「猫は神の使いである」
「唐突に何?」
「古代エジプトではそう信じられていたって話。知らない?」
隣に座る彼女が真面目な顔で僕を見た。朝食のカップスープをすすりながら僕は首を捻る。
「さあ。歴史に疎いからなあ」
「じゃあ、これは? 猫は自由な生き物である」
「それはその通りだね。彼らは何者にも縛られるのを嫌う自由気ままな生物だ」
僕の口調に皮肉めいた響きを感じたのか、彼女はムッとした顔を向けた。
「猫は批難されようが、猫の素晴らしい価値は変わらない!」
「それはそうさ。僕が彼らを批難したところで、猫が猫であることに変わりはない」
そう言うと僕はパンを口に詰め込みながら、ソファーから腰を上げた。
出社したらまずあの書類を仕上げて……と一日のスケジュールを頭の中で組み立てていると、
「ねえ、キミ」
彼女の声が思考を破った。ひっそりとマグマを溜め込む火山のように、静かな怒りに打ち震える彼女を見て、僕は片付けようとしていた食器を流しに落としてしまう。
「通勤する猫はいると思う?」
「そりゃ……いるわけないよ。彼らは気ままに生きることが仕事だもの」
「だったら、猫なら猫に倣いなさいよ。猫田君。具合が悪いときは無理をしちゃいけないのよ」
「え」
「顔色悪いし、さっきから足元がふらついてる。お願いだから今日は仕事を休んで」
「でも――」
「でもじゃない! 会社にキミの代わりはいくらでもいるけど、わたしにとってはキミはひとりしかいないの。その理由じゃ不満足?」
腰に手をやり鼻息荒く捲し立てる彼女に、「いいえ、満足です」と僕は降参する。
いつも彼女には頭が上がらない。
今日の僕は通勤しない猫。
彼女に甘やかされながらゴロゴロ喉を鳴らしゆっくり体を休めよう。