巫女のバイトを始めて一週間。
私も大分このバイトに慣れ始めていた。
「すみません。この安産祈願のお守りを一つ貰えますか?」
「はーい!」
社務所にやってきた女の人のお腹は大きくなっていた。
私は女性にお守りを渡す。
「元気な赤ちゃんが生まれるといいですね!」
「ふふ、ありがとう」
今日もこの神社は平和です! しかし、女性が帰った後は他の参拝客も来ない。
「おじいちゃん。私、暇すぎて死んじゃうよ!? いや、生きる気満々だけど!」
「おお、そりゃ良かったわい。暇は最高じゃ」
「いや、そうかもだけど! おじいちゃん、仕事他にないの?」
「うーん……じゃあ、|表《おもて》を|箒《ほうき》で|掃《は》いてきてくれるかい?」
「分かった。じゃあ、掃いてくるね」
私は箒を取り出して、社務所を飛び出した。 たまにしかない仕事をするのはどこか楽しくて。 私が神社の前から掃き始めるために神社を出ると、階段の所に座っている先程の妊婦さんがいた。
「大丈夫ですか……!?」
私が声をかけると、妊婦さんは微笑んだ。
「大丈夫よ。少し休んでいただけ。でもね、今でもこんなに疲れるのに赤ちゃんが産まれたらどうなるんだろうって心配になるの。楽しみで仕方ないのに、心配もあるなんて変な感じよね」
私は女の人の横に座り、女性のお腹に向かって話しかけた。
「貴方、愛されているね」
女性が不思議そうに私の方を振り向く。
「だって、赤ちゃんの心配をして、赤ちゃんが楽しみで、頭の中は赤ちゃんのことでいっぱい。それを『愛』って言わなかったらなんて言うんだってくらいですよ!?」
「毎日毎日、不安もいっぱいあるのに、今日買ったお守りは安産祈願。それは出産の時の自分の健康のためだけに買った訳じゃないでしょう? さっき、私が『元気な赤ちゃんが生まれるといいですね!』って言った時、とっても優しい顔でお礼を言ってくれたんです」
「そんなお母さんの子供はきっと幸せだなって思います! それでも今も大変だろうし、赤ちゃんが生まれればもっと大変かもしれない。きっと疲れることも沢山ある。だから、これはおまけです!」
私は、女性に健康お守りを渡した。
「これは貴方の分!どうか自分のことも甘やかして、大事にしてあげて下さいね!」
女性は、ポロッと涙を一粒こぼした。
「どうしたんですか!?」
私が慌てていると、女性は微笑んだ。
「いいえ、ありがとう。嬉しかったの。本当にありがとう」
女性が私と目を合わせて、もう一度微笑んだ。
私は深く一度息を吐いた。
「あの、もう一つだけいいですか?」
「……?」
「甘えてください、いつでも! 人を頼ることも大事です!」
桜満開の季節。 それでもずっと気持ちが元気でいるって難しいこと。
「優しい巫女さんね。赤ちゃんが産まれたら、ううん、生まれる前かもしれない。またこの神社にきてもいいかしら?」
「もちろん。いつでもお待ちしています!」
私は女性を見送った後、掃除を済ませてから社務所に戻った。
「おじいちゃん、ごめんなさい。勝手にお守り妊婦さんにあげちゃったから、代金をバイト代から引いておいて!」
「別に引かん。それくらいは美七のことを信頼しておる」
「ううん、私があげたかったの。だから、私に払わせて」
おじいちゃんがふとこちらを見る。
「美七、今は桜が満開だな」
「そうだけれど……急にどうしたの?」
「前に来てくれていた参拝客が桜を見上げておるぞ」
おじいちゃんの視線が外に移るのにつられて、私の視線も外に移る。
外の桜の樹の下には前に健康お守りを買ってくれたお婆さんが立っている。
私は社務所から出て、お婆さんに声をかけた。
「今日も来て下さったんですか?」
「ええ、可愛い巫女さんの言う通り、楽しい時間を沢山過ごしたくて。桜が満開になる季節だから、もう一度見に来たの」
お婆さんの視線が桜から私に移る。
「きっと貴方の魅力は、相手の悩みを見逃さないことね」
「え?」
「そして寄り添ってくれる。前を向かせてくれる。前を向く方法を一緒に考えてくれる」
そして、桜の花びらが舞い散る中でお婆さんは優しく笑った。
「桜が散っても、この神社はきっと魅力的だわ。だってこんなに素敵な巫女がいるんだもの」
優しさは伝染する?
そんな簡単じゃない?
もう、どっちでも良いよ。
だって……
「貴方が悩んだときは、私に力にならせてね」
今、この気持ちが……優しさが嬉しいだけだから。
空を見上げれば、自分の身長より高い桜の幹から花びらが舞い落ちてくる。
見上げなければ見えない景色がある。
それと同じように下を見るから見える景色だってある。
何が悪いとかじゃない。
でも、前を向かないと目は合わないから。
「お婆さん! 一緒にお花見しませんか?」
まだまだ今日も楽しみ足りない。
Fin.