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【2】

ー/ー



「……今は仕事で手一杯で、悪いけどまだ考えられない。康之くんが結婚して子どもが欲しいんだったら、別れて他の人とそうしてくれて構わないよ。恨んだりしないし、絶対! ──あたしには、あなたの人生左右する権利なんかないから」
「俺はただ結婚したいんじゃない。子どもが欲しいんでもない。──百合ちゃんとでなきゃ、意味ないんだ」
 あのとき勝手に口をついて出た台詞は、紛れもなく俺の本心だった。
 ──それは今も変わらない。
 今の俺たちには、未来の輪郭は霞んで見える。だけどその向こうに、確かな想いがあるのなら。
 春霞の中、俺たちは少しずつ日を重ね関係を深めて行く。
「俺は別に、結婚とか子どもとか、家族の形を整えたいわけじゃないんだよ」
 改めて告げた俺に、百合はいつになく自信なさげに言葉を続けた。
「……今は良くても──」
「そうだな。もしかしたら後悔する日が来るのかもしれない。でもそれは百合ちゃんのせいじゃないだろ。決めたのは俺なんだからさ」
 百合はまだ何か言い掛けて、──結局口を噤んでしまう。
「……百合ちゃん。結婚したくない、んじゃないよな?」
 俺の言葉に、百合はついと視線を寄越した。そのまましばらく見つめ合って、問われた内容を咀嚼できたのかゆっくり口を開く。
「うん。『絶対したくない!』っていうのはない。康之くんのことも好き。でも、結局いつならできるのかって考えても答えが出ないの。──だってこれから、暇になることなんてまずないじゃない?」
 百合の気持ちは俺にもよくわかる。
 実際この先の俺たちは、日を重ねるごとに中堅からベテランとして責任が増して行くばかりだ。
 だから、俺は以前から考えていた案を切り出した。

「百合ちゃん、思い切って一緒に住まないか? 『結婚』ってなると何かと大変だし、二人の問題だけじゃ済まない。でも単なる共同生活(同棲)なら、無理だと思えばいつでも解消できるだろ? いや、最初からダメな場合を想定するのもどうかとは思うけど」
「……康之くん、え、っと──」
 百合は、俺とは違ってそんなこと頭にもなかったらしく、返す言葉がない様子だ。
「もちろん家のことは金銭的にも家事なんかも、全部きっちり平等でさ」
 俺は、一人暮らしで管理してくれる人が居ないからこそ、特に食べ物には自分なりに気をつけていた。
 さすがにすべて自炊とは行かないが、料理できるときは纏めて作って、昼も自作弁当を持参することも結構ある。
 つまり、同居で彼女の負担が一方的に増えることはない、と自信を持って言えるのだ。
 そして、言ったからには実行してみせる。俺の誇りに賭けて。
「むしろ、自分も相手も完璧にできなくても仕方ないって感じで気楽にさ。二人で折半したら、一人当たりの分担て減るだろ? ──俺も一人暮らし長いし、自分の面倒は自分で見られるよ。別に百合ちゃんに母親代わりに世話してもらおうなんてこれっぽっちも思ってないから。これは結婚するにしても変わらないけど」
 百合は、完全主義的なところがある。
 おそらく彼女は、仕事と家庭との両立の面でどちらかが疎かになる不安で悩んでいるんだろう。
 すべてにおいて全力投球したい性格だと思うから。
「ありがとう。──でも、すぐには決められない。ゴメン」
「いや、当然だって。今すぐ答えろなんて求めてないし。ただ、よかったら少し考えてみて」
「……うん」
 微笑みながら頷いた百合に、少なくとも考慮の余地くらいはありそうで安心した。
 答えはまだ出ていない。だけどそれでいいと今は思っている。
 大事なのは、ふたりで選ぶこと。ふたりで前に進むこと。
 春はこれから何度でもやってくる。俺たちのこれからが、いつか花開く春でありますように。

