「はーい、じゃあふたりひと組でペア作ってー」
ふたりひと組。
私のいちばんきらいな言葉。
放課後の委員会。
教室内は、すでに仲の良い子たちで固まってしまっている。
私はひとりぼっちのまま、教室の隅にぽつんと立ちつくす。
「ねぇ、いっしょ組もう!」
「やったー! 組も組も!」
まわりはどんどんペアを決めていく。私は周囲を見た。
急がないと、あぶれてみんなに注目されてしまう。
それはいやだ。
いやなのだけど、私はみんなのような一歩を踏み出せない。
だって、断られたら怖い。私みたいな隠キャなんて、だれも見てないし……。
ここに|二葉《ふたば》がいてくれたらな、と、べつの委員会になってしまった親友のことを思いながら、結局だれともペアを組めずに俯いていると、足元に影が落ちた。
「――ねぇ、|有田《ありた》いちごさん……だよね?」
ゆっくりと顔を上げる。
「俺と組まない? ペア」
「え……」
まばたきをする。
だれだろう。知らない男の子だ。ネクタイはブルー……ってことは、三年生。先輩だ。
「俺、余ってるんだよね。いやじゃなかったら、いっしょに組んでもらえると助かるんだけど、どう?」
確認するように、先輩は私の顔を覗き込む。私は慌てて頷いた。
「は……はい。よろしくお願いしますっ……」
先輩は、|岩崎《いわさき》|白《しろ》先輩といった。
優しくて、気さくで、白先輩と話しているとすごく楽しくて。
異性に対してこんな気持ちになるのは初めてで、だから私は二葉に相談した。
この気持ちって、なんだろう、って。
そうしたら、
「それは恋だよ!!」
と、前のめりに言われた。
「こっ……恋?」
そんなまさか。
いきなり恋とか言われても、私、恋なんてしたことないし、私がそんな華やかな青春を送るなんて、
「ないない! ぜったいないよ!」
だって、言われて考えても、ぜんぜんぴんとこないし。恋なんて。
すると、二葉は呆れたような顔をして言った。
「仕方ない。いちごに魔法の言葉をあげるよ」
「魔法の言葉?」
「うん。あのね、次に白先輩に会ったらね、こう言うの」
二葉が口元を寄せてくる。私は彼女に耳を近づけた。すると、二葉はこそこそとした声で言った。
「白先輩って、彼女いたことありますか? って、そう聞くの」
どきりとする。
「えっ、どうして?」
訊ねると、二葉はふふっと意味深に笑った。
「聞けば自ずと分かるよ、じぶんの気持ちが!」
そして、あれから数日。二葉のそれは、ホンモノだった。
「――白先輩って、彼女とかいたことあるんですか?」
思い切って委員会のときに聞いてみた私は、見事にハマってしまった。
「あー……うん、まぁね」
白先輩は恥ずかしそうに頬をかきながら、そう答えた。
この返答は思いのほか、心にグサっときた。
その子は、どんな子だったんだろう。
可愛い子だったのかな。それともきれいな子だったかな。
たとえば二葉みたいな、明るくて人懐っこい……。
落ち込むと同時に、可愛くなりたいと強く思った。私も、二葉みたいに、可愛くなれたら。
それでようやく自覚した。いつの間にかじぶんの胸のなかに生まれていた、恋の芽に。
私は今、白先輩に恋をしているのだ。
放課後、委員会を終えて教室に戻ると二葉がいた。どうやら待っててくれていたらしい。
「ねぇ、いちご」
帰り道、二葉はおもむろにバッグを漁り出す。
「どうしたの? 二葉」
二葉は小さな包みを取り出した。
「これ、どっちか選んで」
「えっ……なになに?」
二葉はにっと笑って、「いいから」と急かす。私は言われるまま、「じゃあ、こっち」と、片方の包みを受け取った。
「おっけい。じゃ、一緒に開けよ」
「う、うん」
言われたとおり包みを開けて、中身を取り出す。出てきたものと二葉を私は交互に見つめた。
「……これって、マスカラ?」
「うんっ! そう!」
包みのなかに入っていたのは、可愛らしいパッケージのマスカラだった。
「学校でメイクはさすがにダメだけど、マスカラだけならみんなやってるしバレないじゃん? 私とおそろいだよ!」
「えっ……うそ、これくれるの?」
訊ねると、二葉はにっこりと頷いた。
「私さ、いちごのことは大好きだけど、じぶんなんかって言ういちごのうしろ向きな性格はずっときらいだった」
「二葉……」
「だって、いちごは私の大切な親友なんだから。たとえじぶん自身でも、雑な扱いをするのはよくないと思うんだ」
二葉は私の手を取って、笑った。
「だからさ、これからはいっしょに可愛くなろーよ」
これからは、いっしょに。
「……うん!」
朝、鏡の前でじぶんと向き合う。手には、昨日二葉からもらったマスカラ。
まつ毛にそっとマスカラを乗せてみる。
これでいいのかな?
変じゃないよね?
慣れないメイクにどきどきと高揚する心。私はマスカラをお守りのように握り締めて、家を出る。すぐに二葉と合流した。
「ど、どうかな?」
待ち合わせてそうそう訊ねると、二葉が笑った。
「うん! めっちゃ可愛い!」
「ほんと!?」
「うんっ!」
恥ずかしいけど、嬉しい。なんだろう、この気持ち。
初めての気持ちに戸惑うのだけど、いやじゃない。むしろ、ふわふわとして気持ちいいかんじ。
学校へ向かう足取りが軽くなる。
白先輩、気付いてくれるかな。早く学校につかないかな。
ちょっとだけ学校に行くのが楽しみになる。
不思議だ。
ただちょっとマスカラを塗っただけなのに、こんなにも気分が変わるなんて。
二葉は私を見て、嬉しそうに笑った。
「白先輩、気付いてくれるといいね!」
「うん……!」
放課後、委員会。
白先輩のとなりで、私はいつも以上にそわそわしていた。白先輩は気付くだろうか。
どきどきしながら教壇に立つ先生の話に耳を傾けていると、ふと、白先輩が私を見た。
「――あれ? 有田さん、今日なんかちょっと雰囲気違くない?」
どきぃっ、と心臓がかなり大きく脈を打つ。
「え、え、そうですか?」
「うん、なんていうかその……」
白先輩は目が合うと、ほんのり目元を赤くした。
これって、もしかして。
ずっと、視線を感じるのが苦手だった。
だけど、今はその熱のこもった視線が嬉しい。もっと見てほしい。
……なんて。
今までの私だったら考えられないような感情が、今の私の胸には溢れてくるもんだからびっくりする。
「……ふふっ」
そうなんだ。これが、恋なんだ。恋ってすごいな。
「えっ、なになに? なんで笑ったの?」
白先輩が笑いながらも戸惑った顔をする。
その瞳を、私はまっすぐに見つめ返す。
「なんでもないです」
「えー、なんだよ。気になるじゃん。教えてよ」
「ダメです、ないしょです」
白先輩が私を見ている。
恥ずかしくて、目を合わせられない。でも、嬉しい。なんて、不思議な気持ちだ。
きれいになったら、もっと私のこと見つめてくれるかな?
いつか、この芽が花を咲かせますように。いつか私に、春がやってきますように。
そう祈りながら、私は今日も、小さな芽に優しい水をふりかけていく。