——数年後。
春の陽射しが、カーテン越しに部屋を照らしていた。
その光の中で、一冊の手帳が静かに開かれていた。
表紙には、少し色あせた文字でこう書かれている。
「casa-sora 日誌」
ページをめくるその手は、かつてこの家で暮らしていたひとりの住人のものだった。
手帳を読み返していたのは、晴だった。
彼女は今、小さな学校で子どもたちに本を読んで聞かせる仕事をしている。
けれど、自分の中で“人と人の距離感”というものを教えてくれた場所を、今でも時々思い出す。
「……あのとき、ちゃんと話せてよかったな」
ふと、ページの余白に自分の字で言葉を残した。
“今日、ある生徒に「人って、どうやって仲良くなるの?」って聞かれた。
私は答えた。「同じ部屋で、同じごはんを食べることから始まるよ」って。”
別の場所では、優真がカフェの軒先でギターをかき鳴らしていた。
シェアハウス時代にふざけ半分で始めた“即興ソング”が、思わぬきっかけになって今や全国の小さな町を回っている。
「あのとき、バカみたいに笑えたから、今の俺があるんだよな」
そう言って、客席の一角にいた誰かに手を振った。
それは、かつて彼と笑い合った住人のひとりだった。
桜子は舞台の袖で、舞台装置の確認をしていた。
自分で書いた短編劇が、都内の小劇場で上演される日だった。
「このセリフ、casa-soraの朝陽のセリフ、ちょっと借りたんだよね」
そう呟いて笑った。
瑞季は地方の小出版社で編集の仕事をしていた。
社内報の片隅に、月に一度だけ“無署名のエッセイ”を掲載している。
その一文。
“人は誰かと“並んで立った日々”を、ずっと覚えている。
恋でも友情でもない、でも確かな共鳴。
それを“暮らす”と言うのだと、私は知っている。”
そして、あの
家は今、
新たな住人たちが笑い声を交わす場所として続いている。
リビングの棚には、住人が代わっても残され続ける一冊のノート。
“これ、何?”
“最初の頃の住人たちが書いてた日誌らしいよ。続けていいって。”
今の住人たちは、その中にかつての住人たちの痕跡を見つけ、
また新しいページを綴り始める。
“自分たちも、誰かの“残り香”になれるだろうか”
そんな想いを胸に秘めながら。
——人と人は、何度でもつながり直せる。
——でも、それには「ひとつの場所で、共に過ごす時間」が必要なんだ。
そんな当たり前のことを、あの家で過ごした春の日々が教えてくれた。
あのときの笑い声も、悩みも、沈黙も、
今も心の中で、そっとあたたかく鳴っている。
そして今日もまた、どこかの誰かが、
扉を開けて新しい“casa-sora”を見つける。
その瞬間、すべての物語はまた、
やさしい春の光の中に——
【終】