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覚醒する焔

ー/ー



 なぜ、旭は焔を代償なく使うことができなかったのか。使う度に身体を傷つけていく焔。心を焦がし、身を焦がし、焔が如く燃えていく。使用者の身体を『焔』に変換する。それが焔の魔法だ。強力な力と引き換えに、『焔』へと変換された身体は戻ることはない。1歩道を踏み間違えれば、人の形を保つことすらできなくなってしまう。
 そんな強力な魔法を使いこなすことなどできない。旭ほどの実力を持ってしても、『焔』を完全に支配することは不可能だと、かつて師である獄蝶のジョカは言った。旭自身、焔の本当の力を引き出せている自信はなかった。

 ずっと、そう思っていた。


「君は何も悪くない。覚悟がなかったのは私の方さ」


 そもそも、旭の実力が足りていなかったはずがないのだ。最強の大魔法使い、獄蝶のジョカにすら届きうる天賦の才。平凡な魔法使いとは比べることもできないほどの実力が、旭にはある。


「君に戦って欲しくなかった。だから()()()()()までしたのに……結局君を傷つけるだけだった」


 旭の前に座り込む女はそう言うととても悲しそうな顔をした。女は記憶する者(レコーダー)に貫かれた腹部に触れ、赤い鮮血で驚くほど白い肌を穢す。ペロリとその血をひと舐めすると、女は光悦の表情を浮かべた。


「傷ついている君は大好きだけど……死んじゃダメだ。君は、まだ生きていなきゃいけない」


 だから、と言葉を続け、女はまた旭の腹部に触れる。


「私が君を生かす。あんなやつ、旭が私の本当の力を使えばイチコロなんだからさ」


 そう言うと、女は眩い輝きを放って消えた。光はボロボロになった旭の身体を包み込み、力を解き放つ。もう、焔は暴走なんてしない。焔によって傷つくこともない。八重との戦いで掴みかけた『焔』の本当の在り方。死地に立ち、旭はついにそれを理解した。
 記憶する者(レコーダー)は次に国綱たちを狙い、旭に背を向ける。抵抗のできない怪我を負っている国綱とヴェローニカは、記憶する者(レコーダー)の欲を満たすのに十分な相手だった。にたりと気味の悪い笑みを浮かべ、1歩足を踏み出した、その瞬間――


「全部……俺に寄越せ、『焔』」


 先程まで死んだように倒れ込んでいた旭が、記憶する者(レコーダー)の背後に気配も感じさせず立ちすくんでいた。その得体の知れない恐怖と驚きで、記憶する者(レコーダー)は身体を跳ねさせて旭から距離を置い取ろうとする。

 だが、そこは既に旭の間合いだった。


最終演目(ラスト・リゾート)


 ついに掴んだ『焔』の形。その姿は今までのような赤より紅く、滾るように燃え盛るような炎などではなかった。激しく紅蓮の如く、空気すら焦がし荒れ狂う焔はそこにはない。


「”光焔(こうえん)”」


 暗闇を照らす光のように、優しく旭を包み込み、穏やかに揺らめく焔が記憶する者(レコーダー)の目に映った。それは、怒りや敵意、殺意に満ちた焔では断じてない。もっと、何か別の力を秘めているような輝きを放っていた。
 それを見た記憶する者(レコーダー)は嘲笑する。また弱くなったと、くるりと振り返って記憶する者(レコーダー)は旭の姿を見た。その瞬間、それまで『光焔』を見て感じていたすべてが偽りだったと悟った。


「”光焔・陽火奇(ひびき)”」


 逃げようとするも、もう遅かった。旭の放った『光焔』は記憶する者(レコーダー)に直撃し、断末魔を叫ぶ間もなく記憶する者(レコーダー)を包み込んだ。次の瞬間、記憶する者(レコーダー)の跡形はなかった。ただ、灰のように積もった記憶する者(レコーダー)だったものがそこにあるだけだ。
 あれほどの激闘を、死闘を繰り広げていたはずの記憶する者(レコーダー)を呆気なく一撃で倒してみせた旭は、ピクリとも動かず、そのままバタンと倒れ込んだ。やけに涼しく感じる風を感じながら、旭はゆっくりと目を閉じようとした。


「寝たら死ぬぞ。起きていろ」

「……まずは感謝だろ馬鹿野郎」

「そんな事してる暇はない。すぐに止血を――」


 そこまで言って、国綱は異変に気がついた。記憶する者(レコーダー)から受けた傷があるはずの旭の腹部はすっかり直っていた。まるで傷なんて最初からなかったみたいに完治している傷を撫でて、国綱は幻覚ではないことを確かめる。
 旭は治癒魔法が得意ではない。できるとしても止血や傷口を塞ぐくらいが限界のはずだ。貫かれた傷を完治させるなんてことは、どれだけ治癒魔法を極めた者でも困難なことだ。


