表示設定
表示設定
目次 目次




小学校の神隠し⑤

ー/ー



 隣の家に住む女性にお礼を言って、車に戻ってから僕は彼女に思い付きの内容を話しました。

「いけにえの儀式をR君がやったとしたら、どうなるんですか?」

伊沢さん
「R君って、最初の被害者の? いや、彼は死んでるし」

「ですから、R君が自分をいけにえにして呪術を行ったんじゃないかと、僕は思っているんです。それは可能なんですか?」

 罰、という言葉を聞いて僕は、罰を受けたのはどちらかといえば両親ではないか、と思ったのです。なにしろ、事故で入院しているわけですから。しかも家の中という、珍しい場所で。

 そこで僕は、R君が両親を呪ったのではないか、という可能性に思い至ったのです。

 伊沢さんは口に手を当てて、ぶつぶつ言いながら考えごとを始めました。やがて、彼女は顔をあげました。

伊沢さん
「子どもをいけにえにする呪術には、二種類ある。一つは、子供の魂や肉体を呪いに変える方法。こっちだと、R君自身がいけにえになった場合、彼の意志が消えるか、彼が呪いになりきれないかのどっちかになって、失敗する。

 もう一つのほうは、神様に子供の魂を捧げる代わりに願いを叶えてもらうっていう方法。この場合の神様っていうのは、そこらへんの神社にいる神様よりも、どちらかといえば土着の神とか、自然の神に近い。普通の人間の常識は当てはまらないし、そういう残酷なやり方も環境しだいでは受け入れる。

 その場合だったら、術者の意思が残るから、成立する。術者でありながら、呪いの一部にもなる。でもそれがありうるからといってR君が術者だってことにはならない。そもそも、子供をさらう動機がない」

「神様のほうにはあります。もともと子供のいけにえを要求するくらいだったんですから、今でも子供の魂を欲しがっているはずです。R君が術者として神様を誘導して、学校の子供たちを、新たないけにえとして神様に捧げてる可能性はあるんじゃないでしょうか?」

伊沢さん
「あまり考えたくはない話だけど、ありえなくはない。でも、どこで呪術の知識を身に着けるの? だって、子供が呪術のやりかたなんて知るわけがないし」

「一つだけ可能性があるとすれば、彼に伊沢さんみたいに霊感があったとすれば、知ることはできるんじゃないかと。

 誘拐事件が始まったのは、今から二週間くらい前ですけど、その日からさらに二週間前には、お正月の三が日があったはずです。三が日に田舎にある親の地元とかに帰省した時に、山とかで神様と出会ったんじゃないでしょうか。

 そこで伊沢さんがやるように、R君が神様と話すことができたとしたら、呪術のやりかたとかも全部神様から聞くことができたはずです」

伊沢さん
「でも、それが起こる確率はかなり低いと思うけど。神様が見えて会話もできる人っていうのがそもそも少ないし、三が日に帰省しない人もいる。なにより、普通の子供に、自分の命を犠牲にしてまで儀式をやる度胸があるとは思えない」

「や、やっぱだめですかね」

伊沢さん
「それが偶然起こったとは、ちょっと信じられない。でも、そういう要素がたまたまそろったからこそ今回のことが起きたっていう可能性もある。確率が低いからっていって調べないで、実はそれが本当でしたっていうのもまずいし、一応、確かめるだけ確かめるべきだとは思う」

 伊沢さんは車のドアを開けて、外に出ました。

「どこへ行くんですか?」

伊沢さん
「君の言う、田舎にある故郷へだよ。R君の家の車にまだ念が残ってるかもしれない。もし本当にそういうことがあったのだとすれば、残ってる念から場所がわかるかも」

