「今日、吉野屋にしない?」
牛郎の一言がきっかけで、今日の昼飯は吉野屋に来ている。おそらく、目的はウシ娘のコラボステッカーだろう。
俺は仕事柄、なかなか牛丼屋に足を運ぶことがない。乳牛を飼育している俺からすれば、牛肉は役目を終えた乳牛の末路を想起してしまうからだ。
とはいえ、甥っ子の誘いを無下にするわけにもいかない。子供の気持ちに寄り添うこと、それは保護者として大切な心構えだ。
それにしても、今時の牛丼屋は自動化が進んでいるものだ。店頭のタッチパネルで注文して、番号札の順で呼ばれたら膳を取りに行くスタイル。さながらハンバーガーチェーン店のようだ。
「そうだなぁ……今日はチーズ牛丼の特盛に温玉を付けて、丼ぶりはウシ娘コラボ仕様で!」
注文がスラスラと決まる手前、予め食べるメニューを決めていたのだろうな。というより、コラボ丼ぶりに追加料金とはなかなかにアコギな商売だ。
「さて、俺はどうしようかなぁ……」
牛丼屋は久々だから、いろいろと要領を得ていない。タッチパネルの操作も不慣れだし、難ならメニューさえ把握していないんだ。
「おじさん、早くして!」
甥っ子よ、いくらファーストフード店だからといって俺を急かさないで欲しい。急いては事を仕損じるのだ。
そういえば、牛丼はハンバーガーを意識して和製ファーストフードとして誕生した経緯がある。丼ぶりを用いるところが、実に日本人らしい発想といえる。
「……もういいや! 僕と同じでいいよね?」
しびれを切らした牛郎は、手早くタッチパネルに触れて注文を済ませた。あまりの早さに、俺は生き馬の目を抜かれた。
あぁ、けれどウシ娘のコラボ丼ぶりは蛇足だったな……。
ーー
「牛丼、最高ーっ!」
片腕が不自由にも拘らず、牛郎は物凄い勢いで牛丼を掻き込んでいく。厳密に言えば共食いになるのかも知れないが、ここは敢えて触れないことにしておく。
「……あ、これね? クラスのみんなが僕のことを心配して書いてくれたんだ!」
俺の視線に気付いたのか、牛郎はギプスの寄せ書きに触れた。どうやら、クラスメイト達は思いやりに溢れているようだ。
「みんなが吉野屋! 吉野屋! って声を掛けてくれるから、僕も早く元気にならなくちゃって思ってさ。気合い入れてるんだ!」
なるほど、そういうことか。牛郎、そういうところは実に健気だな。
「けれど、どうしてみんなは僕のこと『吉野屋』って呼ぶんだろう……?」
甥っ子よ、そこには気付いていなかったのか……。