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 大阿久と一緒にパチンコ店を出ると、そのままいつものように近くのラーメン屋に入った。いつもと同じメニューを頼む。今日もおごりはなし。つまりふたりとも負け。ギャンブルなんてたいていは負ける。最後に大勝ちしたのなんていつのことだろう。負けつづけている人間が自分だけじゃないという事実が俺にささやかな安心を与える。
「次は金曜あたりどうだ? 俺、今週はバイトないから朝から行けるぜ」
 今日はなんだか妙に気分が良くて、珍しく自分から大阿久を誘っていた。大阿久はしかし、伸びすぎたもじゃもじゃ頭を数回手で掻くと生意気にもこう答えた。
「あー、わりぃ。その日俺、だめだわ」
「は? なんでだよ。おまえいまバイトしてないんだろ? まさか、だれかとデートか?」
 そんなことあるわけない。それがわかりきっているからそんな軽口がたたける。しかし大阿久は特に笑うこともなく、なにやら真剣な、どこか気まずそうな顔をしてこう言った。
「俺、木曜から海外行くんだ」
「海外? ……へえ。どこ行くんだ?」
「どこ、っていうか……まあ、いろいろ?」
「は? なんだよそれ。どっか旅行行くんだろ? てかおまえ、そんな金よくあったな」
「いやまあ、旅行っていうのかな……うん、まあ、そうだな、旅行か」
「なんだよはっきりしないな。旅行じゃなきゃなんなんだよ。まさか、借金で首が回らなくなって、国外逃亡でもするのか?」
 ははは、と大阿久はようやく少し笑った。だがその笑いはどこか無理して笑っているようにも聞こえた。短い沈黙が訪れた。大阿久はなにかを決意したように口を開き、言った。
「世界一周の船旅ってやつ、あるだろ? あれに行くんだわ、俺」
 大阿久の話をまとめると以下のようになる。世界一周には高校のときに興味をもち、いつか行ってみたいと思いバイトを始めた。高校を卒業してからはパチンコをするようになったが、毎月使う金額を決めていたし、ほかに趣味もないので金は少しずつ貯まった。そして今年に入り、ようやく目標の額に達したので、さるNGOが主催する世界一周クルージングに参加することを決めた。――と、いうことらしい。
「おまえ、英語話せんの?」
「いや、ぜんぜん」
 特に恥じる様子もなく大阿久は言った。そして四つ目の餃子に箸を伸ばす。より負けたほうが食う、敗者の餃子。それを大阿久は旨そうに頬張る。
「その話、もっと早く言えよ」
 そう言うと大阿久は少し笑いながら、「おまえには言えねえよ」と俺の目は見ずに言った。
 大阿久とはラーメン屋を出たところで別れた。その後すぐに帰る気にはなれず、近くのブックオフで小説の文庫本数冊とTOEFLの参考書を一冊買った。
 TOEFLは一度も受けたことがない。いつか受験しようと思いつつ、試験の日がバイトと被ったとか大学のテスト勉強が忙しいとか、言い訳に言い訳を重ねつづけ今日に至っている。本当はただ怖いだけだ。現実を思い知るのが。
 必要なスコアを満たし、晴れて留学に出発する自分の姿を想像してみる。行き先はアイルランドだ。高校のころ、本で見て憧れたダブリンの美しい街並み。大学では同じ留学生や現地の学生の友だちをつくろう。そのなかには、今朝の英語の授業で会った歯の白い黒人くんみたいなやつもいるのかもしれない。
 現地での生活に慣れてきたころ、世界一周中のクルーズ船が街の港に到着する。俺は大阿久にダブリンの街を案内してやる。クライストチャーチ大聖堂やトリニティ・カレッジ図書館。キルメイナム刑務所なんかもいい。そして夜は俺おすすめの店に行き、ふたりで乾杯をする。ラーメン屋の安酒なんかとは違う、本場アイリッシュパブの最高に旨いビールで。
 停めていた自転車のもとに戻るが、帰る前にタバコが一本吸いたくなった。いつもの駐車場のすみで吸っていると、なぜだかふいに涙がこぼれてきた。なに泣いてんだ、俺。きも。
 右手に提げたビニール袋。中には小説と参考書が入っている。買ったはいいが、俺がこの参考書を開くことはあるんだろうか。いまから留学? これからそのための勉強? 大学は、就活はどうするっていうんだ。
 右手が重い。参考書のせいだ。左手に持ち替えようかと思ったが、やめた。よくわからない涙は流れつづける。いいかげんにしろ。とにかくもう、泣いてる場合じゃない。


(了)


