで若々しく、エネルギーに満ちているように見えた彼でしたが、今はわずかに老けたようにさえ見えました。それほど彼は、衝撃を受けたみたいでした。

伊沢さん
「ちなみに、答えを出さなかった場合、オイワ様の後ろ盾も失いますし、Y君もとられます。だから絶対に、明日までに答えだけは出してください。よろしくお願いします」

 では失礼します、と言って、我々はK家を辞去しました。

 そして翌日。改めてK家を訪れました。

 KさんとTさんと向かい合って、我々は彼らの答えを聞くことになりました。

伊沢さん
「答えは出ましたか?」

Kさん
「ええまあ、それなんですけど、もう大丈夫です」

伊沢さん
「大丈夫、というのは?」

 ちょっと嫌な予感がした僕は、彼に尋ねました。

「あの、AさんとY君はどこへ行ったんですか? ここにはいないんですか?」

Kさん
「いないですよ。もう捧げたので」

「え?」

Kさん
「昨日、二人が寝入ったところで、二人だけを庭に寝かせておいたんですね。で、朝見たら、二人ともいなくなってました。たぶん、オイワ様が二人を連れていったんだと思います。これでよかったと思ってます。Yも、Aが一緒なら寂しいとは思わないでしょうし」

 Kさんはそれから、頭を下げました。

Kさん
「今回はありがとうございました。おかげで、悪い事態にはならずに済みました。あと一人、用意しなければなりませんが、まあ何、大丈夫でしょう。こう見えても俺、モテるので」

 そう言う彼の表情には、これっぽっちも悪気らしいものはありませんでした。それがより一層、彼の異常さを際立たせていました。

 守秘義務というものがありますから、なかなかKさんが誰なのかを明かすことはできません。たとえ、彼が結婚相手とのあいだにもうけた息子をオイワ様に捧げようとしているとしても、です。

 止められるものなら、僕も止めたかったし、伊沢さんも同じ気持ちでした。しかし、今の司法で、どうやればKさんを裁けるというのでしょうか。言いかたは悪いですが、今の世の中は法で裁かれることさえなければ何をやってもいい、という社会です。呪いの儀式をやった人を罰することができないように、Kさんのことも罰することはできないのです。

 むしろ、ここで名前を明かせば、名誉棄損で我々が訴えられますし、こんなのは妄想だ、と言われたらそれまでです。

 ですので、我々としては、もうKさんとは関わらないことにする、ということ以外にできることはないのです。

 ただ一つだけ、オイワ様と契約している家系を見分ける方法をお伝えしておきます。

 というのも、Kさんの行いに対して、あまりにもひどいと思った伊沢さんが、彼にある術をかけたんです。家系そのものにかけた、かなり強力な術だそうです。

 それは、「オイワ様」という言葉を聞いたときに口がきけなくなる、というものです。

 ですから、恋人のいる女性の方がやるべきことは単純です。パートナーの方に向かって「オイワ様って知ってる?」と尋ねればいいだけです。そしたら、彼は無言で首を横にふると思います。

 そしたら、それに続けて、なんでもいいのでまったく別の質問をしてみてください。もしそれでも、彼が口を閉じたまま、なんにもしゃべらなかったら、その人はKさんか、あるいはKさんの子孫にあたる人です。

 


