俺はビジネスホテルを飛び出し、無我夢中で病院へ走った。すれ違う通行人や自転車を躱し、一心不乱に。
なりふりなんて構っていられるものか! とにかく今は、親父の死に目に間に合えっ!!
ーー
「親父っ!!!」
病室には担当医と看護師、それと叔父さんが立ち会っていた。良かった……どうにか間に合ったようだ。
「お父様、心拍数がかなり落ちてきています。呼吸も浅くーー」
担当医の説明に構わず、俺は親父の手を握った。体温は感じられず、氷のように冷たくなっていた。
瞳孔も開いてきているし、意識は既にここにないかも知れない。鬼のように思えた親父が、ここまでか細く弱々しい姿になっていようとは。
「親父、しっかりしろ! 親父っ!!」
俺の必死の呼びかけにも、親父は微動だにしない。担当医達は言葉にこそしないものの、親父の容態を悟って沈黙している。
俺だって、親父がもう駄目だって分かっている。けれど、せめて一言だけでも親父と言葉を交わしたい。
「冬樹、お前の親父は天寿を全うするところだ。もういい、眠らせてやれ」
叔父さんは俺を制するように、親父との間に割って入ろうとした。俺は刹那に憤りを覚え、叔父さんを薙ぎ払った。
「頼む叔父さん、邪魔しないでくれ!!」
そして、俺は無我夢中で親父の頰を叩いた。傍から見れば、ただ狂気の沙汰だったと思われる。
親父が天寿を全うするというのなら、意地でも意識を引きずり出してやる! その一心で俺は親父の頬を叩き続けた。
「親父ぃぃっっっ!!!」
必死に叫ぶ俺を見て、担当医達は沈黙を決め込んだ。俺は、彼らの冷たい視線を背中で感じずにはいられなかった。
「……ふ」
その時、親父が一瞬意識を取り戻した。蚊の鳴くようにか細い声だけど、親父は俺に何かを伝えようとしているのが分かった。
「親父っ……!」
俺は最期の言葉を聞き逃さんと、親父の眼前まで耳を寄せた。俺の必死の呼びかけに、親父の魂が呼応したのだと実感した。
「……」
俺の頭へ親父は黙って手を添えた。腕の力は弱々しく、今にも滑り落ちてしまいそうだ。
それでも、親父は精一杯俺の頭を撫でる。氷のように冷たい掌だったけど、心に内燃する温もりを俺は感じ取っていた。
「ふ……ゆ……き……」
その掌の温もり、どことなく懐かしく感じるのは何故だろうか。思い出せない、遥か遠くの記憶かもしれない。
「親父……」
走馬灯を見ているように、俺の童心も蘇る。この感覚、思い出してきた……。