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トンネルの女③

ー/ー



「とりあえずまずは、生きているお二人と連絡をとりましょうか。それから」

伊沢さん
「連絡を取る必要はない。もう生きているのは、Hさんだけだから」

「え?」

Hさん
「そ、それほんとですか?」

伊沢さん
「昨日の夜の時点で、二人はもう死んでます。Tさんは家の中で、Fさんは外で車に轢かれて死んだようです」

Hさん
「なんでそんなことわかるんですか?」

「伊沢は人の話を聞いたりすることによって、霊視をします。先ほどのあなたの話を聞いて、先ほど言ったようなことを霊視したんですよ」

伊沢さん
「Hさん。なんでみんなが、霊が自分のほうを見てると思ったかなんですけど、それはその悪霊がそういう風に見せていたからです」

Hさん
「悪霊? え、やっぱ悪霊なんですかあれ? てか、なんでそんなことを?」

伊沢さん
「その人のほうを見るっていうのは、狙っているっていうことの意思表示なんです。その場にいる全員が彼女と目が合っていると感じた、ということは全員狙われていたってことなんです。そして三人が死んだ今、次はあなたの番なんですよ」

Hさん
「え、え?」

伊沢さん
「なんでこんなことを言ったのかといえば、それはもうそこにいるからです、悪霊が」

 伊沢さんは言って、Hさんの後ろを指さしました。

 Hさんの口から、ヒュッというようなか細い音が出ました。

伊沢さん
「大丈夫です、今ここで消しますから。二人とも私の後ろへ来てください。ゆっくりで構いません」

 僕は腰の抜けたHさんに手を貸して立たせてあげると、二人で伊沢さんの後ろへ避難しました。

 僕らが移動し終えると、伊沢さんは手を合わせました。それから右手に何かを載せているかのようなしぐさをしました。その右手を口元まで持っていくと、ふうっと息をふきかけました。

 その直後、伊沢さんが前へ移動しながら、「逃げるな!」と大きな声で怒鳴りました。

 そして彼女は、壁のそばで右手を大きく横に振り払いました。そのあと彼女は、後ろを振り向いて、言いました。

伊沢さん
「悪霊は消したので、もう襲われることはありません。安心してください」

Hさん
「ほんとですか、いや、ありがとうございました。あ、料金とかはどうしたらいいですか? なんか依頼内容によって変動ありみたいなこと書いてあって、どれくらいお支払いすればいいかはわからなかったんですけど。いくらになるんですか?」

伊沢さん
「料金の話の前に、Hさん、昨日私があなたにお願いしたことを覚えていますか?」

Hさん
「あ、えっと。部屋から出ないことと、二人にもそう伝えること、ですよね? それが何か?」

伊沢さん
「なんで伝えなかったんですか?」

Hさん
「いや、電話に出なかったんですよ。もう一人は伝えたけど、酔っぱらってて話にならなくて。履歴だってちゃんとスマホに残ってますから。見ますか?」

伊沢さん
「確かにあなたはFさんと電話で話しました。でもつながったときに、家に帰れって言いませんでしたよね。むしろ、今日は家に帰るなと言いましたね」

 Hさんは顔面蒼白になっていました。なんで知ってるんだ、とでもいうように口をぽかんと開けて、目を大きく見開いていました。

伊沢さん
「なぜそんなことをしたんですか?」

Hさん
「俺はちゃんと言いました」

伊沢さん
「Hさん」

 Hさんは少しのあいだ、彼女から目をそらして、黙り込んでしまいました。それから下を向いた状態のまま、話し始めました。

Hさん
「だ、だだだって、あいつらがバカにするから。それに、本当に死ぬなんて思わなかったから。俺は! 肝試しに行こうとするあいつらを止めようとしたんですよ。そしたら俺のことビビリとか腰抜けとか言い出して、しまいにはこいつ置いて行こうぜなんて言い出して。こんなことになったのもぜんぶ、あのバカどものせいなんですよ、俺はなんも悪くないのに!」

 Hさんは床をこぶしで殴りました。

Hさん
「人のこと散々バカにしくさって。バカはあいつらですよ、俺じゃない。俺はこうやって伊沢さんを呼んだおかげで助かってる。でもあいつらは? あいつら、のんきに外ほっつき歩いて悪霊に襲われて死んじゃってるじゃないですか。まじでバカ。バカバカバカ、バアアアアアアアアアアアカッ!」

 そう叫んだあとで、Hさんは息を荒げていました。

伊沢さん
「Hさん。悪霊がなぜ人を殺すかわかりますか?」

Hさん
「知らないっすよ、霊のことなんて」

伊沢さん
「魂を食べるためです。食べられた魂は消滅します。ただ死ぬのとは全然わけが違うんです。肉体が死んでも魂は成仏できますが、食べられた魂はあの世にすらいけないんです。当然、魂を消滅させた罪は重いです。そしてあなたは、彼ら二人を助けなかったことによってその罪に加担してしまったんです」

