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#32-monster children-

ー/ー



「アラクネ?」
 確かかなり古くからヨーロッパで栄えている種族だったはずなのだが、なぜこんなところに居るのだろうと考えるより先にすべきことに思い至り、来ているコートを投げつけた。 私の不意の行動に対応できず顔を覆うコートに藻掻く女に今度は進んで声をかけた。
「なんで裸なの!それ貸してあげるから早く着て!」
 一瞬動きが止まりもそもそと顔を出した茶色い瞳には困惑が浮かんでいる。
「なにゆえ人間の衣なぞ纏わねばならん。」「人前に出るなら服ぐらい着て当たり前じゃない!裸で外をうろつくとか有り得ないし。」「う、うむ、そうであったか。では暫しの間借りるとしよう。」
 言いながらどうやって着るのかすら知らないようようなので、手間どっている様子の彼女を補佐し腕を通させる。 最後に月白の長い髪をコートの内側から背に出してあげると素直に感謝の言葉を述べられた。
「すまぬな、人の世の決まりには疎いのだ。そして先の非礼を詫びよう。よもやこれほどまでに器の大きな者であったとは思いもせなんだ。これまでの苦労はなんだったのかと思ってしまうのう。全く最初から話しかけて居ればよかったと手前の観察眼の無さに呆れてしまうわ。」
 しかし我はアラクネではなく土蜘蛛じゃと言い自身のことはシロ様と呼べと紹介しれたので、こちらもそれに倣い互いの呼び方の交換が終わったので仲良く連れ立って駅に向かおうと歩を進めた。 確か須賀は京都を南下した土蜘蛛と言っていたが、こやぎと違いナイスバディな肉体を持ち嫌でも人の目を引くであろう彼女がどのようにして警察に捕まらずここまで来れたのか不思議でならない。 海外のアラクネの町であればいざ知らず、現代日本において人性生物が裸で歩くなどどれだけ体毛が濃くても許されないので見つかれば即通報だと思うのだが。
「という訳でわえはこうして大和まで出てきたという訳じゃ。」
 全然聞いていなかったがどうやらこんな田舎まで来た理由を話していたらしい。 機嫌よく話していたようで私が他事に気を取られ聞いていなかったことには気づいていなさそうだった。 ふと気が付くとここ一ヶ月ほど立ち寄っていなかったあの小さなお社の前を通りかかったので思いついたように立ち止まり、お賽銭を投げ入れてパンパンと手を打ち願い事をした。といっても特に何が欲しいと言うのもパッと浮かばないので何かいいことがありますようにという形のない願い事だ。
「おお危うく通り過ぎる所じゃったわ。ここじゃここじゃ、マメよ大儀じゃったな。」
 自分はここですることがあると言うシロと別れ、先に着いていた二人と駅前で落ち合い電車に乗る。 片道四十分の道のりを終え帰宅すると家の門は閉ざされ鍵が掛かっており誰も居ない事がわかり、冬華はともかくぱっと見中学生の少年をどう紹介しようかと若干悩んでいたのでしめたと迅速に鍵を開け二人を私の部屋へと案内する。 誰も帰って来ないうちに用を済ませぱっぱと帰らせればそれが一番いいのだ。家の中をさっと見回りこやぎすらいないのは、きっと弟について遊びにいったからであろう。
「ここがマメの部屋。思ってたより殺風景ね。」「余計なお世話だ。」「始めるぞ。昨夜の就寝時間と今朝の起床時間を教えろ。」
 口ぶりの割に何かに感動している風な友人をよそに何に必要なのか寝た時間を聞かれ答えると、少年は羽織の袖から砂時計を取り出し底面のダイヤルをいじくり勉強机の上に逆さにして置いた。 どんな遺物かを聞く前に部屋が真っ暗になり徐々に目が慣れてくるとベッドで横になって眠る私と、床には座布団を敷布団代わりにお腹に私のコートを掛け布団にして眠るこやぎが現れていた。 こやぎの胴体を友人の足が貫いていることから流石に触覚の再現まではしていないようだが、それでもすごい遺物であることには違いない。
