部屋の端から辞書を持って来て正義の怪異についての項目を調べても【一時怪異心と人間によって成った二次怪異】としか載っておらずこれでは何も分からないと困惑していると、当の本人の口が開かれた。
「塵塚様、説明をして差し上げないのですか?」「面倒だ。」「やっぱりそういう所は相変わらずなんですね。では自分がお教えしても?」
少年に断り勝手にしろと許可を得た青年は私達の方を向き直り、では簡単にと咳払いし授業のように説明を始めてくれた。
「えっと、まず怪異というのは一次から三次に分けられていて塵塚様や斑様は一次、私は二次に分類されています。一次の方々は原初の怪異とも呼ばれていて人間の常識で当てはめるのなら怪異の中でも神のようなものと言いますか。そう、実際に各国の神話に出てくる神様のモデルになっている事も多いですね。斑様なんかは特に活発に力を分け与えられていたので、あっちこっちの神話のモチーフになっておられます。次に二次怪異の話に移るのですがここから分化されていて少しややこしい事になっています。まず一次の皆さんの複数の特性から産まれた純正二次、次に一次と二次、或いは二次と二次から産まれた混成二次に大別されてまして、混成二次はそこから更に細分化されていてその構成強度から甲乙丙に分けて考えるのが主流になっています。昔は別けられていなかったのですが人性という物を考える様になってから産まれたこの分類は怪異性、えっとつまり、より自身の有り方に忠実というか、なんて言うんだろう、うーん困ったな説明が難しいですね。そうだ何か描く物をお借りできませんか?」
腰を上げようと少年が動くより早く冬華がいつの間にか取り出していたメモ帳とペンを差し出し、青年はありがとうございますと受け取ると何か図のような物を描きはじめた。 ほんの数十秒で出来上がった図は簡易な人型と枠で構成されており、それを私達の間に置くと指し示しながら説明を再開する。
「えっと、下手な絵で申し訳ないのですが、この人間と一緒にいる耳が付いている人型は人狼とでも思ってください。分かり易いように人間視点で説明させていただくと人狼のように人性の高い種族で実際に肉体を持つものを混成二次怪異の丙種、中くらいの人性を持ち人と関わっているけど人からは見えないものを乙種、ほとんど人生を持たず関わろうが関わるまいが個人の自由であるものを甲種として分類しています。その、ここまでで質問はありませんか?」「では一つだけ。先ほど塵塚さんや斑さんは一次と仰っていましたが、この図を見る限り人の形をしていて肉体もあるので二次の丙種に思えるのですが、これはつまり一次怪異は二次怪異でもあるということですか?」
既にチンプンカンプンな私をよそに隣の才女が質問をしたところ、青年が青ざめながら焦ったように否定する。
「いえいえいえいえ、これは私の説明が悪いだけですすいません。ええっと、一次に限らず二次の甲乙共に本来肉体は持っていないのですが、古くからいる方々は自由に切り替えができるといいますか。自分で例えれば昔神として祀られていた時に生贄や安置された遺体から肉体を生成してますし、原初の方々であれば世界に広まった己の元を纏めることで受肉するらしいです。これに関してはもう物理とか理屈からして違い過ぎてよほどの特別な事情がなければ二次で出来ることではありません。」
生贄の話はこやぎから聞いていたので理解できたが、元を纏めるという話は理解の範疇を超えておりさっぱり分からない。 私の頭の上でクエスチョンマークが回っているのに気が付いたのか、その辺でいいだろうと少年が話を止めてくれた。
「このままでは羽曳野はともかく台座の脳が茹だるゆえその辺にしておけ。そろそろ今日の本題に入ろうではないか。」「こ、これは失礼しました。つい久しぶりに人間とお話ししたもので熱がはいってしまいまして、すいません。」
先ほどまでの塾の講師のような雰囲気が崩れ、元の頼りない口調から本題が切り出された。
「その、先々月から行方不明になっている土蜘蛛が京都を南下した後この近辺にいるという噂が流れて来たのですが、何かお心当たりはございませんか?」
さっそく手元の辞書で土蜘蛛という名を調べてみると割と有名な種族らしく今度はしっかりと記載されていた。 しかしエピソードが潤沢すぎるようで西日本を中心に何ページにも渡って書かれており果たしてどれが今回の件に関わっているのかと困っていると、隣から覗き込むようにして本を見ていた友人から貸してと言われその手に託したところページを素早く捲りながらザっと目を通したようで、すぐにこれじゃないかしらと開いて返してきた。
土蜘蛛―久峩耳―京都南部にある大江山を根城とした土蜘蛛は古くはこの地を統べていた豪族であったが、調停に討伐され根切にされたとされている。後世には風土記などに土蜘蛛とゆう名で括られ、その名と討伐されたという内容から想起されたでのあろう絵巻物には鬼の顔をした巨大な蜘蛛として描かれることが多く、また大衆にもその姿で認知されるようになり怪異として成立した。歴史的な結びつきから代々棟梁は大江山の主人として座し、同山を拠点とし怪異化した鬼達の相談役のような立場として都を守らされている。