Hさん
「そんなの言われても。だって知らなかったし」

伊沢さん
「知らなかったからといって、あの世の審判で許されることなんてないと思います。あと、料金はいりません。あなたは大学生ですし、生活も苦しいでしょうから、今回はサービスしておきます。それでは、失礼します」

 伊沢さんは頭を下げると、部屋を出てしまいました。僕もそのあとについていきました。僕らが出て行くまでのあいだ、Hさんは一言もしゃべりませんでした。

 あとで、僕は車の中で彼女に尋ねました。

「あのNさんの、ナオコさんがどうのっていうのは、結局あれはなんだったんですか?」

伊沢さん
「それは悪霊のしわざ。トンネルの入り口前で停車したタイミングで、彼は悪霊に取り憑かれた。そこからは完全に悪霊の支配下にあって、Nさんは自分の意志で動いてるつもりだったけど、実際は悪霊に幻覚を見せられて操られている状態だった。自殺した時もまったく同じで、自殺しようと思ってしたわけじゃなく、まったく別の幻覚を見せられてそうさせられていた」

 僕はその話を聞いて、ぞっとしました。それと同時に、他の二人も同じように殺されたのだろうか、とも思ったりしましたがそれは聞きませんでした。聞いても気分が悪くなるだけだ、ということはわかっていましたから。

 それから、もう一つ気になっていたことを尋ねました。

「料金、とらなくてよかったんですか?」

伊沢さん
「言ったってどうせ払わないでしょ。お前は地獄に落ちる、みたいなこと言われたあとで料金なんか払う気になるわけないし」

「別に、言わなきゃよかったんじゃないですか?」

伊沢さん
「言わなきゃまた同じこと繰り返すかもしれないでしょ。自分が何をしたのか本当のことを知らないまま、何度も同じようなことを繰り返すのをほうっておけないでしょ」

「伊沢さん、優しすぎますって」

伊沢さん
「そんなことない。私は優しくなんかない」

 彼女がそんなことを言うので僕は、彼女がなぜ優しいといえるのかについてえんえんと説明してみせました。そしたら彼女は仏頂面でそっぽを向いて、何も言わなくなってしまいました。