 一緒に暮らすにしても、その先結婚するにしても、──このまま、たまに会うだけの生活を続けるのだとしても。

                            ~END~



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「……今は仕事で手一杯で、悪いけどまだ考えられない。康之くんが結婚して子どもが欲しいんだったら、別れて他の人とそうしてくれて構わないよ。恨んだりしないし、絶対! ──あたしには、あなたの人生左右する権利なんかないから」
「俺はただ結婚したいんじゃない。子どもが欲しいんでもない。──百合ちゃんとでなきゃ、意味ないんだ」
 あのとき勝手に口をついて出た台詞は、紛れもなく俺の本心だった。
 ──それは今も変わらない。
 今の俺たちには、未来の輪郭は霞んで見える。だけどその向こうに、確かな想いがあるのなら。
 春霞の中、俺たちは少しずつ日を重ね関係を深めて行く。
「俺は別に、結婚とか子どもとか、家族の形を整えたいわけじゃないんだよ」
 改めて告げた俺に、百合はいつになく自信なさげに言葉を続けた。
「……今は良くても──」
「そうだな。もしかしたら後悔する日が来るのかもしれない。でもそれは百合ちゃんのせいじゃないだろ。決めたのは俺なんだからさ」
 百合はまだ何か言い掛けて、──結局口を噤んでしまう。
「……百合ちゃん。結婚したくない、んじゃないよな?」
 俺の言葉に、百合はついと視線を寄越した。そのまましばらく見つめ合って、問われた内容を咀嚼できたのかゆっくり口を開く。
「うん。『絶対したくない!』っていうのはない。康之くんのことも好き。でも、結局いつならできるのかって考えても答えが出ないの。──だってこれから、暇になることなんてまずないじゃない?」
 百合の気持ちは俺にもよくわかる。
 実際この先の俺たちは、日を重ねるごとに中堅からベテランとして責任が増して行くばかりだ。
 だから、俺は以前から考えていた案を切り出した。
「百合ちゃん、思い切って一緒に住まないか? 『結婚』ってなると何かと大変だし、二人の問題だけじゃ済まない。でも単なる|共同生活《同棲》なら、無理だと思えばいつでも解消できるだろ? いや、最初からダメな場合を想定するのもどうかとは思うけど」
「……康之くん、え、っと──」
 百合は、俺とは違ってそんなこと頭にもなかったらしく、返す言葉がない様子だ。
「もちろん家のことは金銭的にも家事なんかも、全部きっちり平等でさ」
 俺は、一人暮らしで管理してくれる人が居ないからこそ、特に食べ物には自分なりに気をつけていた。
 さすがにすべて自炊とは行かないが、料理できるときは纏めて作って、昼も自作弁当を持参することも結構ある。
 つまり、同居で彼女の負担が一方的に増えることはない、と自信を持って言えるのだ。
 そして、言ったからには実行してみせる。俺の誇りに賭けて。
「むしろ、自分も相手も完璧にできなくても仕方ないって感じで気楽にさ。二人で折半したら、一人当たりの分担て減るだろ? ──俺も一人暮らし長いし、自分の面倒は自分で見られるよ。別に百合ちゃんに母親代わりに世話してもらおうなんてこれっぽっちも思ってないから。これは結婚するにしても変わらないけど」
 百合は、完全主義的なところがある。
 おそらく彼女は、仕事と家庭との両立の面でどちらかが疎かになる不安で悩んでいるんだろう。
 すべてにおいて全力投球したい性格だと思うから。
「ありがとう。──でも、すぐには決められない。ゴメン」
「いや、当然だって。今すぐ答えろなんて求めてないし。ただ、よかったら少し考えてみて」
「……うん」
 微笑みながら頷いた百合に、少なくとも考慮の余地くらいはありそうで安心した。
 答えはまだ出ていない。だけどそれでいいと今は思っている。
 大事なのは、ふたりで選ぶこと。ふたりで前に進むこと。
 春はこれから何度でもやってくる。俺たちのこれからが、いつか花開く春でありますように。
 一緒に暮らすにしても、その先結婚するにしても、──このまま、たまに会うだけの生活を続けるのだとしても。
                            ~END~