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 彼女は庭へ行くと、天然水やお神酒、生米、あら塩といったものを、それぞれ器に用意して、前に並べました。
 それから彼女は正座すると、手を合わせて、その姿勢のまま、じっと動かなくなりました。
 少しして、強い風が吹き始めました。それと同時に、狭い隙間を風が通り抜ける時に鳴るような、ひゅおおぉ、という音が聞こえてきました。
 風がひとしきり吹いたあと、急に風が止んで、静かになりました。
 それからも、彼女は無言でじっと座り続けていました。
 三十分ほど、そうしていたでしょうか。彼女は立ち上がると、先ほど用意したものを片付けて、家の中へ戻ってきました。
 戻ってきた彼女は、険しい表情を浮かべていました。その表情が、ことがまだ終わっていないこと、なんなら事態が悪化したことを示していました。
Kさん
「オイワ様との交渉はうまくいきましたか?」
 そんなこととはつゆ知らず、彼は尋ねました。
伊沢さん
「交渉をする前に、Kさんたちにお話ししなければならないことがあります。それと、Kさんたちに決断してもらわなければいけないこともあります。オイワ様たちには、いったん帰ってもらいました。でもまた明日来るので、それまでに決断してください」
Kさん
「どういうことですか? 何があったんですか?」
伊沢さん
「どうも、オイワ様はKさんのご先祖様と契約をしていた、というようなことを言っていたんですが、どなたか心当たりはありますか?」
 しかしその場にいるみんなが、首を横に振りました。
伊沢さん
「オイワ様がKさんのご先祖様と何を契約したかといえば、内容としては”Kさん一族の間に生まれた一番最初の男の子をオイワ様に捧げる代わりに、一族の繁栄を助けてもらう”というものでした。
 それでオイワ様はちゃんと約束を守って、Kさんの家系の繁栄を助けてきたんです。その引き換えとして、家に生まれた長男をもらっていく。これが神隠しの真相です」
Kさん
「そんな話、俺は何も聞かされてませんよ!」
伊沢さん
「おそらくですが、どこかで家の当主が早死にするようなことがあったりして、うまく伝わらなかったところがあったんじゃないかと思います。それで、子孫の方たちは何も知らないまま、長男がいなくなるのを不思議に思っていた中、オイワ様たちは約束を守り続けてきたわけです。
 ただ、やはり神霊と交渉ができるってことは霊感の強い血筋の人間なので、たまに霊が見える人が生まれることもあったと思うんです。おそらくそれが、Kさんのおじい様、Tさんの夫にあたる人だったんだと思うんです。
 その方は、オイワ様を追い払ったわけじゃないんです。その方は、今長男をとらないでいてくれたら次の代は二人子供をよこす、とオイワ様に言って、帰ってもらっただけなんです。
 その次も、同じように、今回見逃してくれたら、次は三人よこすって言ったんですよ。
 はっきり言って、とんでもないことですよ。本当に子供を三人渡すのでなければ、実質、神との約束を踏み倒したようなものですからね」
 Kさんたちは、あぜんとしていました。
 しばらくして、Kさんは尋ねました。
Kさん
「それで、僕らはどうしたらいいんですか?」
伊沢さん
「考えられる方法は、二つしかありません。一つは、何も知らなかったといって、契約を破棄してもらうことです。もう一つは、Y君を差し出すこと」
A君
「そんなことできるわけないじゃないですか!」
伊沢さん
「わかっています。ただ、契約を破棄した場合、断言しますけど、Kさんの一族は没落します。これは絶対です。例外は、AさんがKさんと離婚して、親権をAさんに渡した場合は、AさんとYさんだけは没落せずに済みます。ただKさんは無理です」
Kさん
「な、な、なんで没落なんてことになるんですか? 謝って、許してもらうことはできないんですか?」
伊沢さん
「許してもらうことはできます。ただ、神霊との約束を破ったことに変わりはないので、どうしても神霊に見捨てられるというかたちにはなってしまいます。
 あと、オイワ様の力で積み上げた土台なので、オイワ様の後ろ盾がなくなれば、あとは崩れるだけなんです。本人たちの力だけで積み上げたものだったらあまりそうはならないんですけど、高いところにいけばいくほど、落ちる時はものすごい落ちるんですよ。会社が倒産したりする時だって、負債とか、一般市民には一生縁がないような額にまでなりますよね? そういうことです。
 今、Kさんがどういう状況にいるか私はよく知りませんし、Kさんが頑張ったからこそ達成できたものもあるとは思うんですけど、よかったことの中にはオイワ様のおかげだったものもあるので、それに関してはだめになってしまいます。で、一個崩れたら連鎖的に他のところもだめになっていくことになると思います。だから、覚悟はしておいたほうがいいです」
 Kさんは何も言いませんでした。先ほどまで若々しく、エネルギーに満ちているように見えた彼でしたが、今はわずかに老けたようにさえ見えました。それほど彼は、衝撃を受けたみたいでした。
伊沢さん
「ちなみに、答えを出さなかった場合、オイワ様の後ろ盾も失いますし、Y君もとられます。だから絶対に、明日までに答えだけは出してください。よろしくお願いします」
 では失礼します、と言って、我々はK家を辞去しました。
 そして翌日。改めてK家を訪れました。
 KさんとTさんと向かい合って、我々は彼らの答えを聞くことになりました。
伊沢さん
「答えは出ましたか?」
Kさん
「ええまあ、それなんですけど、もう大丈夫です」
伊沢さん
「大丈夫、というのは?」
 ちょっと嫌な予感がした僕は、彼に尋ねました。
「あの、AさんとY君はどこへ行ったんですか? ここにはいないんですか?」
Kさん
「いないですよ。もう捧げたので」
「え?」
Kさん
「昨日、二人が寝入ったところで、二人だけを庭に寝かせておいたんですね。で、朝見たら、二人ともいなくなってました。たぶん、オイワ様が二人を連れていったんだと思います。これでよかったと思ってます。Yも、Aが一緒なら寂しいとは思わないでしょうし」
 Kさんはそれから、頭を下げました。
Kさん
「今回はありがとうございました。おかげで、悪い事態にはならずに済みました。あと一人、用意しなければなりませんが、まあ何、大丈夫でしょう。こう見えても俺、モテるので」
 そう言う彼の表情には、これっぽっちも悪気らしいものはありませんでした。それがより一層、彼の異常さを際立たせていました。
 守秘義務というものがありますから、なかなかKさんが誰なのかを明かすことはできません。たとえ、彼が結婚相手とのあいだにもうけた息子をオイワ様に捧げようとしているとしても、です。
 止められるものなら、僕も止めたかったし、伊沢さんも同じ気持ちでした。しかし、今の司法で、どうやればKさんを裁けるというのでしょうか。言いかたは悪いですが、今の世の中は法で裁かれることさえなければ何をやってもいい、という社会です。呪いの儀式をやった人を罰することができないように、Kさんのことも罰することはできないのです。
 むしろ、ここで名前を明かせば、名誉棄損で我々が訴えられますし、こんなのは妄想だ、と言われたらそれまでです。
 ですので、我々としては、もうKさんとは関わらないことにする、ということ以外にできることはないのです。
 ただ一つだけ、オイワ様と契約している家系を見分ける方法をお伝えしておきます。
 というのも、Kさんの行いに対して、あまりにもひどいと思った伊沢さんが、彼にある術をかけたんです。家系そのものにかけた、かなり強力な術だそうです。
 それは、「オイワ様」という言葉を聞いたときに口がきけなくなる、というものです。
 ですから、恋人のいる女性の方がやるべきことは単純です。パートナーの方に向かって「オイワ様って知ってる?」と尋ねればいいだけです。そしたら、彼は無言で首を横にふると思います。
 そしたら、それに続けて、なんでもいいのでまったく別の質問をしてみてください。もしそれでも、彼が口を閉じたまま、なんにもしゃべらなかったら、その人はKさんか、あるいはKさんの子孫にあたる人です。