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商談102 遠い記憶

ー/ー



『冬樹、今日は縁日だぞぉ!!』
 商店街のあちこちに露店が立ち並び、男達が威勢よく神輿を担ぐ姿も見られる。そうか、これが縁日なのか。
「お父さん、待ってよぉ!」
 俺は男の背中を追いかけていた。思えば、その背中は巨人を想起するほどだった。
『もたもたしてると、置いていくぞ!』
 男は俺の頭へ手をやると、ワシャワシャと力任せに撫で回した。痛い痛い!
 俺が頭を押さえて痛がっているにも拘らず、男は目の前の光景に高揚している。この男こそ、俺の親父である入間肇だ。
「お父さん、置いていかないでよぉっ!!」
 粗暴な扱いを受けていながら、それでも俺は親父の背中を追いかけていた。思えば、親父と二人きりで外出すること自体が稀有なものだった。
 親父は誰よりも早く仕事に行き、誰よりも遅くまで仕事をしていた。加えて、盆暮れ正月もほとんど休まなかった。
 当然、俺が親父と接する機会などあるはずもない。今思えば、親父は日本の悪習に翻弄されていたのかもしれない。
 そういう意味で、親父との時間は特別感があった。たとえ、それが自分本位の都合であってもだ。
『おっちゃん、生1本!!』
 見知った顔なのか、親父は屋台の店主へ馴れ馴れしく注文を入れる。けれど、店主は嫌な顔一つせずに瓶ビールを手渡した。
『くぅ〜っ! やっぱ夏のビールはうめぇや!』
 親父は喉を鳴らし、瞬くの間に瓶ビールを飲み干してしまった。おいおい、もう次を頼むのかよ!?
「お父さん、僕も何か欲しいよぉ……」
 そんな親父を、俺は羨望の目で見つめていた。子供心に、俺も縁日を楽しみたかったんだ。
『冬樹、お前にはまだ早い』
 親父はきっぱりと言い放った。それはビールのことか? それとも祭り自体か? 
 親父の言葉に俺は動揺した。何だろう、腹の底からこみ上げる感情は……。
「あ〜〜〜っ!!!」
 俺は感情を抑えきれず、咽び泣いていた。親父から否定されたことが、とにかく悲しかった。
『あぁ〜もう! 分かった分かった!! おっちゃん、こいつにわたあめ1つ頼むわ!!』
 号泣する俺を面倒に思ったのか、親父は店主へわたあめを注文した。被害者面をしているようだが、悪いのは親父だ。
「……」
 俺も単純なもので、わたあめ1つで買収されてしまった。けれど、その甘さが今でも心に焼き付いている。
ーー
「ふ……ゆ……き……」
 ……思い出した。親父と初めて縁日に行った日のことだ。昔のように力任せではなく、優しく穏やかに親父は俺を撫でていた。
「親父……」
 今なら感じる、親父の慈しむ心。俺が本当に欲しかったのは、親父の優しさだったんだ。
『ピッ、ピッ、ピー……』
 そして、親父はにこやか表情のままこと切れた。


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『冬樹、今日は縁日だぞぉ!!』 商店街のあちこちに露店が立ち並び、男達が威勢よく神輿を担ぐ姿も見られる。そうか、これが縁日なのか。
「お父さん、待ってよぉ!」
 俺は男の背中を追いかけていた。思えば、その背中は巨人を想起するほどだった。
『もたもたしてると、置いていくぞ!』
 男は俺の頭へ手をやると、ワシャワシャと力任せに撫で回した。痛い痛い!
 俺が頭を押さえて痛がっているにも拘らず、男は目の前の光景に高揚している。この男こそ、俺の親父である入間肇だ。
「お父さん、置いていかないでよぉっ!!」
 粗暴な扱いを受けていながら、それでも俺は親父の背中を追いかけていた。思えば、親父と二人きりで外出すること自体が稀有なものだった。
 親父は誰よりも早く仕事に行き、誰よりも遅くまで仕事をしていた。加えて、盆暮れ正月もほとんど休まなかった。
 当然、俺が親父と接する機会などあるはずもない。今思えば、親父は日本の悪習に翻弄されていたのかもしれない。
 そういう意味で、親父との時間は特別感があった。たとえ、それが自分本位の都合であってもだ。
『おっちゃん、生1本!!』
 見知った顔なのか、親父は屋台の店主へ馴れ馴れしく注文を入れる。けれど、店主は嫌な顔一つせずに瓶ビールを手渡した。
『くぅ〜っ! やっぱ夏のビールはうめぇや!』
 親父は喉を鳴らし、瞬くの間に瓶ビールを飲み干してしまった。おいおい、もう次を頼むのかよ!?
「お父さん、僕も何か欲しいよぉ……」
 そんな親父を、俺は羨望の目で見つめていた。子供心に、俺も縁日を楽しみたかったんだ。
『冬樹、お前にはまだ早い』
 親父はきっぱりと言い放った。それはビールのことか? それとも祭り自体か? 
 親父の言葉に俺は動揺した。何だろう、腹の底からこみ上げる感情は……。
「あ〜〜〜っ!!!」
 俺は感情を抑えきれず、咽び泣いていた。親父から否定されたことが、とにかく悲しかった。
『あぁ〜もう! 分かった分かった!! おっちゃん、こいつにわたあめ1つ頼むわ!!』
 号泣する俺を面倒に思ったのか、親父は店主へわたあめを注文した。被害者面をしているようだが、悪いのは親父だ。
「……」
 俺も単純なもので、わたあめ1つで買収されてしまった。けれど、その甘さが今でも心に焼き付いている。
ーー
「ふ……ゆ……き……」
 ……思い出した。親父と初めて縁日に行った日のことだ。昔のように力任せではなく、優しく穏やかに親父は俺を撫でていた。
「親父……」
 今なら感じる、親父の慈しむ心。俺が本当に欲しかったのは、親父の優しさだったんだ。
『ピッ、ピッ、ピー……』
 そして、親父はにこやか表情のままこと切れた。