「……もう、やめて」
声が響いた瞬間、空間に漂っていた重圧が、ほんの一瞬だけ緩んだ。
その声の主は——希帆だった。
彼女の周囲には、柔らかく淡い光が揺らめいている。
それは誰の異能とも違い、力というより“場”を変える“意志の共鳴”のようだった。
「一樹、あなたの中に“別の誰か”がいることは分かった。でも——あなた自身の“声”は、もうどこにもないの?」
彼女の問いかけに、一樹——いや
、は一瞬だけ表情を曇らせた。
「……僕は、“誰か”じゃない。君たちが捨ててきた“力”の残り火。だからこそ、理解し合うことは不可能だ」
「本当にそう?」
希帆は歩を進める。凌空が止めようとするが、彼女はそれを制して前へ出た。
「あなたがそう言うなら、それでもいい。でも、私は、あの時、泣いていた一樹の手を——ちゃんと握り返してあげたかった。だから、今だけでも……あなたの“本当の言葉”を、聞かせてほしい」
静寂が落ちた。
そして次の瞬間、淡い光が一樹と希帆の間で、ゆっくりと“共鳴”を始めた。
「共鳴反応……? 違う、これは……“許可”だ」
拓巳が呟く。結香も眉を寄せながら言った。
「“ORIGIN”が……希帆に対して、内部接続を許したってこと?」
「心を開いた……?」
みゆきの言葉に、誰も即答できなかった。
だが確かに、目の前で起きていたのは、“力”の衝突ではなかった。
“存在”と“存在”の、対話だった。
「……君の中に、昔見た光がある。僕にはそれが分からない。でも、なぜか……温かいんだ」
一樹の瞳が、金から人間の色へと、ゆっくりと戻っていく。
「もし、君たちが……この世界をまだ信じられるなら。共鳴することで、新しい何かを……作れるというなら」
希帆は、まっすぐ頷いた。
「作れるよ。……私たちなら」
そして、その言葉と共に——
全員の身体から、一斉に光が放たれた。
まるでそれぞれの心が一つに繋がったかのように、空間が一瞬にして揺らぎ、巨大なコア装置が共鳴を始めた。
『共鳴反応、臨界点突破——全データの統合を開始します』
「何が……起きてる……!?」
丈が目を見開く。
「コアが……“再起動”してる! 俺たちの“意志”で!」
舞香の声も上ずる。
そして——閃光。
世界が、一度、真っ白に染まった。
目を開けた時、彼らは再び、地上の陽光の下に立っていた。
崩落したはずの旧配電所の屋根は、元のまま。周囲の時間も、まるで一瞬たりとも動いていなかったかのように——平穏だった。
「……戻ってきた、の?」
みゆきが辺りを見回す。
「いや……違う。世界が“巻き戻った”んだ」
拓巳が空を見上げながら言う。
「多分、あの共鳴で、コアそのものが時間的特異点として働いたんだろうな。“異能”と“記憶”と“意志”を繋ぐ、一度きりの奇跡だ」
結香は目を細めて呟く。
「でも……私たちは、もう知らなかったことを“知ってる”。変わってしまった以上、戻れないよね」
その言葉に、皆が無言で頷いた。
凌空は、横にいる希帆を見た。
彼女は静かに、一歩前へ出た。
「これから、どうする?」
「まずは、ラルヴァを出る準備をする。今までの枠の中じゃ、見えないものが多すぎる」
「……うん。私たちは、もう……ただの“適合者”じゃない」
「俺たちは、“選択できる者”になった」
そう、異能は力じゃない。
それは、誰かを守るための意志であり——誰かの手を握り返すための勇気だ。
そして、彼らは新たな扉へと歩き出す。
ラルヴァの外へ。
まだ見ぬ世界の“真実”へ。
——彼らの旅は、始まったばかりだ。