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桜の札は……

ー/ー



「咲良さんって、百人一首、得意だったんだね」

「え? あ……うん。恭介くん、すごいね。1位おめでとう!」

「それほどでもないよ」

咲良さんから褒められて、俺は有頂天になってしまう。
俺は、気になっていたことを咲良さんに聞いた。

「あのさ……咲良さんが取っていた(ふだ)って……」

「あ! バレた? さすが、恭介くん」

そう言う咲良さんの白い頬に、うっすらと赤みが差した。
まるで、雪原に咲く花のようだ。

「咲良さんが取っていた(ふだ)って、桜を()んだ歌だよね」

「うん。私、自分の名前が咲良(さくら)だから、(さくら)を詠んだ歌だけは絶対に取ろうと思って」

「やっぱりそうだったんだ。納得」

俺は一目惚れした咲良さんと、いい感じに話をすることができた。
きっと、俺の顔も赤くなっていたことだろう。

* * *

家に帰った俺は、咲良さんのことばかり考えていた。

百人一首を好きな女の子がクラスにいるとは思っていなかった。
ちょっと無表情な感じの子だけど、笑うとかわいい。

俺の中でどんどん妄想が膨らむ。
百人一首が好きな咲良さんは、きっと俺のことを好きに違いない。

なんて勝手な妄想なのだろうと自分でも思うが、そうであってほしいという俺自身の期待が、冷静な判断力を失わせていた。

『みちのくの しのぶもじずり 誰ゆえに 乱れそめにし 我ならなくに』

私の心が乱れ始めたのは誰のせいでしょう。それは私のせいではなく、あなたのせいなのです。

実際に恋することで、恋を詠んだ和歌になんだか共感できるようになった気がする。
今日はなんだか寝付けそうにもない。
俺は、窓の外の月を見てみた。

美しい満月だった。

『嘆けとて 月やわものを 思わする かこち顔なる 我が涙かな』

昔の人は月を見て、愛しいあの人も今頃は同じ月を見ているのだろうか、なんて思いにふけったという。
咲良さんも、今頃、俺と同じように眠れなくて、こうして月を見ていたりして。
あぁ、また変な妄想をしてしまった。

明日は、全校百人一首大会の本番だ。
妄想ばかりしていないで、早く寝なくては……

夢に、咲良さんが出てきたらいいな……

* * *

翌朝、俺はいつもより早く起きてしまった。
そして、とてつもなく眠い……
睡眠が浅かったようだ。
で、咲良さんの夢を見たのかというと、そんなご都合主義的な展開があるはずもなく、俺は何の夢も見ていなかった。

『すみの江の 岸による波 よるさえや 夢の通い路 人目よくらむ』

夢の(かよ)()で、俺は咲良さんに会うことはできなかった……

* * *

俺は教室に入った。
咲良さんは、相変わらず白い顔をしており、そして、無表情だ。
なんとなく近づきがたい雰囲気がある。

しかし、俺は知っている。
百人一首の札を取った時に見せる咲良さんのステキな笑顔を。

当たって砕けろ!
俺は、咲良さんと仲良くなりたくて、思い切って話しかけてみた。

「今日は百人一首大会だね。どう? 自信ある?」

「え? えぇ……うん。まぁまぁかな。恭介くんは全校一位を取れそう?」

「う、うん……まぁ、頑張るよ。咲良さんは、やっぱり今日も、桜の札を全部取るの?」

「え? 全部取れるかは分からないけど、桜を歌った札はできるだけたくさん取りたいな」

「たくさん取れるといいね」

よし、咲良さんと自然に会話ができたぞ!
今日の百人一首大会で優勝して、咲良さんに俺のすごさを認めてもらおう!

