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五話

ー/ー



「では指輪の交換を」と牧師が微笑む。新婦は照れ臭そうに左手を差し出した。講堂に客はいない。僕らの衣装もレンタルだ。「役所に届けるだけでいい」と彼女は言ったが、牧師に告げると、簡素な挙式を提案された。
 
 高校の卒業式は、直前で中止になった。
 その朝、通学路にあるコンビニで、軽自動車が暴走したのだ。八十五歳の運転手が逮捕され、「アクセルとブレーキを踏み間違えた」と供述した。男女五人が巻き込まれ、うち二人は即死した。
 コンビニの防犯カメラは、幼い男児を庇う小春と、不登校の同級生の手を引く七海の姿を捉えていた。
 
 僕は壊れた。
 何か月も引きこもり、両親はあっけなく匙を投げた。
 拒んでも拒んでも、訪ねてきたのはサトセンだった。
 心療内科に付き添って、「私の母校の系列だから」と教会に繋いでくれた。
 カタツムリの歩みみたいにゆっくりと、僕の心は癒えていく。
 大学を受け直し、六年かけて院まで出た。国家試験の受験資格を得るためだ。
 この春から、スクールカウンセラーとして働くことが決まっている。
 
 プロポーズは僕からした。
「……私でいいの? 必ず誰かに何かを言われるよ?」
 構わない、と僕は答えた。それでもなお、彼女はしばらく躊躇した。「折原くんは、あの二人を好きなんだろう、と思ってた」
 素直に認めた。だから考え抜いた結論は「選べない」だった。
 あの日、桜の下で、そう告げようと決めていた。さすがに愛想を尽かされるだろう。受け身で幕を引こうと企てたのだ。弱く卑劣で、思い出しても吐き気がする。
 今度は新婦が僕の指にリングをはめた。
 小春と七海は大事なことを教えてくれた。もう僕は、逃げ出さない。
「岳人くん、愛しているよ」
 七歳上の元担任が囁いた。
 僕もです、佐藤先生――。
(了)


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「では指輪の交換を」と牧師が微笑む。新婦は照れ臭そうに左手を差し出した。講堂に客はいない。僕らの衣装もレンタルだ。「役所に届けるだけでいい」と彼女は言ったが、牧師に告げると、簡素な挙式を提案された。
 高校の卒業式は、直前で中止になった。
 その朝、通学路にあるコンビニで、軽自動車が暴走したのだ。八十五歳の運転手が逮捕され、「アクセルとブレーキを踏み間違えた」と供述した。男女五人が巻き込まれ、うち二人は即死した。
 コンビニの防犯カメラは、幼い男児を庇う小春と、不登校の同級生の手を引く七海の姿を捉えていた。
 僕は壊れた。
 何か月も引きこもり、両親はあっけなく匙を投げた。
 拒んでも拒んでも、訪ねてきたのはサトセンだった。
 心療内科に付き添って、「私の母校の系列だから」と教会に繋いでくれた。
 カタツムリの歩みみたいにゆっくりと、僕の心は癒えていく。
 大学を受け直し、六年かけて院まで出た。国家試験の受験資格を得るためだ。
 この春から、スクールカウンセラーとして働くことが決まっている。
 プロポーズは僕からした。
「……私でいいの? 必ず誰かに何かを言われるよ?」
 構わない、と僕は答えた。それでもなお、彼女はしばらく躊躇した。「折原くんは、あの二人を好きなんだろう、と思ってた」
 素直に認めた。だから考え抜いた結論は「選べない」だった。
 あの日、桜の下で、そう告げようと決めていた。さすがに愛想を尽かされるだろう。受け身で幕を引こうと企てたのだ。弱く卑劣で、思い出しても吐き気がする。
 今度は新婦が僕の指にリングをはめた。
 小春と七海は大事なことを教えてくれた。もう僕は、逃げ出さない。
「岳人くん、愛しているよ」
 七歳上の元担任が囁いた。
 僕もです、佐藤先生――。
(了)