『ピッ、ピッ、ピー……』
親父はにこやか表情のままこと切れた。一人の人間が、天寿を全うした瞬間だった。
「午前2時3分、御臨終です」
担当医は瞳孔を照らし、親父が息を引き取ったことを確認した。俺の眼前に残されたのは、先刻まで親父だった人間の骸。
俺の人生を翻弄し、あれほど憎らしく思っていた親父という人物。けれど、そんな人物であっても喪失感を覚えるのはなぜだろう。
いや、実のところ薄々気付いていたのではないだろうか。皮肉なことに、その恨み辛みが俺の生きる動機もとい生き甲斐になっていたのかも知れないと。
人は誰しも存在意義を探し求めている。だがそれは、必ずしも清廉潔白なものだとは限らない。
例えば俺のように、親父への憎しみを抱くことで心を維持する人間だって少なからず存在する。叶うなら、俺だって人生を前向きに生きていたかった。
「冬樹、自分の親父が死んだのはさぞ悲しかろうよぉ……」
伯父さんが、涙ながらに俺の肩をポンと叩いた。無自覚だったものの、俺の目からは流水のごとく冷たい何かが滴り落ちていた。
そして、俺の頭にあの一言が過る。
『さよならだけが人生だ』
対馬が亡くなった時もそうだった。出会う人たちは走馬灯のように過ぎ去り、消えてゆく。
俺の心は翻弄されたまま、その先は一体どこに向かうのだろうか。俺はただ、この世の不条理を恨むことしかできない。
けれど、最期に親父が俺の頭を撫でてくれたことが、壊れそうな俺の心を繋ぎ止める楔となったことに間違いない。刹那、俺は親父との確執が雪解けしたことを垣間見たからだ。
おそらく、俺と親父の双方が長年抱き続けた本心はそれだったに違いない。男同士というのは、確執が生まれるとなかなか歩み寄ることが難しい。
もっと素直に言い表すならば、俺も親父も単純に不器用な人間なんだ。そんなこと、昔から分かっていたんだけどな。
「冬樹、気持ちは分かるがそろそろ出よう」
伯父さんは俺に退室を促していたが、どうにも親父のこの手が俺を離してくれなくてなぁ。
今や、氷のように冷たくなってしまった親父の手。温もりが戻ることはないけれど、それでも俺はこの手を離したくなかった。
「分かっているよ叔父さん。だけど、せめてもう少しだけ……」
俺はその言葉を振り絞るだけで精一杯だった。おそらく、叔父さんも俺の胸中を察しているに違いない。
担当医達も俺の胸中を察し、言葉を殺して静寂を保っている。俺はただ、親父の手を固く握り締めた。