* * *

百人一首大会では、百首すべてが読まれるわけではない。

そんなことをしたら、最後の1枚は何が読まれるか分かっているので、とんでもない争奪戦になってしまう。
よって、残りの札が20枚になったら、そこで試合は終了だ。
100枚のうち、80枚が読まれるということ。

あと、全校生徒で100枚を取り合うなんて不可能なので、12人ずつの小さいグループに分けて行う。
実際に読み上げられる80枚を12人で取り合うのだから、1人6~7枚取れれば平均ということになる。
グループ内で1位を取るには、10枚以上は取りたいところ。

本日の百人一首大会のグループ分けが発表になった。

なんと!
よりによって、咲良さんと同じグループになってしまった。

咲良さんと一緒に百人一首ができるのは嬉しい。
咲良さんの真剣な表情や、札を取る華麗な身のこなし、揺れるポニーテール、そして、札を取った時に見せるあの笑顔……

あぁ……だめだだめだ……

咲良さんばかり見ていては、集中できなくて負けてしまうのではないか。
くそう!
咲良さんとは違うグループになり、それぞれのグループ内で2人とも1位になれたら最高だったのに。

しかし、グループはもう、決められてしまっている。
今さら、何を言っても仕方がない。

ここで問題となるのが、桜の(ふだ)をどうするのか、だ。
俺が取ってしまったら、咲良さんは取れなくなってしまう。
しかし、取らないでいたら俺は負けてしまうかもしれない……

あぁ……

桜の(ふだ)なんて嫌いだ。

絶対に咲良さんと取り合いになってしまう。

どうしたらいいんだろう……

* * *

全校百人一首大会が始まった。
俺の斜め向かいには咲良さんが座っている。

俺は、咲良さんを見ていた。
咲良さんは、いつも無表情。
いわゆる、クールビューティーだ。

視線に気がついた咲良さんがこちらを見る。

俺は思わず視線を反らしそうになったが、ここはあえて、見つめ返してみた。

咲良さんはにっこり微笑んだ。
安心した。
俺も微笑み返す。

あぁ……どうか、桜の(ふだ)が読まれませんように……
咲良さんと取り合いになるのは嫌だ。

でも、待てよ。
咲良さんは、できるだけたくさん桜の札を取りたい、と言っていた。
桜の札が読まれないと、咲良さんはお気に入りの札を取ることができない。

咲良さんのことを考えれば、桜の札がたくさん読まれる方がいいのか。

あぁ……桜の札なんて、嫌いだ……

* * *

隣に座る同じクラスの男子生徒が、俺に話しかけてきた。

「恭介ってさ、咲良のこと、好きなのか?」

「え?」

一瞬にして、俺の顔は赤くなる。
しまった!
動揺を見せてしまった。
隣のやつは、それを見てニヤリと笑う。
あああ……

ここは冷静にならなくては……


先生は札を読み始める。

「恋すちょう 我が名はまだき 立ちにけり……」

「はい!」

よし、1枚取った。
下の句は『人知れずこそ 思い()めしか』

恋をしているという噂が立ってしまった。誰にも知られないように好きになりはじめたばかりだというのに、という歌だ。

ん?
これって、俺のこと?

* * *

百人一首大会は、どんどん進んでいく。
次の札はこれだ。

「花さそう あらしの庭の 雪ならで……」

きた! 桜の札だ!
勝つためには仕方ない。
ごめんよ咲良さん。
この札、取らせてもらう。
くそう、桜の札なんて嫌いだ。

「「はい!」」

俺は札を取った。
俺の手の上に、咲良さんの手が重なる。

俺の手の甲に、咲良さんの柔らかい手の感触が伝わる。
ドキドキ!

咲良さんの顔を見ると、ちょっと悔しそうな顔をして、それから、微笑んでくれた。

か……かわいい……



この後、読み上げられた数首は、俺の耳にまったく入ってこなかった。

まずい。
桜の札がどうのこうの言っている以前に、このままでは俺は負けてしまう。
ちくしょう!
だから、桜の札は嫌いなんだ。
桜の札は、俺の静心(しずごころ)をなくしてしまう。

だめだ。
集中しよう! 集中!

* * *

「人はいさ 心も知らず ふるさとは……」

「はい!」

よし! 取った!
下の句は『花ぞ昔の ()(にお)いける』

この歌は花を歌っているけれど、花は花でもの花だ。
ではない。

俺は、ちらりと咲良さんの方を見る。
咲良さんは視線に気づき、微笑み返してくれた。

* * *

「いにしえの 奈良の都の 八重(やえ)桜……」

きた! 桜の歌だ。
ここは咲良さんに取らせるべきか、一瞬迷った。
だが、勝ちたいという俺の闘争本能が札を取りにいかせる。

下の句は『今日 九重(ここのえ)に (にお)いぬるかな』

桜の品種である八重(やえ)桜から、宮中を表す九重(ここのえ)へとつながる、見事な構成の和歌だ。
相手が咲良さんでも、この札は取りたい!