 再びR君の家に戻って、家に停めてある彼の親の車のあるところへ行きました。そこで彼女は車に触って、霊視を始めました。

 少しして、彼女は車から手を離しました。

伊沢さん
「三が日に、この車で山のふもとにある田舎に行ってる」

「まじですか」

伊沢さん
「ちょっと遠いけど、一日で行って帰ってこられるくらいの距離っぽい。案内するから、ちょっと行ってみて」

 僕は伊沢さんの案内に従って、その田舎へ向かって車を走らせていきました。

 そこは、R君が住んでいる地域と同じ県内にある場所で、車で二時間ほどかかるところにありました。ぽつぽつとスーパーやコンビニがあって、わずかに地元の商店街や団地があって、自然に満ち溢れた田舎でした。

 しかし、それですらまだ栄えていたほうだったようです。伊沢さんの案内でさらに奥へ行くと、お店すらなくなって、わずかばかりの民家と木ばかりになりました。

 そしてとうとう、山のふもとに着きました。

伊沢さん
「アタリだよ」

「え?」

伊沢さん
「いるよ、この山の中に私の邪魔をしてきた神様が。邪魔してきたときの波動と、山の中から感じる波動が一緒だから、間違いない」

「突然来たから、登山グッズとかもないし、あと熊とか出たら危ないですけど、まさか登るつもりですか?」

伊沢さん
「そんなに登ることにはならないと思う。とりあえず、登る前に神様にあいさつをする。ここで待ってて」

 伊沢さんは、車から降りて登山道の入口の前に立つと、手を合わせました。そこでしばらくのあいだ、そのままの姿勢で立っていました。五分ほど経ってから、彼女はその姿勢を解きました。

伊沢さん
「敵意がないことを伝えて、話す許可を得た。これで山に入れる」

 伊沢さんのあとに続いて、僕は登山道を登っていきました。

伊沢さん
「すぐそこにいるから。神様の前に出たら、その場でひざまずいて、手を合わせて頭を下げたまま、いいって言うまで頭をあげないで。私に何が起きても、その姿勢を崩さないで」

「わかりました」

 登山道を登り始めてから少しして、子供の笑い声が聞こえてきました。しかも一人ではなく、何人もの子供の声がします。

 さらに登っていくと、声が大きくなっていって、かつ増えたように感じました。しかし、こんな山の中にこんなに大勢の子供がいるはずがありませんでした。

 どこかにさらわれた子供たちがいるのか、と思いましたが、子供の姿など見えません。しかし声は、すぐ前のほうから間違いなく聞こえるのです。

 何もいないはずのところにある草木が、不自然なほど大きく揺れていました。さらに、木の枝がぱきんっと音をたてて折れました。見えない何かが、そこにいたのです。

伊沢さん
「ひざまずいて! 手を合わせて、頭を下げて。いいって言うまで絶対に頭をあげないで」

「はい!」

 僕は素早くその場にひざまずいて、手を合わせて頭を下げ、念のため目もつぶりました。

伊沢さん
「R君、いる? 大丈夫だよ。事情はもう全部、聞いてるから。つらかったね。おいで、ちょっとお姉さんとお話ししよう」

 返事は聞こえませんでした。そればかりか、彼女が声を発したとたん、先ほどまで聞こえていたはずの子供の声がしなくなりました。

 何が起きているのかわからないまま、僕はじっとしていました。そこから、無音の時間が続きました。

 それはなかなか終わりませんでした。あまりにも長く同じ姿勢でいたせいで、足や背中が痛くなってきました。

 そしてそれは、唐突に起こりました。ふいに、急に悲しくなってきて、泣きたくなりました。それでこらえきれなくなってつい、涙を流してしまいました。

 それとほぼ同時に、頭の中に映像が流れ込んできました。頭の中で映画の内容を思い起こしている時みたいなかんじなのですが、その映像は僕の記憶に全くないものなのです。実に不思議な感覚でした。

 のちに知ることになるのですが、それはR君の記憶でした。自分の気持ちを僕にも知ってほしいと思った彼が、僕にそれを見せてくれたのだと、伊沢さんが教えてくれました。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 小学校の神隠し⑥


