「あたしたちってさ、傍から見たら『バカップル』ってやつなんじゃない?」
「は? 何言ってんの? 百合ちゃん」
まったく意味がわからないないまま返した俺に、百合は食事の手を止めて答える。
「だってさぁ。三十代の、特に美男美女でもない二人が『康之くん』『百合ちゃん』って呼び合ってんのよ、外で。こんな素敵なレストランで」
「えーと、嫌だった? 『百合さん』て呼ぼうか?」
「……康之くんてなんかずれてるよね。学校では違うみたいだけど」
含み笑いする恋人に、俺は少し混乱する。
今日は一ヶ月ぶりのデートだった。「記念日」でもないのに気合の入った店を選んだのもそのためだ。
担任を持つと尚更だが、新学年が始まってしばらくはそれこそ息をつく暇もない。ただし俺たちは同業者なので繁忙期も重なりやすく、お互いの事情もわかるので不満も特になかった。
会える時に会って、気に入った店で食事して、まぁそれからどちらかの部屋に行って……ってスタイルが、もう何年も続いている。
彼女、逢坂 百合とは大学の同級生だった。
ただし、大学のときからずっとそういう関係だったわけではない。
偶然、隣接する市の私立校の教員になって、国語教育の研究会で再会したのが交際の切っ掛けだった。
俺は共学高校、彼女は女子中高一貫校高等部の、共に国語教諭をしている。
当時、卒業して五年目だったが、百合はスーツ姿以外は学生時代とまったく変わっていなかった。
ぺたんこ靴でも俺より背が高く、一応ノーメイクではない程度の化粧、髪は染めても巻いてもいないポニーテール。
……ポニーテール、でいいのか俺には正直わからないが、とりあえず後ろでひとつに束ねていた。ちなみに、今は肩に掛からない程度に短くしている。
おそらくは俺もたいして変わっていなかったんだろう。目が合った瞬間、自然に呼び合っていた。さすがに名前ではなく「高橋くん」「逢坂さん」だったが。
その日は出席者の懇親会があり、少し話はできた。……でもとても足りなくて、また会いたい、もっとこの人と話したい、と強く思った。
彼女も同じだった、のが俺には何故か伝わったんだ。
──きっと、あれは運命だった。他人から見たらごく些細な、くだらないことかもしれないけれど。
連絡先を交換して別れ、翌日にはもう次の誘いを掛けていた。でも、実際に会えたのは十日は後だったな。
その後すぐに付き合い出して六、七年になる。
俺も百合も、もう三十代半ばだ。結婚するなら彼女しかいないと今も思っている。
ただ、やはり仕事が忙しくてプライベートはどうしても後回しになってしまっていた。
「結婚は勢いよ! いやまあ、勢いだけじゃだめだけど、でも勢いがないとできないのよ!」
同じ学校の先輩女性教諭の熱弁を、今更のように実感する。彼女は二十代で結婚したそうで、四十目前の今は二人の小学生の母だ。
……飲みの席で、なんでそんな話になったのかは全然覚えちゃいないんだけど。
結局、百合の真意は不明のまま。それでも美味しく食事を終えて、俺たちは店を後にした。
「康之くん、後悔してない?」
今日は俺の部屋で過ごすことになり、並んで歩く道中。またも彼女からの唐突な問い掛け。
「後悔、って……。百合ちゃん、さっきからどうかした?──なんかあったの?」
「直美、今度二人目生まれるんだって。あ、覚えてる? 篠原さん。今は江本さんだけど」
「もちろん覚えてるよ。そういえば、百合ちゃんと篠原さん仲良かったっけ」
旧姓篠原 直美も、俺たちの大学の同級生だ。彼女は確か中学校の教員だった筈。
「……あたしじゃなかったら、康之くんももうとっくに結婚して、可愛い子どもの一人や二人もいたんだろうなって」
実は、数年前百合に求婚したことはあった。……実質断られたわけだが。