「旭。お前、何をした?」

「…………ぐぅ」

「こいつ」

「やめて国綱。あなたもケガ人よ。早く安全な場所へ」


 相当疲れが溜まっていたのか、いきなり眠ってしまった旭に向かって拳を振り下ろそうとした国綱をヴェローニカが静止する。3人の中では比較的外傷は少ないヴェローニカだったが、『命の魔法』を連発したせいか、魔力を使い果たしてフラフラになっている。


「……酷いことをしてしまいましたわ」


 ヴェローニカが辺りを見渡すと、草は茶色く枯れて、木々はどこか力無くやつれているように見えた。そこに、自然から感じられる命の気配はほとんどなかったのだ。
 ヴェローニカの使う『命の魔法』は、魔力を消費するだけでは発動することができない。生と死は不可逆。魔法であってもそれを覆すことはできない。そのため、『命の魔法』を使って誰かを癒す、命を奪うためには、周囲から相応の命のやり取りをしなければならない。
 木々を成長させるために一度、成長させた木々を操るために二度、そして、『万華鏡(カレイドスコープ)』を使った国綱をサポートするために三度、ヴェローニカは『命の魔法』を使っている。その結果が、命を奪われ尽くした森の姿だった。


「……君がいなければあれは倒せなかった。必要なことだったんだよ。気に病むことはない。さぁ、いこう」

「足が痛いです。おんぶして」

「仰せのままに」


 旭をふわふわと浮かべながら、国綱はヴェローニカを背負って歩き始める。今はとにかく、身体を休める場所へ行こうと、国綱は少し早足でその場を後にした。国綱たちのいなくなった、命の気配が消えた森に、一筋の月明かりが差し込んだ。

 悪夢は醒めたのだろうか。枯れ果てた森の中で、燃えカスとなった灰が風に舞う。そのまま、灰は灰として消えていく――

 はずだった。

 風に吹かれた灰は異形の怪物から、やがて()()姿()へと姿を変えていく。3mを超える巨体は、人間サイズにまで縮んで、手、足、顔と身体を形成していった。


「……遂に……遂にだ。私はお前を超えたぞ、久遠(きゅうえん)