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 隣の家に住む女性にお礼を言って、車に戻ってから僕は彼女に思い付きの内容を話しました。
「いけにえの儀式をR君がやったとしたら、どうなるんですか?」
伊沢さん
「R君って、最初の被害者の? いや、彼は死んでるし」
「ですから、R君が自分をいけにえにして呪術を行ったんじゃないかと、僕は思っているんです。それは可能なんですか?」
 罰、という言葉を聞いて僕は、罰を受けたのはどちらかといえば両親ではないか、と思ったのです。なにしろ、事故で入院しているわけですから。しかも家の中という、珍しい場所で。
 そこで僕は、R君が両親を呪ったのではないか、という可能性に思い至ったのです。
 伊沢さんは口に手を当てて、ぶつぶつ言いながら考えごとを始めました。やがて、彼女は顔をあげました。
伊沢さん
「子どもをいけにえにする呪術には、二種類ある。一つは、子供の魂や肉体を呪いに変える方法。こっちだと、R君自身がいけにえになった場合、彼の意志が消えるか、彼が呪いになりきれないかのどっちかになって、失敗する。
 もう一つのほうは、神様に子供の魂を捧げる代わりに願いを叶えてもらうっていう方法。この場合の神様っていうのは、そこらへんの神社にいる神様よりも、どちらかといえば土着の神とか、自然の神に近い。普通の人間の常識は当てはまらないし、そういう残酷なやり方も環境しだいでは受け入れる。
 その場合だったら、術者の意思が残るから、成立する。術者でありながら、呪いの一部にもなる。でもそれがありうるからといってR君が術者だってことにはならない。そもそも、子供をさらう動機がない」
「神様のほうにはあります。もともと子供のいけにえを要求するくらいだったんですから、今でも子供の魂を欲しがっているはずです。R君が術者として神様を誘導して、学校の子供たちを、新たないけにえとして神様に捧げてる可能性はあるんじゃないでしょうか?」
伊沢さん
「あまり考えたくはない話だけど、ありえなくはない。でも、どこで呪術の知識を身に着けるの? だって、子供が呪術のやりかたなんて知るわけがないし」
「一つだけ可能性があるとすれば、彼に伊沢さんみたいに霊感があったとすれば、知ることはできるんじゃないかと。
 誘拐事件が始まったのは、今から二週間くらい前ですけど、その日からさらに二週間前には、お正月の三が日があったはずです。三が日に田舎にある親の地元とかに帰省した時に、山とかで神様と出会ったんじゃないでしょうか。
 そこで伊沢さんがやるように、R君が神様と話すことができたとしたら、呪術のやりかたとかも全部神様から聞くことができたはずです」
伊沢さん
「でも、それが起こる確率はかなり低いと思うけど。神様が見えて会話もできる人っていうのがそもそも少ないし、三が日に帰省しない人もいる。なにより、普通の子供に、自分の命を犠牲にしてまで儀式をやる度胸があるとは思えない」
「や、やっぱだめですかね」
伊沢さん
「それが偶然起こったとは、ちょっと信じられない。でも、そういう要素がたまたまそろったからこそ今回のことが起きたっていう可能性もある。確率が低いからっていって調べないで、実はそれが本当でしたっていうのもまずいし、一応、確かめるだけ確かめるべきだとは思う」
 伊沢さんは車のドアを開けて、外に出ました。
「どこへ行くんですか?」
伊沢さん
「君の言う、田舎にある故郷へだよ。R君の家の車にまだ念が残ってるかもしれない。もし本当にそういうことがあったのだとすれば、残ってる念から場所がわかるかも」
 再びR君の家に戻って、家に停めてある彼の親の車のあるところへ行きました。そこで彼女は車に触って、霊視を始めました。
 少しして、彼女は車から手を離しました。
