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商談99 火竜もとい蛙

ー/ー



 俺は喰う兵衛の五平餅を噛み締め、郷愁を覚えつつも活力をもらった。故郷の情景、いつまでも変わらないでいて欲しい。
「ふっ君、また来てなぁ!」
 正美おじさんの笑顔も、また見られるといいな。故郷から元気をもらえたことだし、そろそろ今日の宿へ向かおうか。
ーー
 今宵の宿は、何ら変哲の無いビジネスホテル。夕食はホテル内のバイキングで済ませ、大浴場でひとっ風呂。
 日中は贅沢三昧だったので、宿泊は財布の紐を締めることにした。けれど、こういうところの食事はお世辞にも美味いとは言えない。
 大浴場も所々に老朽化の跡が見られる。室内はそれなりに綺麗で、ベッドもふかふか。寝心地は良さそうだ。
 テレビは今時珍しいブラウン管。テレビカードで大人の番組も観られるようだが、今日のところは用がない。
「ふぅ〜……」
 風呂上がりの俺は、コーラで憩いの一杯。言い忘れていたが、俺は下戸で酒が一滴たりとも飲めないんだ。
 コーラの刺激は何とも爽快で、あらゆる邪念が吹き飛んでしまう。下戸でなければビールをかっ喰らいたいところだが、残念ながらそれは叶わぬ夢だ。
「さてと……今日のこと、秋子へ話さないとな」
 叔父さん話を思い出すと、途端に気が重くなる。蛇の毒牙はまだ抜けていないんだ。
 重苦しい気持ちで、俺は秋子へ電話を掛ける。もちろん、事前にチャットで連絡時間を投げてある。
 家族と言えど、主婦は忙しいからなぁ。アポイントを取らなかった日には、秋子が鬼の形相となることは想像に難くない。
『はい。冬樹、話って何? その様子だと、かなり思い詰めているようだけど?』
 さすがは俺の伴侶。声色だけで俺の心境を読み取ってしまうのは、夜職という経験値があってこそ。
「まぁ……俺にとっても、我が家にとってもかなり重大な話になるだろうなぁ」
 入間ホールディングス社長後任人事、俺にとっては想定外の話。鹿児島の火竜といえど、この時ばかりは蜥蜴(とかげ)もとい蛙のように身が硬直していた。
「何をもったいぶっているの? 隠し事があるなら、早いとこ吐いちゃいなさい!」
 秋子、そういうことじゃない。日本企業の御三家、その代表に抜擢されたという重大な話なんだ!!
 その事実を口に出そうとすると、心なしか内臓が飛び出そうになる。蛙は胃ごと異物を吐き出すというが、むしろ心臓まで飛び出そうな感覚だ。
「……分かった! もしかして社長になるとか!?」
 ……その通りです、我が妻よ!! この時の俺は、車道で()かれた蛙の如く盛大にひっくり返った。


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 俺は喰う兵衛の五平餅を噛み締め、郷愁を覚えつつも活力をもらった。故郷の情景、いつまでも変わらないでいて欲しい。
「ふっ君、また来てなぁ!」
 正美おじさんの笑顔も、また見られるといいな。故郷から元気をもらえたことだし、そろそろ今日の宿へ向かおうか。
ーー
 今宵の宿は、何ら変哲の無いビジネスホテル。夕食はホテル内のバイキングで済ませ、大浴場でひとっ風呂。
 日中は贅沢三昧だったので、宿泊は財布の紐を締めることにした。けれど、こういうところの食事はお世辞にも美味いとは言えない。
 大浴場も所々に老朽化の跡が見られる。室内はそれなりに綺麗で、ベッドもふかふか。寝心地は良さそうだ。
 テレビは今時珍しいブラウン管。テレビカードで大人の番組も観られるようだが、今日のところは用がない。
「ふぅ〜……」
 風呂上がりの俺は、コーラで憩いの一杯。言い忘れていたが、俺は下戸で酒が一滴たりとも飲めないんだ。
 コーラの刺激は何とも爽快で、あらゆる邪念が吹き飛んでしまう。下戸でなければビールをかっ喰らいたいところだが、残念ながらそれは叶わぬ夢だ。
「さてと……今日のこと、秋子へ話さないとな」
 叔父さん話を思い出すと、途端に気が重くなる。蛇の毒牙はまだ抜けていないんだ。
 重苦しい気持ちで、俺は秋子へ電話を掛ける。もちろん、事前にチャットで連絡時間を投げてある。
 家族と言えど、主婦は忙しいからなぁ。アポイントを取らなかった日には、秋子が鬼の形相となることは想像に難くない。
『はい。冬樹、話って何? その様子だと、かなり思い詰めているようだけど?』
 さすがは俺の伴侶。声色だけで俺の心境を読み取ってしまうのは、夜職という経験値があってこそ。
「まぁ……俺にとっても、我が家にとってもかなり重大な話になるだろうなぁ」
 入間ホールディングス社長後任人事、俺にとっては想定外の話。鹿児島の火竜といえど、この時ばかりは|蜥蜴《とかげ》もとい蛙のように身が硬直していた。
「何をもったいぶっているの? 隠し事があるなら、早いとこ吐いちゃいなさい!」
 秋子、そういうことじゃない。日本企業の御三家、その代表に抜擢されたという重大な話なんだ!!
 その事実を口に出そうとすると、心なしか内臓が飛び出そうになる。蛙は胃ごと異物を吐き出すというが、むしろ心臓まで飛び出そうな感覚だ。
「……分かった! もしかして社長になるとか!?」
 ……その通りです、我が妻よ!! この時の俺は、車道で|轢《ひ》かれた蛙の如く盛大にひっくり返った。