「「はい!」」

遅かった。
俺の手は、咲良さんの手の上に重なる。

八重(やえ)九重(ここのえ)と続くこの札に置かれた手は、二重(ふたえ)となった。

咲良さんは、とびきりの笑顔で俺を見つめた。
どうだ! 取ったぞ!
そんな表情をしている。

ううう……

札は取れなかったけど、咲良さんの眩しい笑顔を見れたので良しとしよう……

* * *

百人一首大会は終わり、結果が発表された。


俺は全校で4位。
咲良さんは全校で27位だった。

残念ながら、俺は1位は取れなかったけど、咲良さんと一緒に百人一首をできて楽しかった。
そして、この試合を通じて、仲良くなれた気がする。

* * *

放課後の教室で、俺は咲良さんに話しかけた。

「桜の札、取ってしまってごめん」

「ふふふ……恭介くん、強すぎ」

「咲良さんも、いい結果出せてよかったね」

「うん。まあまあかな。来年は恭介くんに勝ちたいな」

「お、おう……」

「あのね、百人一首にこんな歌、あるよね」

そう言うと、咲良さんは次の歌を読んだ。

「しのぶれど 色に()でにけり わが恋は」

それを受けて、俺は下の句を読む。

「ものや思うと 人の問うまで」

恋心は隠してきたつもりだったけど、表情に出ていたようだ。恋をしているのかと、人に問われてしまった。
そういう意味の歌だ。


「じゃあ、俺も。咲良さん、この歌の下の句、分かる?」

俺は言った。

「かくとだに えやはいぶきの さしも草」

咲良さんは答える。

「さしも知らじな 燃ゆる思いを」

私の思いはなかなか伝えられません。あなたはご存知ないでしょう。私があなたのことを、こんなにも好きだということを。


俺は微笑んだ。
咲良さんも微笑んだ。

お互いの思いは通じ合った。


こうして、俺たちは付き合うこととなった。


でも、来年の百人一首の大会はどうなるのかな。
咲良さんとは戦いたくないな。


俺は、桜の札が……嫌いだ……



《 了 》



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「咲良さんって、百人一首、得意だったんだね」
「え? あ……うん。恭介くん、すごいね。1位おめでとう!」
「それほどでもないよ」
咲良さんから褒められて、俺は有頂天になってしまう。
俺は、気になっていたことを咲良さんに聞いた。
「あのさ……咲良さんが取っていた|札《ふだ》って……」
「あ! バレた? さすが、恭介くん」
そう言う咲良さんの白い頬に、うっすらと赤みが差した。
まるで、雪原に咲く花のようだ。
「咲良さんが取っていた|札《ふだ》って、桜を|詠《よ》んだ歌だよね」
「うん。私、自分の名前が|咲良《さくら》だから、|桜《さくら》を詠んだ歌だけは絶対に取ろうと思って」
「やっぱりそうだったんだ。納得」
俺は一目惚れした咲良さんと、いい感じに話をすることができた。
きっと、俺の顔も赤くなっていたことだろう。
* * *
家に帰った俺は、咲良さんのことばかり考えていた。
百人一首を好きな女の子がクラスにいるとは思っていなかった。
ちょっと無表情な感じの子だけど、笑うとかわいい。
俺の中でどんどん妄想が膨らむ。
百人一首が好きな咲良さんは、きっと俺のことを好きに違いない。
なんて勝手な妄想なのだろうと自分でも思うが、そうであってほしいという俺自身の期待が、冷静な判断力を失わせていた。
『みちのくの しのぶもじずり 誰ゆえに 乱れそめにし 我ならなくに』
私の心が乱れ始めたのは誰のせいでしょう。それは私のせいではなく、あなたのせいなのです。
実際に恋することで、恋を詠んだ和歌になんだか共感できるようになった気がする。
今日はなんだか寝付けそうにもない。
俺は、窓の外の月を見てみた。
美しい満月だった。
『嘆けとて 月やわものを 思わする かこち顔なる 我が涙かな』
昔の人は月を見て、愛しいあの人も今頃は同じ月を見ているのだろうか、なんて思いにふけったという。
咲良さんも、今頃、俺と同じように眠れなくて、こうして月を見ていたりして。
