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伊沢凪海が祓えなかったモノ

ー/ー



 当たり前ですが、伊沢さんも人間です。感情もあれば、限界もあります。コーヒーを買い忘れただけで怒ることもありますし、不思議な力のこと以外においては、わりと普通の人と変わりません。

 今回はそんな伊沢さんにも怖いものがあったのか、と思わせるような話です。

 このご依頼者様は珍しく、我々の事務所の方へ自分から出向いてくださった方でした。こういう方は非常に珍しいです。大半の方はお仕事や学校があったりして、なかなか遠出できない方が多いのです。

 その方がかなり悩んでいる、というのは一目見てわかりました。そのご依頼者様は60代くらいの方だったのですが(あるいはもっと若い方だったかもしれませんが)、口の周りには無精ひげが生えていて、髪の毛はあぶらぎっていて、目は充血してらんらんとしているように見えて、近寄りがたい雰囲気がありました。

「お悩みの内容をお話いただけますか?」

Yさん
「もうここが最後の望みなんだよ。どこへ行っても、みんな断られた。ここが最後の望みなんだ」

「大変だったのはわかりますが、どうか落ち着いてください。まずはお悩みの内容を話していただけますか?」

Yさん
「俺はただ、敷地に入ってきた白い蛇を殺しただけだ。それなのに呪いとかなんとかわけのわかんないことになって。霊能者に見せたら、みんな口をそろえて、俺は呪われてる、この呪いは祓えないっていうんだ。ここはどうなんだ? 祓えるのか、祓えないのか? どうなんだ?」

「ただいま伊沢が霊視しておりますので、少々お待ちください」

Yさん
「いつまで待てばいいんだ? 俺が死ぬまでか、ああ? なあ、おい! 早くしろよ!」

 この時点ではやくも、僕はこの男の相手をするのが嫌になり始めていました。いくら精神的に追い詰められているとはいえ、この態度は許せませんでした。とはいえ、そんな人間でも伊沢さんは助けようとするのです。僕が我慢していたのも、そういう伊沢さんの姿勢を見習ってのことでした。

「えっとですね・・・・・」

 僕がなだめるための言葉を探していると、伊沢さんが話し始めました。

伊沢さん
「あなたが殺したのはただの蛇じゃありません」

Yさん
「ああ、神の遣いだって言うんだろ? この前行ったところの霊能者にもおんなじこと言われたよ」

伊沢さん
「それを祓うことは残念ながら、私にもできません。また、謝って許してもらうことも不可能です。話が通じるような存在ではないと思うので」

Yさん
「・・・・・・ようするに無理ってことか。くそ、なんだよここもだめなのかよ」

 Yさんは腰を上げると、ふらふらとした足取りで事務所を出て行かれました。

「珍しいですね、伊沢さんができないって即答するの。そんなにやばい神様なんですか?」

 すると彼女は首を横に振りました。

伊沢さん
「あれを祟ってるのは神様じゃない」

「え、じゃあなんでそういう風に言わなかったんですか?」

伊沢さん
「あのご依頼者様にとってみれば、自分を祟っているのが神様であろうとそうでなかろうと関係ないし、わざわざ訂正する意味もない」

「なるほど。まあ、それはそれとして、何が祟ってんですか、Yさんを?」

伊沢さん
「わからない。けれど、神様とは比べ物にならないくらい強いなにかなのは間違いない。あんなに恐ろしいものは、初めて見た。私たちは、あれに関わるべきじゃない」

 伊沢さんは青ざめていました。あの彼女が怯えていたのです。そんな彼女を見たのは、この時が初めてでした。

「何が見えたんですか?」

伊沢さん
「なんて言えばいいのかわからないけど・・・・・・」

 伊沢さんは少し考えてから、やがてこう言いました。

伊沢さん
「私の目には、白くて細長くて、目のない生き物があの人の体に巻き付いて、頭に噛みついてるのが見えた。殺そうと思えばいつでもできるんだろうけど、今はなぶってる状態っていうか、犯した罪の重さを思い知らせてる最中、みたいなかんじだった。

 ただそれの持っている力が、私なんかとはくらべものにならないくらい強くて、そこらへんにいる神様よりもはるかに強かった。そいつを見てるだけで目がつぶれそうになるくらい、痛くなるんだよね。それぐらい力が強い」

「それがなんなのかは、伊沢さんにもわからないってことですか?」

伊沢さん
「うん。少なくとも、私にはあれが白蛇だとは思えない。あの人が殺したのはたぶん、白蛇じゃないまったく別の何かだと思う」

 この話にある通り、彼女は全能の神などではありません。誰でも救えるわけではないのです。もし、他の人が彼と同じような状況に陥ったとしても、我々は助けることができません。