 悪夢はまだ醒めはしない――


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 なぜ、旭は焔を代償なく使うことができなかったのか。使う度に身体を傷つけていく焔。心を焦がし、身を焦がし、焔が如く燃えていく。使用者の身体を『焔』に変換する。それが焔の魔法だ。強力な力と引き換えに、『焔』へと変換された身体は戻ることはない。1歩道を踏み間違えれば、人の形を保つことすらできなくなってしまう。
 そんな強力な魔法を使いこなすことなどできない。旭ほどの実力を持ってしても、『焔』を完全に支配することは不可能だと、かつて師である獄蝶のジョカは言った。旭自身、焔の本当の力を引き出せている自信はなかった。
 ずっと、そう思っていた。
「君は何も悪くない。覚悟がなかったのは私の方さ」
 そもそも、旭の実力が足りていなかったはずがないのだ。最強の大魔法使い、獄蝶のジョカにすら届きうる天賦の才。平凡な魔法使いとは比べることもできないほどの実力が、旭にはある。
「君に戦って欲しくなかった。だから|こ《・》|ん《・》|な《・》|こ《・》|と《・》までしたのに……結局君を傷つけるだけだった」
 旭の前に座り込む女はそう言うととても悲しそうな顔をした。女は|記憶する者《レコーダー》に貫かれた腹部に触れ、赤い鮮血で驚くほど白い肌を穢す。ペロリとその血をひと舐めすると、女は光悦の表情を浮かべた。
「傷ついている君は大好きだけど……死んじゃダメだ。君は、まだ生きていなきゃいけない」
 だから、と言葉を続け、女はまた旭の腹部に触れる。
「私が君を生かす。あんなやつ、旭が私の本当の力を使えばイチコロなんだからさ」
 そう言うと、女は眩い輝きを放って消えた。光はボロボロになった旭の身体を包み込み、力を解き放つ。もう、焔は暴走なんてしない。焔によって傷つくこともない。八重との戦いで掴みかけた『焔』の本当の在り方。死地に立ち、旭はついにそれを理解した。
 |記憶する者《レコーダー》は次に国綱たちを狙い、旭に背を向ける。抵抗のできない怪我を負っている国綱とヴェローニカは、|記憶する者《レコーダー》の欲を満たすのに十分な相手だった。にたりと気味の悪い笑みを浮かべ、1歩足を踏み出した、その瞬間――
「全部……俺に寄越せ、『焔』」
 先程まで死んだように倒れ込んでいた旭が、|記憶する者《レコーダー》の背後に気配も感じさせず立ちすくんでいた。その得体の知れない恐怖と驚きで、|記憶する者《レコーダー》は身体を跳ねさせて旭から距離を置い取ろうとする。
 だが、そこは既に旭の間合いだった。
「|最終演目《ラスト・リゾート》」
 ついに掴んだ『焔』の形。その姿は今までのような赤より紅く、滾るように燃え盛るような炎などではなかった。激しく紅蓮の如く、空気すら焦がし荒れ狂う焔はそこにはない。
「”|光焔《こうえん》”」
 暗闇を照らす光のように、優しく旭を包み込み、穏やかに揺らめく焔が|記憶する者《レコーダー》の目に映った。それは、怒りや敵意、殺意に満ちた焔では断じてない。もっと、何か別の力を秘めているような輝きを放っていた。
 それを見た|記憶する者《レコーダー》は嘲笑する。また弱くなったと、くるりと振り返って|記憶する者《レコーダー》は旭の姿を見た。その瞬間、それまで『光焔』を見て感じていたすべてが偽りだったと悟った。
「”光焔・|陽火奇《ひびき》”」
 逃げようとするも、もう遅かった。旭の放った『光焔』は|記憶する者《レコーダー》に直撃し、断末魔を叫ぶ間もなく|記憶する者《レコーダー》を包み込んだ。次の瞬間、|記憶する者《レコーダー》の跡形はなかった。ただ、灰のように積もった|記憶する者《レコーダー》だったものがそこにあるだけだ。
 あれほどの激闘を、死闘を繰り広げていたはずの|記憶する者《レコーダー》を呆気なく一撃で倒してみせた旭は、ピクリとも動かず、そのままバタンと倒れ込んだ。やけに涼しく感じる風を感じながら、旭はゆっくりと目を閉じようとした。
「寝たら死ぬぞ。起きていろ」
「……まずは感謝だろ馬鹿野郎」
「そんな事してる暇はない。すぐに止血を――」
 そこまで言って、国綱は異変に気がついた。|記憶する者《レコーダー》から受けた傷があるはずの旭の腹部はすっかり直っていた。まるで傷なんて最初からなかったみたいに完治している傷を撫でて、国綱は幻覚ではないことを確かめる。
 旭は治癒魔法が得意ではない。できるとしても止血や傷口を塞ぐくらいが限界のはずだ。貫かれた傷を完治させるなんてことは、どれだけ治癒魔法を極めた者でも困難なことだ。
「旭。お前、何をした?」
「…………ぐぅ」
「こいつ」
「やめて国綱。あなたもケガ人よ。早く安全な場所へ」
 相当疲れが溜まっていたのか、いきなり眠ってしまった旭に向かって拳を振り下ろそうとした国綱をヴェローニカが静止する。3人の中では比較的外傷は少ないヴェローニカだったが、『命の魔法』を連発したせいか、魔力を使い果たしてフラフラになっている。
「……酷いことをしてしまいましたわ」
 ヴェローニカが辺りを見渡すと、草は茶色く枯れて、木々はどこか力無くやつれているように見えた。そこに、自然から感じられる命の気配はほとんどなかったのだ。
 ヴェローニカの使う『命の魔法』は、魔力を消費するだけでは発動することができない。生と死は不可逆。魔法であってもそれを覆すことはできない。そのため、『命の魔法』を使って誰かを癒す、命を奪うためには、周囲から相応の命のやり取りをしなければならない。
 木々を成長させるために一度、成長させた木々を操るために二度、そして、『|万華鏡《カレイドスコープ》』を使った国綱をサポートするために三度、ヴェローニカは『命の魔法』を使っている。その結果が、命を奪われ尽くした森の姿だった。
「……君がいなければあれは倒せなかった。必要なことだったんだよ。気に病むことはない。さぁ、いこう」
「足が痛いです。おんぶして」
「仰せのままに」
 旭をふわふわと浮かべながら、国綱はヴェローニカを背負って歩き始める。今はとにかく、身体を休める場所へ行こうと、国綱は少し早足でその場を後にした。国綱たちのいなくなった、命の気配が消えた森に、一筋の月明かりが差し込んだ。
 悪夢は醒めたのだろうか。枯れ果てた森の中で、燃えカスとなった灰が風に舞う。そのまま、灰は灰として消えていく――
 はずだった。
 風に吹かれた灰は異形の怪物から、やがて|人《・》|の《・》|姿《・》へと姿を変えていく。3mを超える巨体は、人間サイズにまで縮んで、手、足、顔と身体を形成していった。
「……遂に……遂にだ。私はお前を超えたぞ、|久遠《きゅうえん》」
 悪夢はまだ醒めはしない――