夜にささやくもの
ー/ー 依頼者のDさんは、三十代くらいの男性で、ちょっと小太りな方でした。
僕
「どのようなことがあったか具体的にお話しいただけますか?」
Dさん
「夜になると、声がするんです」
僕
「声ですか。どのような声ですか?」
Dさん
「死ね、死ねって俺に言ってくるなんかの声が、頭の中に響くんですよ。最初はストレスのせいかと思ったんですが、おかしなことも起こるようになってから、霊の仕業なのかなって」
僕
「おかしなことっていうのはなんですか?」
Dさん
「あそこにある戸が、誰も触ってないのに勝手に開いたことがあるんですよ。それで、これはさすがにおかしいってことで電話したんですよ」
僕
「なるほど」
Dさん
「あとは最近、仕事も全然うまくいかなかくて、この前仕事を辞めることになってしまって。なんか、こっちは普通にしてるだけなのに、上司から急に、お前態度悪いな、なんか気に入らないことでもあるのかよ、みたいなかんじでこう、突っかかられてしまって。で、俺は別にそんなつもりもないから、そんなことないですって言うんですけど、なんでか全然解放してくれなくて。それで結局、会社での立ち位置とかも悪くなってしまって辞めるしかなくなってしまって」
僕
「それは、大変でしたね」
Dさん
「ええ。だから今回のお祓いで、悪いところはちゃんとよくして、いいスタートをきりたいな、と思っているんです」
僕
「それはもう、我々のほうに任せていただければ、霊的なものに関してはちゃんとよくしていくので、安心してください」
Dさん
「それで、霊視とやらはまだ終わらないんですか?」
僕
「そうですね」
そこで僕は伊沢さんのほうを見ました。彼女はまだ、霊視が終わらないらしく、何も言いませんでした。いつもより時間がかかっているみたいでした。
僕
「まだもう少しかかりそうですね。もう少々お待ちください」
しばらく、無言の時間が続きました。それからやがて、彼女が口を開きました。
伊沢さん
「鬼が憑いてます。真っ赤な色をした、鎧兜を着たやつです」
Dさん
「鬼、ですか? 鬼ってなんですか?」
伊沢さん
「怨霊が、怨念の塊に飲み込まれてしまったものですね。色が赤いのは、怒ってるからです。怒ってる霊って赤くなるので。鬼は怨念というか、怒りに飲み込まれた霊体なので、色が赤いんです」
Dさん
「つまり、もとは誰かしらに恨みを持っていた、ということですか? その、誰にどんな恨みを持っていたかとか、わかりますか?」
伊沢さん
「ひどい殺され方をした方みたいですけど、ただ、鎧兜を着てるので、戦国時代とかそのへんの時代に生きてた方だとは思います。なんか、仲間に背中から斬られたみたいです。裏切られたっていう思いがすごく強いです」
Dさん
「そうですか」
伊沢さん
「申し訳ないですが、私にはこれを祓うことはできません。私の手には負えません」
Dさん
「え、無理なんですか?」
伊沢さん
「はい。私から勧められることとしては、ちゃんとした神社に行ってお祓いを受けることぐらいしかありません」
Dさん
「その、ちゃんとした神社に行けば、鬼はとれるんですか?」
伊沢さん
「わかりません。でも、やってみるしかないと思いますよ」
Dさん
「そうですか。ちなみに、鬼以外に霊がとり憑いてるとかは、ありますか?」
伊沢さん
「いいえ、他にはいないですね」
Dさん
「そうですか。ああ、それで料金のほうなんですけど」
伊沢さん
「今回は特に何もしてないので、料金はいりません」
Dさん
「そうですか。いや、なんかすみませんね、せっかく来てもらったのに」
伊沢さん
「いえ。こちらこそ、お役に立てなくて申し訳ありませんでした」
そして僕らは何もしないまま、帰ることになりました。
伊沢さん
「ああ、死ぬかと思った」
車が走り出すやいなや、彼女はそう言いました。
僕
「え、何がですか? そんなやばい霊体だったんですか?」
伊沢さん
「違う、鬼のほうじゃない。いや、鬼もやばいけど、本当にやばいのはDさんのほうだよ。あの人、人を殺してた」