「それは?」「これは≪戻り砂≫という。この遺物を中心に半径10メートル以内の空間に限られるが指定した期間を指定した時間に伸縮して再生する代物だ。」「なんだか私の過去が見える眼鏡と似てますね。」「未来と違い過去の怪異は物を作るのが好きでな。稀に人に願いに答えこういった道具を作るのだ。確か過去見の写真機なんかもあったと思うが、さて今は誰の手にあるのやら。」「これはコンパスみたいに塵塚君が関わった物じゃないんだね。最初に作って欲しいって言った人はやっぱ警察とか探偵とかそういう人だったのかな。」「そのような者とは程遠い。過去の怪異にこれを作らせた前の持ち主は、営業時間後の映画館で静かに映画を観たいとヤツに願ったらしい。」「もっと有意義な事に使えると思うのですが。作ってもらった人は中々こすい方だったのですね。」「普通に犯罪だしね。」
 遺物の無駄遣いだよねと笑っていると、高速で寝がえりと打ちながらすくすくと、という表現が正しいかは分からないが小さく縮んでいく私の姿が消え、たちまち部屋に蛍光灯の明かりが戻る。 結局私に近づく不審な怪異はいなかったので、これで調査は振出しに戻ったかに思ったのだが、少年は再度砂時計のダイヤルをいじり逆さにした。 再び暗くなった部屋に同じように表れた私に何かあるのかとよくよく見てみると今度はやたらと遅く時間が流れているようで、実際に行うと逆に疲れるであろうスピードで寝返りを打っている。
「そこではない、窓の外だ。」
 言われて少年の向いている窓の方に目を向けると、カーテンのわずかな隙間からベッドの上の私を望む二つの光点があった。 一瞬不審者かと思い女二人で短く変な声をあげてしまったが、勇気を振り絞りカーテンを開けようとするも手がすり抜けた。 これは過去の映像なので触れないは当たり前だとすぐに理解し、カーテンの奥にある実際の窓を手探りで開き幻影のカーテンと窓ガラスを突き破って覗いていた犯人を見てみると、それは先ほど坂の下で出会ったばかりの土蜘蛛のシロ様だった。
「貴女はどうしてそんな重要な事をここに来るまでに言わないのよ。」「だって、そんなに悪い人には見えなかったんだもん。可愛くて綺麗だったし。」「いいかしら、見た目の美しさと悪人でない事にはなんら関係性はないの。もしそうなら美人局なんて存在しないわ。」
 私達の他に誰も乗っていない電車のボックス席で問い詰めているからか、ボリュームを気にせず叱られて大変つらい。 隣に座る少年も一切かばってくれないあたりからして、恐らく彼も同じ気持ちなのだろう。
「台座よ、うちから駅に来るまでの道をたどれ。土蜘蛛の行き先が分からねば今晩にも貴様は消失するぞ。」
 いつも通りの無表情で告げられる余命宣告めいた勧告に背中にジワリと汗をかく。 怪異達の起こす問題といっても実はただ世話焼きな雀がおこした騒動であったり、狐狸の結婚報告であったりと平和ボケしていたが、私の抱える問題は恐らく命に係わることで危険性はそれらの比ではないのだ。 結果的に仲良く連れ立って歩いてはいたが、シロはもしかすると、いや十中八九あのまま私が背を向けて道路に突っ伏していれば背後から捕食するつもりだったのだろう。少なくとも私が彼女にコートを投げつけた段階では闘う気だったことはファイティングポーズをとっていた事からも自明の理だ。
「あれ、扉が開いてる。」
 駅から今日の道を逆に歩きながら考えていると直ぐにシロと別れた祠についた。 小さいながらも苔むした屋根と古びた木の表面から歴史を感じるそれは、私の知る限りいつ来ても扉が閉められていたと思うのだが、今目の前にあるのは両扉をあけ放たれ、何も収められていない空っぽの空間を晒した姿だった。 少年が部屋の時と同じように砂時計を取り出して時間を指定し逆さにすると、丁度私と別れる所から始まりシロはお社の扉の鍵を無遠慮にも引きちぎると壊れそうな勢いで開き目を見開いていた。 蛍色をした半透明の幻の背後から覗いてみたところ中は最初から空だったようで、彼女ほどではないが一緒になって驚愕の表情を作ってしまう。 後は叩きつける様に乱暴に戸を閉め再現範囲外へと消えていくシロの姿を最後に、遺物の砂は落ち切った。
「いなことだ。不壊の錠が壊れていたとは。」「結構古いっぽいし簡単なんじゃない?私でも簡単に壊せそうだけど。それに中には何も入ってなかったんだし被害もなくてよかったじゃん。」「何がよいものか。そもそも此処には何も収められておらん。」「なにそれ、普通鏡とか刀とかそういう神様の代わりみたいなものを置いとくもんなんじゃないの?」「通常であればな。この社は此処で開かれずに有り続ける事に意味があったのだ。まあ今となってはもう後の」
 言葉が妙な所で切れ振り返ると少年の耳から顎にかけてが滑るようにずれ、地面にボトリと不快な水音を立てながら転がり落ちた。