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 大阿久と一緒にパチンコ店を出ると、そのままいつものように近くのラーメン屋に入った。いつもと同じメニューを頼む。今日もおごりはなし。つまりふたりとも負け。ギャンブルなんてたいていは負ける。最後に大勝ちしたのなんていつのことだろう。負けつづけている人間が自分だけじゃないという事実が俺にささやかな安心を与える。
「次は金曜あたりどうだ? 俺、今週はバイトないから朝から行けるぜ」
 今日はなんだか妙に気分が良くて、珍しく自分から大阿久を誘っていた。大阿久はしかし、伸びすぎたもじゃもじゃ頭を数回手で掻くと生意気にもこう答えた。
「あー、わりぃ。その日俺、だめだわ」
「は? なんでだよ。おまえいまバイトしてないんだろ? まさか、だれかとデートか?」
 そんなことあるわけない。それがわかりきっているからそんな軽口がたたける。しかし大阿久は特に笑うこともなく、なにやら真剣な、どこか気まずそうな顔をしてこう言った。
「俺、木曜から海外行くんだ」
「海外? ……へえ。どこ行くんだ?」
「どこ、っていうか……まあ、いろいろ?」
「は? なんだよそれ。どっか旅行行くんだろ? てかおまえ、そんな金よくあったな」
「いやまあ、旅行っていうのかな……うん、まあ、そうだな、旅行か」
「なんだよはっきりしないな。旅行じゃなきゃなんなんだよ。まさか、借金で首が回らなくなって、国外逃亡でもするのか?」
 ははは、と大阿久はようやく少し笑った。だがその笑いはどこか無理して笑っているようにも聞こえた。短い沈黙が訪れた。大阿久はなにかを決意したように口を開き、言った。
「世界一周の船旅ってやつ、あるだろ? あれに行くんだわ、俺」
 大阿久の話をまとめると以下のようになる。世界一周には高校のときに興味をもち、いつか行ってみたいと思いバイトを始めた。高校を卒業してからはパチンコをするようになったが、毎月使う金額を決めていたし、ほかに趣味もないので金は少しずつ貯まった。そして今年に入り、ようやく目標の額に達したので、さるNGOが主催する世界一周クルージングに参加することを決めた。――と、いうことらしい。
「おまえ、英語話せんの?」
「いや、ぜんぜん」
 特に恥じる様子もなく大阿久は言った。そして四つ目の餃子に箸を伸ばす。より負けたほうが食う、敗者の餃子。それを大阿久は旨そうに頬張る。
「その話、もっと早く言えよ」
 そう言うと大阿久は少し笑いながら、「おまえには言えねえよ」と俺の目は見ずに言った。
 大阿久とはラーメン屋を出たところで別れた。その後すぐに帰る気にはなれず、近くのブックオフで小説の文庫本数冊とTOEFLの参考書を一冊買った。
 TOEFLは一度も受けたことがない。いつか受験しようと思いつつ、試験の日がバイトと被ったとか大学のテスト勉強が忙しいとか、言い訳に言い訳を重ねつづけ今日に至っている。本当はただ怖いだけだ。現実を思い知るのが。
 必要なスコアを満たし、晴れて留学に出発する自分の姿を想像してみる。行き先はアイルランドだ。高校のころ、本で見て憧れたダブリンの美しい街並み。大学では同じ留学生や現地の学生の友だちをつくろう。そのなかには、今朝の英語の授業で会った歯の白い黒人くんみたいなやつもいるのかもしれない。
 現地での生活に慣れてきたころ、世界一周中のクルーズ船が街の港に到着する。俺は大阿久にダブリンの街を案内してやる。クライストチャーチ大聖堂やトリニティ・カレッジ図書館。キルメイナム刑務所なんかもいい。そして夜は俺おすすめの店に行き、ふたりで乾杯をする。ラーメン屋の安酒なんかとは違う、本場アイリッシュパブの最高に旨いビールで。
 停めていた自転車のもとに戻るが、帰る前にタバコが一本吸いたくなった。いつもの駐車場のすみで吸っていると、なぜだかふいに涙がこぼれてきた。なに泣いてんだ、俺。きも。
 右手に提げたビニール袋。中には小説と参考書が入っている。買ったはいいが、俺がこの参考書を開くことはあるんだろうか。いまから留学? これからそのための勉強? 大学は、就活はどうするっていうんだ。
 右手が重い。参考書のせいだ。左手に持ち替えようかと思ったが、やめた。よくわからない涙は流れつづける。いいかげんにしろ。とにかくもう、泣いてる場合じゃない。
(了)