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意外な参拝客

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 そやけど、その日の参拝客は意外な者やった。鳥居の両脇の狛犬も、困惑していた。「迷子なんやろか」とも言うとった。それも、そのはず。歳の頃、十もいくかどうか、分からんような女の子が参拝に来たんや。その子はおそるおそる、境内に足を踏み入れて、社に向かって歩いた。赤く色付いた木の葉がひらりと舞い、足元の石畳をなでるように落ちてきた。 もちろん、女の子の腹には新しい魂はおらん。そやけど、わしの前まで来て、きちんと賽銭まで入れて、手を合わせよった。(どうか、お母さんが元気になりますように。そんで、お腹にいる子が無事に生まれてきますように) その願い事を聞いて……女の子の心の内を読んで、わしは合点がいった。願い事を言うたように、その子のお母のお腹には赤子がおる。そやけど、つわりが重うて、毎日のように苦しんどって、それはもう、見てはおれんようや。それに、お腹の子が無事に生まれてくるかどうかも不安に思って……そんで、友達からうちの神社のことを聞いて、来てくれたんやと。 その子はわしに願い事を捧げた後、お守りの授与所に行こうとした。そやけど、ポケットから財布を出して中身を見て、途方に暮れよった。お守りを授かるには、お金が足りんのや。心を読まんでも、そのことくらい、分かった。 どうしたらいいんや。わしは、この神社に来るみんなが幸せな顔して帰って欲しい。それやのに、女の子の顔はみるみる、悲しみに染まりよった。そんで、肩を落として帰ろうとしよった。そやから、わしは居ても立ってもいられずに、自らの姿を人間に変えた。 人間になるのは、何百年ぶりのことやろうか。女の子に話しかけるんやから、怖がらせんように、子供になった。そやけど、加減がよう分からんで、ちょっと小さくなり過ぎたようや。社の陰から出て近付くと、女の子はきょとんと、不思議そうにしよった。「君、だれや? 迷子か?」「なっ……迷子やない! わしは、お前より何千年も長く生きとる」 精神の年齢は、変化した人間と同等になるようや。わしはつい、むきになってしもうた。すると、女の子は「わし? 何千年?」と言いながら、さらに狐につままれた顔をした。そやから、わしは慌てて、言い直した。「わ……うちは、迷子やない。わら天神を、散歩しとっただけや」「散歩? そやけど、変わった格好をしとるね」 言われてみて、気が付いた。そう言えば、今は普通の子は着物なんか着いひん。わしは、苦しまぎれに話を変えた。「そ……それはそうと、お前こそ子供やけど。何で、一人で神社におるんや?」 すると、女の子はやや膨れ面をした。「お前やない。うちは繭(まゆ)や」「ほぅ。それで、繭は迷子して、ここにおるんか?」 別に根に持っとる訳ではないんやけど、子供になったわしの口は、大人げなく言い返しをした。でも、繭は別に気にせんと、首を横に振った。「違う。実はな、うちのお母さんのお腹には、赤ちゃんがいるんや」「えっ、ほんまか?」 前もって知っとったことやけど、声が弾んだ。この神社の主をしとると毎日のように願い事で報せを受ける。けれども、やっぱり、めでたいことはめでたい。すると、繭はこくりとうなずいた。「うん。そやけど、お母さんはいっつも吐いて苦しそうにしとって、見ていられへん。そやから、安産のお願いができるわら天神にお参りに来たんや。でもな……」 繭はまた、ちょっと悲しげな顔をした。「お守りをもらいたかったけど、うちの小遣いではここに来るまでのバス代で精一杯で、お金がない。そやから、もう帰ろうかと思っとったんや」「そうなんや……」 わしは、繭の顔を見つめながら考えた。 わしが繭にお守りをやるんは簡単や。そやけど、繭が自分より小さい子供からお守りを受け取るんも、不自然や。どうにか、自然に繭にお守りをやれんものやろか。 そんで、しばらく考えて……わしの頭には名案が浮かんだ。「そうや。なぁ、知っとるか? このわら天神宮のお守りは、わらなんやで」「えっ、そうなん?」「ああ。神様にお供えをするかごを編むわらを、お守りに入れとるんや。それで、そのわらにふしがあると男の子、ふしがないと女の子が生まれてくるんやで」「ふぅん……」 意図することが分からず首を傾げる繭に、わしは「やから……」と言って、言葉を続けた。「わらを探すんや。かごを編んだ残りが、境内に落ちているかも知れへんやん」「なるほど!」 繭も、わしの提案に賛成しよった。 