「えいっ! やぁ! とぉ!」
俺の隣で手刀を振り回す牛郎。予てより、俺は甥っ子に何か習い事をさせたいと思っていた。
『来たれ! 未来の剣士!!』
そんな折、俺は偶然このポスターを目にしたんだ。どうやら本須賀町を拠点に活動する剣道場で、筋力のある牛郎にはこういう対人スポーツが向いているのではないかと思った。
第一、牧場の柵をぶち破るような子供を野放しにするのは危険だろう。そういう子供にこそ、剣道の礼節を学ばせたいところだ。
「ここで会ったが百年目……!」
牛郎、自分の世界に入り込みすぎて時代劇で聞きそうな言葉を口にしている。甥っ子よ、別に剣道は誰かの仇討ちをするスポーツじゃないんだ。
ーー
「牛郎、着いたぞ」
ポスターを頼りにやって来たのは『龍洞館』と呼ばれる古風な剣道場。重々しい立看板が道場の威厳を感じさせる。
「ヤァーーーッッッ!!!」
「メェーーーン!!!」
「コテェーーー!!!」
まだ門前だと言うのに、早くも道場内の張り詰めた雰囲気が滲み出ている。俺としては、新参者が門を叩くに少々勇気がいるように思う。
「……あれっ、牛郎がいない??」
門前で立ち往生している間に、牛郎の姿が忽然と消えていた。甥っ子よ、どこへ行った!?
「頼もうっ!!!」
どういう訳か、牛郎は道場の引き戸を勢いよく開けて叫んだ。甥っ子よ、それは道場破りだ!!
『……!!!』
不審に思った門下生達は、一斉に牛郎の方へ振り向いた。当然ながら、どことなく冷たい視線を感じる。
「無礼者! 何なんですか貴方は!!」
門下生の1人が面を外してやって来た。牛郎の非礼な言動に憤りを隠せない様子だ。
「すみません、ウチの子が大変失礼な事を……」
これは非常にまずいと察した俺は、真っ先に門下生へ頭を下げた。いきなり揉め事を起こしては元も子もない。
「ここで会ったが百年目ぇっ!!!」
昂りのあまり、牛郎は手刀で門下生に斬りかかった! 甥っ子よ、それは仇討ちの言葉だ!!
「甘いっ!!!」
だが、すかさず門下生は白刃取りで牛郎の手刀を受け止めた。これも日々の鍛錬の賜物だろう。
「隙ありっ!!」
牛郎、そこで膝蹴りを入れるか!? いくらなんでも、それは武士道に反すると思うぞ!?
「当たらなければどうということはありません!」
膝蹴りを予見したのか、門下生は目にも止まらぬ俊足で後退した。その俊敏さ、俺の感覚としては3倍速くらいに見えた。
「戦え……僕の刀がそう言っているんだ!!」
武士の心が憑依しているのか、牛郎の発言は厨二病を思わせる。というより、その刀は手刀なんだよなぁ……。
「牛の角を矯めて殺す!!」
牛郎の追撃はなおも止まらない。いやいや、その言葉は意味が違うと思うぞ??
「仕方ありませんね……こうなれば一太刀で倒します!!」
門下生は脇構えを取り、肚に力を込める。刹那、俊足の一撃で牛郎に襲いかかった!!
「二人とも止めるんだぁっ!!!」
その矢先、両者の間に狼キャップの少年が割って入った。だが時すでに遅し、両者の攻撃の手は緩められない。
「ぐはぁっ!!!」
両者の挟み撃ちに遭い、少年はその場に伏した。大人から見ても、彼の受けた痛みは尋常でないように思える。
「……たける、大丈夫ですか!?」
我に返った門下生は、たけるの身を案じて涙を流している。おそらく、彼にとってたけるは大切な友人なのだろう。
「これくらい、へっちゃらさ……こたろうが無事で良かった」
たけるもまた、こたろうの身を案じていたようだ。そこはかとなく、この2人にはブロマンスを感じなくもない。
「こりゃあっっっ!!! 貴様ら何をしとるかぁっ!!!」
騒ぎを聞きつけたのか、道場の師範らしき老爺が道場の奥からやって来た。当然ながら、彼はものすごい剣幕だ。
「師匠、これはかくかくしかじかで……!!!」
師匠の剣幕に、こたろうは恐れ慄いている。おそらく、一番怒らせてはいけない人物の逆鱗に触れたのだろうな。
「貴様らは廊下で正座しておれっ!!!」
牛郎とこたろう、そして何故かたけるまでお叱りを受けた。師匠の温情で出入り禁止とまではいかなかったが、それでも龍洞館の敷居は高く感じるな……。