僕
「ええ⁉」
伊沢さん
「会っていきなり、Dさんの後ろに青白い顔した女の人の霊がいるのが見えて、それで”こいつが私を殺した!”って何度も叫んでたから、びっくりしたわ」
僕
「え、え? マジのやつですか?」
伊沢さん
「マジ。で、どういうことですかってその女の人に聞いてみたら、もともとその女の人は、Dさんと付き合ってたんだって。でもDさん、ギャンブル依存症だったらしくて、その女の人のお金を勝手に財布からとってギャンブルに使ってすっちゃうみたいなことまでやってたらしくて。
それでその女の人も愛想がつきて、Dさんを振ったんだって。でも、それからその彼がストーカー化しちゃって、つきまとわれちゃったらしくて。
それで、もう二度と付き合うつもりはないってはっきり言うために、一回会ったんだって。で、彼の車に乗って、車の中で”もう付き合うつもりはないから”って言ったら、”そうか”って言われて、いきなり首を絞められて。女の人だから、男のDさんには力じゃかなわなくて、結局何もできないまま殺されてしまって。
そのあと、Dさんは殺したその女の人を山に埋めたんだよね。だからその女の人は、そこから私を見つけ出してほしいって私に言ってきた。見つけて、親のもとに帰してくれって。
それで、警察にも通報して遺体もちゃんと見つけてもらうからあとは任せてって言ってあげたら、ありがとうって言ってくれた。で、その女の人が、まだ気が晴れないからこいつが刑務所にぶちこまれるのを見届けたら成仏するって言ったから、その場は供養しないで終わりにした」
僕
「じゃあ、あとは警察に通報すればいいわけですね、起こった出来事とかを」
伊沢さん
「そう。どこに埋められてるかはもうわかってるから、問題は信じてくれるかどうか、だけど」
僕
「それは、なんとかします。でも、マジでやばいですね。ついさっきまで僕ら、殺人鬼の目の前に座ってたってことですよね」
「そう、本当にやばかった。あいつ、私たちに霊視をお願いしてきたでしょ? ばれる前提で依頼してきてたんだよね。霊障が起こるのが怖くて、しかたなくうちらに頼んできてはいたんだけど、もし殺人のことがばれたら、私たちを殺すつもりだったみたい」
僕
「マジですか」
伊沢さん
「ほんとだよ。でも、そういうやつだからこそ、鬼にとり憑かれたんだけどね」
僕
「どういうことですか?」
伊沢さん
「殺人鬼とかじゃなくても、いじめをしたりとか人の迷惑を考えない人とかって、鬼にとり憑かれやすいんだよね。そういう人たちって、心持ちが鬼に似てて、鬼たちにとってはすごくなじみやすいから」
僕
「そうなんですね」
伊沢さん
「だから、鬼はDさんにとり憑いたんだよね。殺人を犯す前のDさんにとり憑いて、あの人を殺すように操った。そして今度は、Dさんをあの世へ連れて行こうとしてる。夜中にささやく声が聞こえるっていうのも、鬼の仕業だよ。自殺させようとしてるんだよね」
僕
「鬼は、なんでそんなことするんですか?」
伊沢さん
「仲間を増やそうとしてる。Dさんをあの世に連れて行って、自分と同じ鬼にしようとしてるんだよ。そうやってどんどん鬼は増えていく。そして増えた鬼が、また人をあの世へ連れていくんだよ。そうやって世の中に復讐しようとしてるんだよね。まじでろくでもないよね」
僕はその時、鬼ごっこを思い出してしまいました。一人の鬼から始まって、その鬼に捕まって鬼になる人がだんだん増えていって、最後は全員が鬼になる、という遊びです。
遊びならなんてことないでしょう。ただ何が怖いって、現実ではほとんどの人に、その鬼が見えないということです。誰もその存在を信じてないし、だからこそ逃げようとすらしない。今の時代は、誰もが容易に鬼に捕まってしまう時代なのです。そういったことを思って、僕は少し怖くなってしまいました。
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