授与所でお守りを授かるには、お金が足りんけど、落ちているわらであれば、お金はかからん。何より、わしは繭にお守りを授けたい。この天神宮で、笑顔になって欲しいんや。 二人で境内を探しとると、暫しの時間が経過した。西の空は、夕焼けで橙色に染まっとる。赤く色付いた木の葉は夕陽を受けて、煌めいていた。鳥居の両脇の狛犬は、境内をうろつくわしらを時折、囃しながら、微笑ましく見とった。 わしは、境内を探すふりをして、節のあるわらか、ないわらか、どちらを授けようか、考えとった。繭のお母は来とらんから、生まれてくる赤子がどちらかは分からん。そやから、どちらのわらを授けるかは、わしが決めるしかない。でも、もしも間違えたら……そんで、お母のお産がうまくいかんかったら、ちゃんとお守りを授かれんかった所為やと思うて、さらに繭が悲しむんやないやろうかと考えた。 いいや、繭のお母のお産はうまくいく。わしはそう、思い直した。わしができるのは、わらのお守りを授けるまでや。赤子が無事に生まれるかどうかは、お母と赤子、そして周りの者のがんばりにかかっとる。繭がこんなにも必死で祈っとるのやから、直にお母は元気になって、赤子も無事に生まれてくるに違いない。 そんな思いを胸にしながら、一か八か、わしはわらを取り出した。「あった!」 わしが声を上げると、繭は「ほんまに?」と言って目を輝かせた。「これや、持って帰り。弟が無事に生まれてきますように、って」「えっ、弟?」「だって、このわら、節があるやん」 わしが選んだのは、節のあるわらやった。繭の家族には男の子はおらんようやから、弟の方が喜ぶんやないかと思うて、節のあるわらにしたんや。すると、繭はまじまじとわらを見つめながら、口を開いた。「でもな。弟でも妹でも、うちは無事に生まれてきてくれるんが一番、嬉しいんや」「そやな。弟でも妹でも、無事に生まれてきますように!」 繭の言葉に合わせて、言い直した。そうや、男の子でも女の子でも、無事に生まれてくるんが一番で、喜びは変わらへんのや。 わしは、着物の懐から巾着袋を取り出してわらを入れた。そのお守りを授けてやると、繭は幸せそうに目を細めた。「おおきに! 君からもらったお守り、大切にする!」 繭は、何千年も生きたわしが見てきた中でも、一番に純粋でまっすぐな笑顔をしてくれた。そやから、わしもつられて、心からの笑顔を浮かべたんや。


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 そやけど、その日の参拝客は意外な者やった。鳥居の両脇の狛犬も、困惑していた。「迷子なんやろか」とも言うとった。それも、そのはず。歳の頃、十もいくかどうか、分からんような女の子が参拝に来たんや。その子はおそるおそる、境内に足を踏み入れて、社に向かって歩いた。赤く色付いた木の葉がひらりと舞い、足元の石畳をなでるように落ちてきた。 もちろん、女の子の腹には新しい魂はおらん。そやけど、わしの前まで来て、きちんと賽銭まで入れて、手を合わせよった。(どうか、お母さんが元気になりますように。そんで、お腹にいる子が無事に生まれてきますように) その願い事を聞いて……女の子の心の内を読んで、わしは合点がいった。願い事を言うたように、その子のお母のお腹には赤子がおる。そやけど、つわりが重うて、毎日のように苦しんどって、それはもう、見てはおれんようや。それに、お腹の子が無事に生まれてくるかどうかも不安に思って……そんで、友達からうちの神社のことを聞いて、来てくれたんやと。 その子はわしに願い事を捧げた後、お守りの授与所に行こうとした。そやけど、ポケットから財布を出して中身を見て、途方に暮れよった。お守りを授かるには、お金が足りんのや。心を読まんでも、そのことくらい、分かった。 どうしたらいいんや。わしは、この神社に来るみんなが幸せな顔して帰って欲しい。それやのに、女の子の顔はみるみる、悲しみに染まりよった。そんで、肩を落として帰ろうとしよった。そやから、わしは居ても立ってもいられずに、自らの姿を人間に変えた。 人間になるのは、何百年ぶりのことやろうか。女の子に話しかけるんやから、怖がらせんように、子供になった。そやけど、加減がよう分からんで、ちょっと小さくなり過ぎたようや。社の陰から出て近付くと、女の子はきょとんと、不思議そうにしよった。「君、だれや? 迷子か?」「なっ……迷子やない! わしは、お前より何千年も長く生きとる」 精神の年齢は、変化した人間と同等になるようや。わしはつい、むきになってしもうた。すると、女の子は「わし? 何千年?」