 とにかく、白蛇、あるいは白蛇に見える何かを殺すことだけは絶対にしないでください。


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 当たり前ですが、伊沢さんも人間です。感情もあれば、限界もあります。コーヒーを買い忘れただけで怒ることもありますし、不思議な力のこと以外においては、わりと普通の人と変わりません。
 今回はそんな伊沢さんにも怖いものがあったのか、と思わせるような話です。
 このご依頼者様は珍しく、我々の事務所の方へ自分から出向いてくださった方でした。こういう方は非常に珍しいです。大半の方はお仕事や学校があったりして、なかなか遠出できない方が多いのです。
 その方がかなり悩んでいる、というのは一目見てわかりました。そのご依頼者様は60代くらいの方だったのですが(あるいはもっと若い方だったかもしれませんが)、口の周りには無精ひげが生えていて、髪の毛はあぶらぎっていて、目は充血してらんらんとしているように見えて、近寄りがたい雰囲気がありました。
「お悩みの内容をお話いただけますか?」
Yさん
「もうここが最後の望みなんだよ。どこへ行っても、みんな断られた。ここが最後の望みなんだ」
「大変だったのはわかりますが、どうか落ち着いてください。まずはお悩みの内容を話していただけますか?」
Yさん
「俺はただ、敷地に入ってきた白い蛇を殺しただけだ。それなのに呪いとかなんとかわけのわかんないことになって。霊能者に見せたら、みんな口をそろえて、俺は呪われてる、この呪いは祓えないっていうんだ。ここはどうなんだ? 祓えるのか、祓えないのか? どうなんだ?」
「ただいま伊沢が霊視しておりますので、少々お待ちください」
Yさん
「いつまで待てばいいんだ? 俺が死ぬまでか、ああ? なあ、おい! 早くしろよ!」
 この時点ではやくも、僕はこの男の相手をするのが嫌になり始めていました。いくら精神的に追い詰められているとはいえ、この態度は許せませんでした。とはいえ、そんな人間でも伊沢さんは助けようとするのです。僕が我慢していたのも、そういう伊沢さんの姿勢を見習ってのことでした。
「えっとですね・・・・・」
 僕がなだめるための言葉を探していると、伊沢さんが話し始めました。
伊沢さん
「あなたが殺したのはただの蛇じゃありません」
Yさん
「ああ、神の遣いだって言うんだろ? この前行ったところの霊能者にもおんなじこと言われたよ」
伊沢さん
「それを祓うことは残念ながら、私にもできません。また、謝って許してもらうことも不可能です。話が通じるような存在ではないと思うので」
Yさん
「・・・・・・ようするに無理ってことか。くそ、なんだよここもだめなのかよ」
 Yさんは腰を上げると、ふらふらとした足取りで事務所を出て行かれました。
「珍しいですね、伊沢さんができないって即答するの。そんなにやばい神様なんですか?」
 すると彼女は首を横に振りました。
伊沢さん
「あれを祟ってるのは神様じゃない」
「え、じゃあなんでそういう風に言わなかったんですか?」
伊沢さん
「あのご依頼者様にとってみれば、自分を祟っているのが神様であろうとそうでなかろうと関係ないし、わざわざ訂正する意味もない」
「なるほど。まあ、それはそれとして、何が祟ってんですか、Yさんを?」
伊沢さん
「わからない。けれど、神様とは比べ物にならないくらい強いなにかなのは間違いない。あんなに恐ろしいものは、初めて見た。私たちは、あれに関わるべきじゃない」
 伊沢さんは青ざめていました。あの彼女が怯えていたのです。そんな彼女を見たのは、この時が初めてでした。
「何が見えたんですか?」
伊沢さん
「なんて言えばいいのかわからないけど・・・・・・」
 伊沢さんは少し考えてから、やがてこう言いました。
伊沢さん
「私の目には、白くて細長くて、目のない生き物があの人の体に巻き付いて、頭に噛みついてるのが見えた。殺そうと思えばいつでもできるんだろうけど、今はなぶってる状態っていうか、犯した罪の重さを思い知らせてる最中、みたいなかんじだった。
 ただそれの持っている力が、私なんかとはくらべものにならないくらい強くて、そこらへんにいる神様よりもはるかに強かった。そいつを見てるだけで目がつぶれそうになるくらい、痛くなるんだよね。それぐらい力が強い」
「それがなんなのかは、伊沢さんにもわからないってことですか?」
伊沢さん
「うん。少なくとも、私にはあれが白蛇だとは思えない。あの人が殺したのはたぶん、白蛇じゃないまったく別の何かだと思う」
 この話にある通り、彼女は全能の神などではありません。誰でも救えるわけではないのです。もし、他の人が彼と同じような状況に陥ったとしても、我々は助けることができません。
 とにかく、白蛇、あるいは白蛇に見える何かを殺すことだけは絶対にしないでください。