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 確かかなり古くからヨーロッパで栄えている種族だったはずなのだが、なぜこんなところに居るのだろうと考えるより先にすべきことに思い至り、来ているコートを投げつけた。 私の不意の行動に対応できず顔を覆うコートに藻掻く女に今度は進んで声をかけた。
「なんで裸なの!それ貸してあげるから早く着て!」
 一瞬動きが止まりもそもそと顔を出した茶色い瞳には困惑が浮かんでいる。
「なにゆえ人間の衣なぞ纏わねばならん。」「人前に出るなら服ぐらい着て当たり前じゃない!裸で外をうろつくとか有り得ないし。」「う、うむ、そうであったか。では暫しの間借りるとしよう。」
 言いながらどうやって着るのかすら知らないようようなので、手間どっている様子の彼女を補佐し腕を通させる。 最後に月白の長い髪をコートの内側から背に出してあげると素直に感謝の言葉を述べられた。
「すまぬな、人の世の決まりには疎いのだ。そして先の非礼を詫びよう。よもやこれほどまでに器の大きな者であったとは思いもせなんだ。これまでの苦労はなんだったのかと思ってしまうのう。全く最初から話しかけて居ればよかったと手前の観察眼の無さに呆れてしまうわ。」
 しかし我はアラクネではなく土蜘蛛じゃと言い自身のことはシロ様と呼べと紹介しれたので、こちらもそれに倣い互いの呼び方の交換が終わったので仲良く連れ立って駅に向かおうと歩を進めた。 確か須賀は京都を南下した土蜘蛛と言っていたが、こやぎと違いナイスバディな肉体を持ち嫌でも人の目を引くであろう彼女がどのようにして警察に捕まらずここまで来れたのか不思議でならない。 海外のアラクネの町であればいざ知らず、現代日本において人性生物が裸で歩くなどどれだけ体毛が濃くても許されないので見つかれば即通報だと思うのだが。
「という訳でわえはこうして大和まで出てきたという訳じゃ。」
 全然聞いていなかったがどうやらこんな田舎まで来た理由を話していたらしい。 機嫌よく話していたようで私が他事に気を取られ聞いていなかったことには気づいていなさそうだった。 ふと気が付くとここ一ヶ月ほど立ち寄っていなかったあの小さなお社の前を通りかかったので思いついたように立ち止まり、お賽銭を投げ入れてパンパンと手を打ち願い事をした。といっても特に何が欲しいと言うのもパッと浮かばないので何かいいことがありますようにという形のない願い事だ。
「おお危うく通り過ぎる所じゃったわ。ここじゃここじゃ、マメよ大儀じゃったな。」
 自分はここですることがあると言うシロと別れ、先に着いていた二人と駅前で落ち合い電車に乗る。 片道四十分の道のりを終え帰宅すると家の門は閉ざされ鍵が掛かっており誰も居ない事がわかり、冬華はともかくぱっと見中学生の少年をどう紹介しようかと若干悩んでいたのでしめたと迅速に鍵を開け二人を私の部屋へと案内する。 誰も帰って来ないうちに用を済ませぱっぱと帰らせればそれが一番いいのだ。家の中をさっと見回りこやぎすらいないのは、きっと弟について遊びにいったからであろう。
「ここがマメの部屋。思ってたより殺風景ね。」「余計なお世話だ。」「始めるぞ。昨夜の就寝時間と今朝の起床時間を教えろ。」
 口ぶりの割に何かに感動している風な友人をよそに何に必要なのか寝た時間を聞かれ答えると、少年は羽織の袖から砂時計を取り出し底面のダイヤルをいじくり勉強机の上に逆さにして置いた。 どんな遺物かを聞く前に部屋が真っ暗になり徐々に目が慣れてくるとベッドで横になって眠る私と、床には座布団を敷布団代わりにお腹に私のコートを掛け布団にして眠るこやぎが現れていた。 こやぎの胴体を友人の足が貫いていることから流石に触覚の再現まではしていないようだが、それでもすごい遺物であることには違いない。
「それは?」「これは≪戻り砂≫という。この遺物を中心に半径10メートル以内の空間に限られるが指定した期間を指定した時間に伸縮して再生する代物だ。」「なんだか私の過去が見える眼鏡と似てますね。」「未来と違い過去の怪異は物を作るのが好きでな。稀に人に願いに答えこういった道具を作るのだ。確か過去見の写真機なんかもあったと思うが、さて今は誰の手にあるのやら。」「これはコンパスみたいに塵塚君が関わった物じゃないんだね。最初に作って欲しいって言った人はやっぱ警察とか探偵とかそういう人だったのかな。」「そのような者とは程遠い。過去の怪異にこれを作らせた前の持ち主は、営業時間後の映画館で静かに映画を観たいとヤツに願ったらしい。」「もっと有意義な事に使えると思うのですが。作ってもらった人は中々こすい方だったのですね。」「普通に犯罪だしね。」