と言いながら、さらに狐につままれた顔をした。そやから、わしは慌てて、言い直した。「わ……うちは、迷子やない。わら天神を、散歩しとっただけや」「散歩? そやけど、変わった格好をしとるね」 言われてみて、気が付いた。そう言えば、今は普通の子は着物なんか着いひん。わしは、苦しまぎれに話を変えた。「そ……それはそうと、お前こそ子供やけど。何で、一人で神社におるんや?」 すると、女の子はやや膨れ面をした。「お前やない。うちは繭(まゆ)や」「ほぅ。それで、繭は迷子して、ここにおるんか?」 別に根に持っとる訳ではないんやけど、子供になったわしの口は、大人げなく言い返しをした。でも、繭は別に気にせんと、首を横に振った。「違う。実はな、うちのお母さんのお腹には、赤ちゃんがいるんや」「えっ、ほんまか?」 前もって知っとったことやけど、声が弾んだ。この神社の主をしとると毎日のように願い事で報せを受ける。けれども、やっぱり、めでたいことはめでたい。すると、繭はこくりとうなずいた。「うん。そやけど、お母さんはいっつも吐いて苦しそうにしとって、見ていられへん。そやから、安産のお願いができるわら天神にお参りに来たんや。でもな……」 繭はまた、ちょっと悲しげな顔をした。「お守りをもらいたかったけど、うちの小遣いではここに来るまでのバス代で精一杯で、お金がない。そやから、もう帰ろうかと思っとったんや」「そうなんや……」 わしは、繭の顔を見つめながら考えた。 わしが繭にお守りをやるんは簡単や。そやけど、繭が自分より小さい子供からお守りを受け取るんも、不自然や。どうにか、自然に繭にお守りをやれんものやろか。 そんで、しばらく考えて……わしの頭には名案が浮かんだ。「そうや。なぁ、知っとるか? このわら天神宮のお守りは、わらなんやで」「えっ、そうなん?」「ああ。神様にお供えをするかごを編むわらを、お守りに入れとるんや。それで、そのわらにふしがあると男の子、ふしがないと女の子が生まれてくるんやで」「ふぅん……」 意図することが分からず首を傾げる繭に、わしは「やから……」と言って、言葉を続けた。「わらを探すんや。かごを編んだ残りが、境内に落ちているかも知れへんやん」「なるほど!」 繭も、わしの提案に賛成しよった。 授与所でお守りを授かるには、お金が足りんけど、落ちているわらであれば、お金はかからん。何より、わしは繭にお守りを授けたい。この天神宮で、笑顔になって欲しいんや。 二人で境内を探しとると、暫しの時間が経過した。西の空は、夕焼けで橙色に染まっとる。赤く色付いた木の葉は夕陽を受けて、煌めいていた。鳥居の両脇の狛犬は、境内をうろつくわしらを時折、囃しながら、微笑ましく見とった。 わしは、境内を探すふりをして、節のあるわらか、ないわらか、どちらを授けようか、考えとった。繭のお母は来とらんから、生まれてくる赤子がどちらかは分からん。そやから、どちらのわらを授けるかは、わしが決めるしかない。でも、もしも間違えたら……そんで、お母のお産がうまくいかんかったら、ちゃんとお守りを授かれんかった所為やと思うて、さらに繭が悲しむんやないやろうかと考えた。 いいや、繭のお母のお産はうまくいく。わしはそう、思い直した。わしができるのは、わらのお守りを授けるまでや。赤子が無事に生まれるかどうかは、お母と赤子、そして周りの者のがんばりにかかっとる。繭がこんなにも必死で祈っとるのやから、直にお母は元気になって、赤子も無事に生まれてくるに違いない。 そんな思いを胸にしながら、一か八か、わしはわらを取り出した。「あった!」 わしが声を上げると、繭は「ほんまに?」と言って目を輝かせた。「これや、持って帰り。弟が無事に生まれてきますように、って」「えっ、弟?」「だって、このわら、節があるやん」 わしが選んだのは、節のあるわらやった。繭の家族には男の子はおらんようやから、弟の方が喜ぶんやないかと思うて、節のあるわらにしたんや。すると、繭はまじまじとわらを見つめながら、口を開いた。「でもな。弟でも妹でも、うちは無事に生まれてきてくれるんが一番、嬉しいんや」「そやな。弟でも妹でも、無事に生まれてきますように!」 繭の言葉に合わせて、言い直した。そうや、男の子でも女の子でも、無事に生まれてくるんが一番で、喜びは変わらへんのや。 わしは、着物の懐から巾着袋を取り出してわらを入れた。そのお守りを授けてやると、繭は幸せそうに目を細めた。「おおきに! 君からもらったお守り、大切にする!」 繭は、何千年も生きたわしが見てきた中でも、一番に純粋でまっすぐな笑顔をしてくれた。そやから、わしもつられて、心からの笑顔を浮かべたんや。