あぁ、また変な妄想をしてしまった。
明日は、全校百人一首大会の本番だ。
妄想ばかりしていないで、早く寝なくては……
夢に、咲良さんが出てきたらいいな……
* * *
翌朝、俺はいつもより早く起きてしまった。
そして、とてつもなく眠い……
睡眠が浅かったようだ。
で、咲良さんの夢を見たのかというと、そんなご都合主義的な展開があるはずもなく、俺は何の夢も見ていなかった。
『すみの江の 岸による波 よるさえや 夢の通い路 人目よくらむ』
夢の|通《かよ》い|路《じ》で、俺は咲良さんに会うことはできなかった……
* * *
俺は教室に入った。
咲良さんは、相変わらず白い顔をしており、そして、無表情だ。
なんとなく近づきがたい雰囲気がある。
しかし、俺は知っている。
百人一首の札を取った時に見せる咲良さんのステキな笑顔を。
当たって砕けろ!
俺は、咲良さんと仲良くなりたくて、思い切って話しかけてみた。
「今日は百人一首大会だね。どう? 自信ある?」
「え? えぇ……うん。まぁまぁかな。恭介くんは全校一位を取れそう?」
「う、うん……まぁ、頑張るよ。咲良さんは、やっぱり今日も、桜の札を全部取るの?」
「え? 全部取れるかは分からないけど、桜を歌った札はできるだけたくさん取りたいな」
「たくさん取れるといいね」
よし、咲良さんと自然に会話ができたぞ!
今日の百人一首大会で優勝して、咲良さんに俺のすごさを認めてもらおう!
* * *
百人一首大会では、百首すべてが読まれるわけではない。
そんなことをしたら、最後の1枚は何が読まれるか分かっているので、とんでもない争奪戦になってしまう。
よって、残りの札が20枚になったら、そこで試合は終了だ。
100枚のうち、80枚が読まれるということ。
あと、全校生徒で100枚を取り合うなんて不可能なので、12人ずつの小さいグループに分けて行う。
実際に読み上げられる80枚を12人で取り合うのだから、1人6~7枚取れれば平均ということになる。
グループ内で1位を取るには、10枚以上は取りたいところ。
本日の百人一首大会のグループ分けが発表になった。
なんと!
よりによって、咲良さんと同じグループになってしまった。
咲良さんと一緒に百人一首ができるのは嬉しい。
咲良さんの真剣な表情や、札を取る華麗な身のこなし、揺れるポニーテール、そして、札を取った時に見せるあの笑顔……
あぁ……だめだだめだ……
咲良さんばかり見ていては、集中できなくて負けてしまうのではないか。
くそう!
咲良さんとは違うグループになり、それぞれのグループ内で2人とも1位になれたら最高だったのに。
しかし、グループはもう、決められてしまっている。
今さら、何を言っても仕方がない。
ここで問題となるのが、桜の|札《ふだ》をどうするのか、だ。
俺が取ってしまったら、咲良さんは取れなくなってしまう。
しかし、取らないでいたら俺は負けてしまうかもしれない……
あぁ……
桜の|札《ふだ》なんて嫌いだ。
絶対に咲良さんと取り合いになってしまう。
どうしたらいいんだろう……
* * *
全校百人一首大会が始まった。
俺の斜め向かいには咲良さんが座っている。
俺は、咲良さんを見ていた。
咲良さんは、いつも無表情。
いわゆる、クールビューティーだ。
視線に気がついた咲良さんがこちらを見る。
俺は思わず視線を反らしそうになったが、ここはあえて、見つめ返してみた。
咲良さんはにっこり微笑んだ。
安心した。
俺も微笑み返す。
あぁ……どうか、桜の|札《ふだ》が読まれませんように……
咲良さんと取り合いになるのは嫌だ。
でも、待てよ。
咲良さんは、できるだけたくさん桜の札を取りたい、と言っていた。
桜の札が読まれないと、咲良さんはお気に入りの札を取ることができない。
咲良さんのことを考えれば、桜の札がたくさん読まれる方がいいのか。
あぁ……桜の札なんて、嫌いだ……
* * *
隣に座る同じクラスの男子生徒が、俺に話しかけてきた。
「恭介ってさ、咲良のこと、好きなのか?」
「え?」
一瞬にして、俺の顔は赤くなる。
しまった!