 遺物の無駄遣いだよねと笑っていると、高速で寝がえりと打ちながらすくすくと、という表現が正しいかは分からないが小さく縮んでいく私の姿が消え、たちまち部屋に蛍光灯の明かりが戻る。 結局私に近づく不審な怪異はいなかったので、これで調査は振出しに戻ったかに思ったのだが、少年は再度砂時計のダイヤルをいじり逆さにした。 再び暗くなった部屋に同じように表れた私に何かあるのかとよくよく見てみると今度はやたらと遅く時間が流れているようで、実際に行うと逆に疲れるであろうスピードで寝返りを打っている。
「そこではない、窓の外だ。」
 言われて少年の向いている窓の方に目を向けると、カーテンのわずかな隙間からベッドの上の私を望む二つの光点があった。 一瞬不審者かと思い女二人で短く変な声をあげてしまったが、勇気を振り絞りカーテンを開けようとするも手がすり抜けた。 これは過去の映像なので触れないは当たり前だとすぐに理解し、カーテンの奥にある実際の窓を手探りで開き幻影のカーテンと窓ガラスを突き破って覗いていた犯人を見てみると、それは先ほど坂の下で出会ったばかりの土蜘蛛のシロ様だった。
「貴女はどうしてそんな重要な事をここに来るまでに言わないのよ。」「だって、そんなに悪い人には見えなかったんだもん。可愛くて綺麗だったし。」「いいかしら、見た目の美しさと悪人でない事にはなんら関係性はないの。もしそうなら美人局なんて存在しないわ。」
 私達の他に誰も乗っていない電車のボックス席で問い詰めているからか、ボリュームを気にせず叱られて大変つらい。 隣に座る少年も一切かばってくれないあたりからして、恐らく彼も同じ気持ちなのだろう。
「台座よ、うちから駅に来るまでの道をたどれ。土蜘蛛の行き先が分からねば今晩にも貴様は消失するぞ。」
 いつも通りの無表情で告げられる余命宣告めいた勧告に背中にジワリと汗をかく。 怪異達の起こす問題といっても実はただ世話焼きな雀がおこした騒動であったり、狐狸の結婚報告であったりと平和ボケしていたが、私の抱える問題は恐らく命に係わることで危険性はそれらの比ではないのだ。 結果的に仲良く連れ立って歩いてはいたが、シロはもしかすると、いや十中八九あのまま私が背を向けて道路に突っ伏していれば背後から捕食するつもりだったのだろう。少なくとも私が彼女にコートを投げつけた段階では闘う気だったことはファイティングポーズをとっていた事からも自明の理だ。
「あれ、扉が開いてる。」
 駅から今日の道を逆に歩きながら考えていると直ぐにシロと別れた祠についた。 小さいながらも苔むした屋根と古びた木の表面から歴史を感じるそれは、私の知る限りいつ来ても扉が閉められていたと思うのだが、今目の前にあるのは両扉をあけ放たれ、何も収められていない空っぽの空間を晒した姿だった。 少年が部屋の時と同じように砂時計を取り出して時間を指定し逆さにすると、丁度私と別れる所から始まりシロはお社の扉の鍵を無遠慮にも引きちぎると壊れそうな勢いで開き目を見開いていた。 蛍色をした半透明の幻の背後から覗いてみたところ中は最初から空だったようで、彼女ほどではないが一緒になって驚愕の表情を作ってしまう。 後は叩きつける様に乱暴に戸を閉め再現範囲外へと消えていくシロの姿を最後に、遺物の砂は落ち切った。
「いなことだ。不壊の錠が壊れていたとは。」「結構古いっぽいし簡単なんじゃない?私でも簡単に壊せそうだけど。それに中には何も入ってなかったんだし被害もなくてよかったじゃん。」「何がよいものか。そもそも此処には何も収められておらん。」「なにそれ、普通鏡とか刀とかそういう神様の代わりみたいなものを置いとくもんなんじゃないの?」「通常であればな。この社は此処で開かれずに有り続ける事に意味があったのだ。まあ今となってはもう後の」
 言葉が妙な所で切れ振り返ると少年の耳から顎にかけてが滑るようにずれ、地面にボトリと不快な水音を立てながら転がり落ちた。