なるほど、確かに大江山であれば京都の北西にあるし他の九州や山陽の土蜘蛛伝承なんかよりはしっくりくる気がする。
「何故だ?他を喰らいたいのであれば摂津や都で事は済む。わざわざ大和にくる必要などあるまいに、よもや鹿と戯れに来たとでも言うのか?」「さあ、そこまでは。でも奈良と言えば残滓の事もありますし。一度確認に行っていただけませんか?」「面倒だ。貴様が行けばよかろう。」「そこをなんとか。塵塚様が面倒がって京都の調停師を下りたので自分結構忙しくて、直ぐに戻らないといけないんです。」「致し方ないか。」
ため息交じりの面倒そうな返答で話が纏まったらしく、割を食っている青年は羊羹を口に詰め込みながらいそいそと立ち上がり、絶対ですよお願いしましたからねと背を向けて小走りに帰っていくが少年は立ち上がる様子はなく、じっくりと味わうように羊羹をモグり、ズズズとお茶を楽しんでいた。
「塵塚君、なんか頼み事されてたけど急がなくていいの?」「ああ、問題なかろう。残滓を収めた社を確認するだけだからな。」「残滓って?」「簡単に言えば大昔地に降り立った最初の怪異をバラバラにして各地に封印した際の欠片だ。肉体は六つに割き大陸にそれぞれ一つずつ、主戦場となった日ノ本には光玉を分割し各地に保管しておるのだが、そのうちの一つがこの近くにあるのだ。」
パラパラと辞書を捲っても最初の怪異という物は見つからず、名前を聞いても教えて貰えなかった上に載っていないそうで知る術は断たれてしまった。
「急がないのであれば、マメの身体の事を先に解決してもらってもいいですか?」「よかろう。此方の方が急を要しておるようだしな。それにしても僅か一週の間に随分と小さくなったものだ。」
先程まで青年の座っていた正面の席に座り直す私を見ながらそう述べると、おもむろに袖の中から以前≪太陽の矢≫で騒ぎを起こした日に目にしたコンパスを取り出す。確か≪迷子探し≫と言っただろうか。 私の血を吸った後は再び少年の袖に消えていったものなのだが、この遺物の効果はまだ続いているようで金と銀の針は凡そ反対方向を指し示し、真っ黒な背板の淡い光点達も健在なようだ。
「面妖な。いまだ役に立たぬとは。一度たたらに見せるべきか。」
少し見つめたまま何処か名残惜しそうに袖にしまうと、今度は私に向かって質問を投げかけてきた。
「台座よ、急激な変化には必ず理由が存在する。小さくなった当日か前日に変わった事があったはずだ。しかと思い起こせ。」
前と左から睨むような視線のなか記憶を探り桃に頼んで服の採寸をしてもらった事と、こやぎが弟に憑いて学校に行った事、あと今日学校に行くとクラスメイトの反応がおかしかった事を話したのだがどれも低身長化には繋がらないようだ。
「わかりやすく誰かに襲われたとかはないの?」「いや全然。桃の家から帰る時に誰かに尾行られてるって感じたのは結局こやぎだったし、他に変わった事なんてなかったけど。」「仕方ない。では取り合えず台座の家に向かうか。」「え?うちに来るの?」「寝ている間に縮んだのならその間に何かされたと考えるが自然。急ぎ現場に向い過去を観るぞ。」
怪異ってそんな事まで出来るのかと驚いていると、支度をしてくると少年が席を立つ。 私達も準備をしましょうと冬華が本を片付けてくれたので、私は空になった食器を流しの荒い桶に入れスポンジ君が動き出す様子を瞳に収め小さくよろしくねとお願いしてから部屋に戻った。 本当は小さな身体を使い懸命に仕事に励む姿を最後まで見ていたかったのだが、流石にそこまでの時間はないので残念に思いながら待っていると、さっき部屋を出た時と同じ和装に帽子を被っただけの少年が現れた。
「さて、行くか。」「それ寒くないの?」「問題ない。帽子がある。」
帽子は防寒になるんだろうかと思いつつ少年の後ろを付いていき、彼がエレベーターに手を掛けた所で自転車のことを思い出した。 私達は自転車で行くから先に駅で待っててと告げ玄関を出るが、分かれる事に不思議を覚えた冬華にエレベーターの話をしたところ、口にこそ出てはいないが乗ってみたいように見えたので彼女を少年に任せ一人自転車を駆って坂を下る。 冷たい風に涙や鼻水も凍りつきそうになる中、いつぞやの山川のように坂下で車に撥ねられぬようしっかり減速してから停止した瞬間、何とも言えない違和感を感じ弱い立ち眩みに襲われいつぞやのように自転車が倒れる音を聞きながら膝をつき四つん這いになってしまう。
「やっと見つけたぞ人間。手間を掛けさせるな。」
ふと既視感を覚え何だろうと考えを巡らせ、この状況は先月坂の上で不可視の怪異に押さえつけられた時と似ていることに気が付いた。 こやぎとその姉に襲われた時も背後から声だけが聞こえていたなと思い出すも、今回は抵抗の気力が湧いているのであの時よりはずっとマシな相手なのだろうと身を起こすと、その様子を見て驚いた表情で身構える女がいた。 下半身は八本の脚を持つ女郎蜘蛛のそれだが、その上に鎮座する見目麗しい女の上半身には毒々しい下半身とは対照的にムダ毛の一本もない玉の肌が光っている。その姿はテレビでしか見たことは無いが海外に大きな村を持つ人性生物のそれと酷似しており、つい喉を点いて声が出た。