伊沢さん
「三が日に、この車で山のふもとにある田舎に行ってる」
「まじですか」
伊沢さん
「ちょっと遠いけど、一日で行って帰ってこられるくらいの距離っぽい。案内するから、ちょっと行ってみて」
 僕は伊沢さんの案内に従って、その田舎へ向かって車を走らせていきました。
 そこは、R君が住んでいる地域と同じ県内にある場所で、車で二時間ほどかかるところにありました。ぽつぽつとスーパーやコンビニがあって、わずかに地元の商店街や団地があって、自然に満ち溢れた田舎でした。
 しかし、それですらまだ栄えていたほうだったようです。伊沢さんの案内でさらに奥へ行くと、お店すらなくなって、わずかばかりの民家と木ばかりになりました。
 そしてとうとう、山のふもとに着きました。
伊沢さん
「アタリだよ」
「え?」
伊沢さん
「いるよ、この山の中に私の邪魔をしてきた神様が。邪魔してきたときの波動と、山の中から感じる波動が一緒だから、間違いない」
「突然来たから、登山グッズとかもないし、あと熊とか出たら危ないですけど、まさか登るつもりですか?」
伊沢さん
「そんなに登ることにはならないと思う。とりあえず、登る前に神様にあいさつをする。ここで待ってて」
 伊沢さんは、車から降りて登山道の入口の前に立つと、手を合わせました。そこでしばらくのあいだ、そのままの姿勢で立っていました。五分ほど経ってから、彼女はその姿勢を解きました。
伊沢さん
「敵意がないことを伝えて、話す許可を得た。これで山に入れる」
 伊沢さんのあとに続いて、僕は登山道を登っていきました。
伊沢さん
「すぐそこにいるから。神様の前に出たら、その場でひざまずいて、手を合わせて頭を下げたまま、いいって言うまで頭をあげないで。私に何が起きても、その姿勢を崩さないで」
「わかりました」
 登山道を登り始めてから少しして、子供の笑い声が聞こえてきました。しかも一人ではなく、何人もの子供の声がします。
 さらに登っていくと、声が大きくなっていって、かつ増えたように感じました。しかし、こんな山の中にこんなに大勢の子供がいるはずがありませんでした。
 どこかにさらわれた子供たちがいるのか、と思いましたが、子供の姿など見えません。しかし声は、すぐ前のほうから間違いなく聞こえるのです。
 何もいないはずのところにある草木が、不自然なほど大きく揺れていました。さらに、木の枝がぱきんっと音をたてて折れました。見えない何かが、そこにいたのです。
伊沢さん
「ひざまずいて! 手を合わせて、頭を下げて。いいって言うまで絶対に頭をあげないで」
「はい!」
 僕は素早くその場にひざまずいて、手を合わせて頭を下げ、念のため目もつぶりました。
伊沢さん
「R君、いる? 大丈夫だよ。事情はもう全部、聞いてるから。つらかったね。おいで、ちょっとお姉さんとお話ししよう」
 返事は聞こえませんでした。そればかりか、彼女が声を発したとたん、先ほどまで聞こえていたはずの子供の声がしなくなりました。
 何が起きているのかわからないまま、僕はじっとしていました。そこから、無音の時間が続きました。
 それはなかなか終わりませんでした。あまりにも長く同じ姿勢でいたせいで、足や背中が痛くなってきました。
 そしてそれは、唐突に起こりました。ふいに、急に悲しくなってきて、泣きたくなりました。それでこらえきれなくなってつい、涙を流してしまいました。
 それとほぼ同時に、頭の中に映像が流れ込んできました。頭の中で映画の内容を思い起こしている時みたいなかんじなのですが、その映像は僕の記憶に全くないものなのです。実に不思議な感覚でした。
 のちに知ることになるのですが、それはR君の記憶でした。自分の気持ちを僕にも知ってほしいと思った彼が、僕にそれを見せてくれたのだと、伊沢さんが教えてくれました。