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春のお礼参り

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 その日を境に、秋はどんどんと深まりよった。やがて、境内を木枯らしが吹き抜けるようになり、それも過ぎると、雪がちらほらと降って、積もる日もあった。狛犬達は寒い、寒いとぼやき、震えとった。そやけども、毎日のように訪れる参拝者や、お礼参りの者の、赤子の笑顔が、わしらの心を温めてくれた。 冬を過ぎると、お天道様がぽかぽかと、暖かい春がやってきた。境内の桜はごっつう綺麗やし、この世の生きとし生けるものの命が芽生える季節や。わしらの心も躍っとった。 そんな、ある日のことや。鳥居の両脇の二匹の狛犬が、騒ぎ出した。参拝者のようやけど、狛犬はいつもよりはしゃいどるようやった。 何事やろうと思って、その参拝者を見た。すると……鳥居をくぐってこちらに歩いてくる者は、繭やった。あの秋の日、節のついたわらを授けた繭が、お母とともに、お礼参りに来てくれたんや。そんで、お母はその腕に、小さな男の赤子を抱いておった。 そうか、無事に弟が生まれたんや。わしは、ほっと安堵した。授けたわらのとおりに男の子が生まれたこともやけれど、お母と繭が幸せそうな笑顔を浮かべとったのも嬉しかった。 そんで、わしの前で繭は手を合わせて、お母は赤子を抱きながら、目をつぶった。(わら天神様。無事、元気な男の子が生まれました。ありがとうございました) 繭とお母の心は、お礼を言ってくれた。幸せいっぱいの二人の心の声は、わしの心もじんわりと温めてくれた。 そんで、お母と一緒に社を後にしようとする時やった。桜の花びらがひらひらと舞いよる中、繭は不意に振り返って、悪戯っぽい笑顔でわしに語りかけた。(わら天神様。あの日はわらのお守りをくれて、おおきにな) 心の内でそれだけ言って、お母と弟とともに鳥居に向けて歩き出しよった。春の陽射しは、わしの想いをやさしく語りかけるかのように、やわらかく三人に降り注いだ。


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 その日を境に、秋はどんどんと深まりよった。やがて、境内を木枯らしが吹き抜けるようになり、それも過ぎると、雪がちらほらと降って、積もる日もあった。狛犬達は寒い、寒いとぼやき、震えとった。そやけども、毎日のように訪れる参拝者や、お礼参りの者の、赤子の笑顔が、わしらの心を温めてくれた。 冬を過ぎると、お天道様がぽかぽかと、暖かい春がやってきた。境内の桜はごっつう綺麗やし、この世の生きとし生けるものの命が芽生える季節や。わしらの心も躍っとった。 そんな、ある日のことや。鳥居の両脇の二匹の狛犬が、騒ぎ出した。参拝者のようやけど、狛犬はいつもよりはしゃいどるようやった。 何事やろうと思って、その参拝者を見た。すると……鳥居をくぐってこちらに歩いてくる者は、繭やった。あの秋の日、節のついたわらを授けた繭が、お母とともに、お礼参りに来てくれたんや。そんで、お母はその腕に、小さな男の赤子を抱いておった。 そうか、無事に弟が生まれたんや。わしは、ほっと安堵した。授けたわらのとおりに男の子が生まれたこともやけれど、お母と繭が幸せそうな笑顔を浮かべとったのも嬉しかった。 そんで、わしの前で繭は手を合わせて、お母は赤子を抱きながら、目をつぶった。(わら天神様。無事、元気な男の子が生まれました。ありがとうございました) 繭とお母の心は、お礼を言ってくれた。幸せいっぱいの二人の心の声は、わしの心もじんわりと温めてくれた。 そんで、お母と一緒に社を後にしようとする時やった。桜の花びらがひらひらと舞いよる中、繭は不意に振り返って、悪戯っぽい笑顔でわしに語りかけた。(わら天神様。あの日はわらのお守りをくれて、おおきにな) 心の内でそれだけ言って、お母と弟とともに鳥居に向けて歩き出しよった。春の陽射しは、わしの想いをやさしく語りかけるかのように、やわらかく三人に降り注いだ。