動揺を見せてしまった。
隣のやつは、それを見てニヤリと笑う。
あああ……
ここは冷静にならなくては……
先生は札を読み始める。
「恋すちょう 我が名はまだき 立ちにけり……」
「はい!」
よし、1枚取った。
下の句は『人知れずこそ 思い|初《そ》めしか』
恋をしているという噂が立ってしまった。誰にも知られないように好きになりはじめたばかりだというのに、という歌だ。
ん?
これって、俺のこと?
* * *
百人一首大会は、どんどん進んでいく。
次の札はこれだ。
「花さそう あらしの庭の 雪ならで……」
きた! 桜の札だ!
勝つためには仕方ない。
ごめんよ咲良さん。
この札、取らせてもらう。
くそう、桜の札なんて嫌いだ。
「「はい!」」
俺は札を取った。
俺の手の上に、咲良さんの手が重なる。
俺の手の甲に、咲良さんの柔らかい手の感触が伝わる。
ドキドキ!
咲良さんの顔を見ると、ちょっと悔しそうな顔をして、それから、微笑んでくれた。
か……かわいい……
この後、読み上げられた数首は、俺の耳にまったく入ってこなかった。
まずい。
桜の札がどうのこうの言っている以前に、このままでは俺は負けてしまう。
ちくしょう!
だから、桜の札は嫌いなんだ。
桜の札は、俺の|静心《しずごころ》をなくしてしまう。
だめだ。
集中しよう! 集中!
* * *
「人はいさ 心も知らず ふるさとは……」
「はい!」
よし! 取った!
下の句は『花ぞ昔の |香《か》に|匂《にお》いける』
この歌は花を歌っているけれど、花は花でも《《梅》》の花だ。
《《桜》》ではない。
俺は、ちらりと咲良さんの方を見る。
咲良さんは視線に気づき、微笑み返してくれた。
* * *
「いにしえの 奈良の都の |八重《やえ》桜……」
きた! 桜の歌だ。
ここは咲良さんに取らせるべきか、一瞬迷った。
だが、勝ちたいという俺の闘争本能が札を取りにいかせる。
下の句は『今日 |九重《ここのえ》に |匂《にお》いぬるかな』
桜の品種である|八重《やえ》桜から、宮中を表す|九重《ここのえ》へとつながる、見事な構成の和歌だ。
相手が咲良さんでも、この札は取りたい!
「「はい!」」
遅かった。
俺の手は、咲良さんの手の上に重なる。
|八重《やえ》、|九重《ここのえ》と続くこの札に置かれた手は、|二重《ふたえ》となった。
咲良さんは、とびきりの笑顔で俺を見つめた。
どうだ! 取ったぞ!
そんな表情をしている。
ううう……
札は取れなかったけど、咲良さんの眩しい笑顔を見れたので良しとしよう……
* * *
百人一首大会は終わり、結果が発表された。
俺は全校で4位。
咲良さんは全校で27位だった。
残念ながら、俺は1位は取れなかったけど、咲良さんと一緒に百人一首をできて楽しかった。
そして、この試合を通じて、仲良くなれた気がする。
* * *
放課後の教室で、俺は咲良さんに話しかけた。
「桜の札、取ってしまってごめん」
「ふふふ……恭介くん、強すぎ」
「咲良さんも、いい結果出せてよかったね」
「うん。まあまあかな。来年は恭介くんに勝ちたいな」
「お、おう……」
「あのね、百人一首にこんな歌、あるよね」
そう言うと、咲良さんは次の歌を読んだ。
「しのぶれど 色に|出《い》でにけり わが恋は」
それを受けて、俺は下の句を読む。
「ものや思うと 人の問うまで」
恋心は隠してきたつもりだったけど、表情に出ていたようだ。恋をしているのかと、人に問われてしまった。
そういう意味の歌だ。
「じゃあ、俺も。咲良さん、この歌の下の句、分かる?」
俺は言った。
「かくとだに えやはいぶきの さしも草」
咲良さんは答える。
「さしも知らじな 燃ゆる思いを」
私の思いはなかなか伝えられません。あなたはご存知ないでしょう。私があなたのことを、こんなにも好きだということを。
俺は微笑んだ。
咲良さんも微笑んだ。
お互いの思いは通じ合った。
こうして、俺たちは付き合うこととなった。
でも、来年の百人一首の大会はどうなるのかな。
咲良さんとは戦いたくないな。
俺は、桜の札が……嫌いだ……
《 了 》