黒松
ー/ー 縁側の向こうに、お庭が見えます。苔むした大きな岩がありました。静かな夜でした。私はお庭をちらと見て、それから貴方に向かって言いました。
「もう死にます」
身体の具合はいつもより悪くありませんでした。それでも、私は死ぬだろうと、確信していました。貴方は驚きもせず、ただ私の顔を覗き込み、もう死ぬのかね、と訊ねました。私はゆっくりと瞬きをしました。瞼を開くと、貴方の顔が滲んで見えます。ああ、なんて顔。
「死んだら、あのお庭に埋めてください。真珠貝で土を掘って、星の破片を墓標として添えてください。それから……」
そして、私は続けて貴方に言いました。この震え声を聞かれるのは何だか恥ずかしく思われました。
「百年、待っていてください。私の側で。きっと、逢いに向かいますから、どうか……」
私の、最後の我儘です。貴方は静かに頷きました。これでさよならなんて、なんて名残惜しいのでしょう。
気がつくと真っ暗な土の中でした。身体はもう残っていません。心だけが、種となってぎゅっと丸まっています。時折、雨水が染み込んできました。私はそれを浴びて、少しずつ、少しずつ貴方への想いを大きくするのです。
私はぐっと背伸びをしてみました。土を掻き分け、夜明け前の空を見ました。あの頃と変わらない空でした。星はひとつだけ。
苔むした岩の上に、黒松が見えました。誰なのか、その顔を見ずとも分かります。私は貴方のお側に寄っていきました。貴方は佇んでいました。
呆気に取られたようなお顔で、お屋敷を見た貴方。今は、私だけを見て。爪先立ちをして、貴方の胸を突いてやりました。やっと、こちらを見てくれた。
私は咲いました。
「百年ぶりですね」
重たい露をこの身に受けて、少しよろめいてしまいました。けれども、この重みが、とても心地よいものに感じられたのです。それから、貴方は私に口づけをしてくださいました。まあ、なんて顔。
この世で変わらないものは、この空だけではありません。
「もう死にます」
身体の具合はいつもより悪くありませんでした。それでも、私は死ぬだろうと、確信していました。貴方は驚きもせず、ただ私の顔を覗き込み、もう死ぬのかね、と訊ねました。私はゆっくりと瞬きをしました。瞼を開くと、貴方の顔が滲んで見えます。ああ、なんて顔。
「死んだら、あのお庭に埋めてください。真珠貝で土を掘って、星の破片を墓標として添えてください。それから……」
そして、私は続けて貴方に言いました。この震え声を聞かれるのは何だか恥ずかしく思われました。
「百年、待っていてください。私の側で。きっと、逢いに向かいますから、どうか……」
私の、最後の我儘です。貴方は静かに頷きました。これでさよならなんて、なんて名残惜しいのでしょう。
気がつくと真っ暗な土の中でした。身体はもう残っていません。心だけが、種となってぎゅっと丸まっています。時折、雨水が染み込んできました。私はそれを浴びて、少しずつ、少しずつ貴方への想いを大きくするのです。
私はぐっと背伸びをしてみました。土を掻き分け、夜明け前の空を見ました。あの頃と変わらない空でした。星はひとつだけ。
苔むした岩の上に、黒松が見えました。誰なのか、その顔を見ずとも分かります。私は貴方のお側に寄っていきました。貴方は佇んでいました。
呆気に取られたようなお顔で、お屋敷を見た貴方。今は、私だけを見て。爪先立ちをして、貴方の胸を突いてやりました。やっと、こちらを見てくれた。
私は咲いました。
「百年ぶりですね」
重たい露をこの身に受けて、少しよろめいてしまいました。けれども、この重みが、とても心地よいものに感じられたのです。それから、貴方は私に口づけをしてくださいました。まあ、なんて顔。
この世で変わらないものは、この空だけではありません。
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