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「とりあえずまずは、生きているお二人と連絡をとりましょうか。それから」
伊沢さん
「連絡を取る必要はない。もう生きているのは、Hさんだけだから」
「え?」
Hさん
「そ、それほんとですか?」
伊沢さん
「昨日の夜の時点で、二人はもう死んでます。Tさんは家の中で、Fさんは外で車に轢かれて死んだようです」
Hさん
「なんでそんなことわかるんですか?」
「伊沢は人の話を聞いたりすることによって、霊視をします。先ほどのあなたの話を聞いて、先ほど言ったようなことを霊視したんですよ」
伊沢さん
「Hさん。なんでみんなが、霊が自分のほうを見てると思ったかなんですけど、それはその悪霊がそういう風に見せていたからです」
Hさん
「悪霊? え、やっぱ悪霊なんですかあれ? てか、なんでそんなことを?」
伊沢さん
「その人のほうを見るっていうのは、狙っているっていうことの意思表示なんです。その場にいる全員が彼女と目が合っていると感じた、ということは全員狙われていたってことなんです。そして三人が死んだ今、次はあなたの番なんですよ」
Hさん
「え、え?」
伊沢さん
「なんでこんなことを言ったのかといえば、それはもうそこにいるからです、悪霊が」
 伊沢さんは言って、Hさんの後ろを指さしました。
 Hさんの口から、ヒュッというようなか細い音が出ました。
伊沢さん
「大丈夫です、今ここで消しますから。二人とも私の後ろへ来てください。ゆっくりで構いません」
 僕は腰の抜けたHさんに手を貸して立たせてあげると、二人で伊沢さんの後ろへ避難しました。
 僕らが移動し終えると、伊沢さんは手を合わせました。それから右手に何かを載せているかのようなしぐさをしました。その右手を口元まで持っていくと、ふうっと息をふきかけました。
 その直後、伊沢さんが前へ移動しながら、「逃げるな!」と大きな声で怒鳴りました。
 そして彼女は、壁のそばで右手を大きく横に振り払いました。そのあと彼女は、後ろを振り向いて、言いました。
伊沢さん
「悪霊は消したので、もう襲われることはありません。安心してください」
Hさん
「ほんとですか、いや、ありがとうございました。あ、料金とかはどうしたらいいですか? なんか依頼内容によって変動ありみたいなこと書いてあって、どれくらいお支払いすればいいかはわからなかったんですけど。いくらになるんですか?」
伊沢さん
「料金の話の前に、Hさん、昨日私があなたにお願いしたことを覚えていますか?」
Hさん
「あ、えっと。部屋から出ないことと、二人にもそう伝えること、ですよね? それが何か?」
伊沢さん
「なんで伝えなかったんですか?」
Hさん
「いや、電話に出なかったんですよ。もう一人は伝えたけど、酔っぱらってて話にならなくて。履歴だってちゃんとスマホに残ってますから。見ますか?」
伊沢さん
「確かにあなたはFさんと電話で話しました。でもつながったときに、家に帰れって言いませんでしたよね。むしろ、今日は家に帰るなと言いましたね」
 Hさんは顔面蒼白になっていました。なんで知ってるんだ、とでもいうように口をぽかんと開けて、目を大きく見開いていました。
伊沢さん
「なぜそんなことをしたんですか?」
Hさん
「俺はちゃんと言いました」
伊沢さん
「Hさん」
 Hさんは少しのあいだ、彼女から目をそらして、黙り込んでしまいました。それから下を向いた状態のまま、話し始めました。
Hさん
「だ、だだだって、あいつらがバカにするから。それに、本当に死ぬなんて思わなかったから。俺は! 肝試しに行こうとするあいつらを止めようとしたんですよ。そしたら俺のことビビリとか腰抜けとか言い出して、しまいにはこいつ置いて行こうぜなんて言い出して。こんなことになったのもぜんぶ、あのバカどものせいなんですよ、俺はなんも悪くないのに!」
 Hさんは床をこぶしで殴りました。
Hさん
「人のこと散々バカにしくさって。バカはあいつらですよ、俺じゃない。俺はこうやって伊沢さんを呼んだおかげで助かってる。でもあいつらは? あいつら、のんきに外ほっつき歩いて悪霊に襲われて死んじゃってるじゃないですか。まじでバカ。バカバカバカ、バアアアアアアアアアアアカッ!」
 そう叫んだあとで、Hさんは息を荒げていました。
伊沢さん
「Hさん。悪霊がなぜ人を殺すかわかりますか?」
Hさん
「知らないっすよ、霊のことなんて」
伊沢さん
「魂を食べるためです。食べられた魂は消滅します。ただ死ぬのとは全然わけが違うんです。肉体が死んでも魂は成仏できますが、食べられた魂はあの世にすらいけないんです。当然、魂を消滅させた罪は重いです。そしてあなたは、彼ら二人を助けなかったことによってその罪に加担してしまったんです」
Hさん
「そんなの言われても。だって知らなかったし」
伊沢さん
「知らなかったからといって、あの世の審判で許されることなんてないと思います。あと、料金はいりません。あなたは大学生ですし、生活も苦しいでしょうから、今回はサービスしておきます。それでは、失礼します」
 伊沢さんは頭を下げると、部屋を出てしまいました。僕もそのあとについていきました。僕らが出て行くまでのあいだ、Hさんは一言もしゃべりませんでした。
 あとで、僕は車の中で彼女に尋ねました。
「あのNさんの、ナオコさんがどうのっていうのは、結局あれはなんだったんですか?」
伊沢さん
「それは悪霊のしわざ。トンネルの入り口前で停車したタイミングで、彼は悪霊に取り憑かれた。そこからは完全に悪霊の支配下にあって、Nさんは自分の意志で動いてるつもりだったけど、実際は悪霊に幻覚を見せられて操られている状態だった。自殺した時もまったく同じで、自殺しようと思ってしたわけじゃなく、まったく別の幻覚を見せられてそうさせられていた」
 僕はその話を聞いて、ぞっとしました。それと同時に、他の二人も同じように殺されたのだろうか、とも思ったりしましたがそれは聞きませんでした。聞いても気分が悪くなるだけだ、ということはわかっていましたから。
 それから、もう一つ気になっていたことを尋ねました。
「料金、とらなくてよかったんですか?」
伊沢さん
「言ったってどうせ払わないでしょ。お前は地獄に落ちる、みたいなこと言われたあとで料金なんか払う気になるわけないし」
「別に、言わなきゃよかったんじゃないですか?」
伊沢さん
「言わなきゃまた同じこと繰り返すかもしれないでしょ。自分が何をしたのか本当のことを知らないまま、何度も同じようなことを繰り返すのをほうっておけないでしょ」
「伊沢さん、優しすぎますって」
伊沢さん
「そんなことない。私は優しくなんかない」
 彼女がそんなことを言うので僕は、彼女がなぜ優しいといえるのかについてえんえんと説明してみせました。そしたら彼女は仏頂面でそっぽを向いて、何も言わなくなってしまいました。