彼女の手には、昨日クリニックでもらったパンフレットが握られていた。美代子はそれを何度も読み返したのだろう。「私、昨日そのパンフレットを見て、他の性感染症のことも知りました。第1期はしこりとか潰瘍ができるだけで、痛みもないから気づかない人も多いんですって。第2期になると発疹とか熱が出てきて、インフルエンザと間違える人もいるらしいです。第3期は、もう怖くて読めませんでしたけど、神経梅毒ってなると、目が見えなくなったり、頭がおかしくなったりするって書いてあって。野村先生の注射のおかげで、私そこまで行かなくて済んだんだって、改めて感謝したんです。美咲先生に相談しないでほっておいたらどうなっていたんだろうって。てか、マジで命拾いした気分なんよね」美代子がそう話すと、美咲はホッとした。彼女が自分で調べ、学ぼうとしている姿勢に、教師として希望を見出した。
「美代子ちゃん、詳しく調べたんやね。先生は野村先生から初期なら治るって聞いただけで、他のことはよう知らんかったっちゃ。パンフレットに『早期発見が大事』って書いてあったのは覚えてるけど。君が自分で気づいて、治療受けたのは偉いばい。ぶっちゃけ、私やったらパニックなっとったばい」美咲が言うと、美代子は笑った。
「あ!私が話してばっか!先生、私をお呼びになったんですよね?何か御用がありましたか?」
「そやそや。美代子ちゃん、私は、この学校からパパ活をマジでなくしたいんばい。パパ活でセックスしてお金もらって、ってだけやったら良いんやが、君みたいに二次感染者が出るやろ?この学校の子で、もしも、その子に彼氏がおって、コンドームをしないでやっちゃったら、その彼氏が三次感染者になるかもしれん…どんどん広がる。もう美代子ちゃんは身にしみとるやろうけど、それは彼女、彼氏の人生、両親、親族の人生も変えてしまうっちゅうことやね。それを私は止めたいんばい。それも校長にも教頭にも教師にも知らせず公にせず、闇から闇に葬ってしまうつもり。パパ活をやっとる子をひっ捕らえて、匿名で野村先生に検査してもらって、人生終わりやよ、って野村先生に脅してもらう。もし、二次感染しとるなら、美代子ちゃんと同じく治療を受けさせる。それをやりたいんばい(ああ、お金が…)」
「崎山先生!それ、マジそれな!私みたいな子を増やしたくないです…でも、私のことは…」
「美代子ちゃんのことを知っとるのは、私と野村先生…保健所の担当員も入れて三人やね」
「それ以外で、みんなに知られたら…」
「大丈夫。このことは墓場まで持っていくばい。だけどね、こんなことは、私一人でできん。野村先生と保健所の担当員にウチの高校の生徒の素行調査をさせるわけにもいかん。やけん、もう一人、美代子ちゃんのこの事情を教えて、手助けをしてもらわにゃいかん。正直、こんな大事な仕事、給料に反映してほしいっちゃ。(ああ、お金が…)それは私のこの学校の教師でなけりゃならん。この学校の問題やけん」
「崎山先生!あの、その、瀬戸(大翔)先生や川島(悠馬)先生、幕田(悠斗)先生たち男子教師はイヤです!教師とは言え男子ですから、彼らに私の秘密を知られたら舌を噛んで死にます!」
「いいや、私だって、男子教師に手伝ってもらおうとは思わんばい。女子の問題やけん」
「え?じゃあ、国語の福永(彩花)先生?」
「彩花は…情緒的で、不思議ちゃんやけん、不適格やね」
「…ということは、長尾(遥香)先生?それ、ダメでしょ!彼女、優しそうですし行動力も決断力もあると思いますが、なんとなく…腹黒いっていうか、二面性があるというか…なんか『そんな問題、公にして通報して全校で取り組めばいいじゃない!いち教師が穏便に内緒で解決なんて、できんわ!信じられん!』って言われそうで」
やっぱり、生徒は教師の本質を見てるとね、と美咲は思った。「彼女の痛いところを突くやないか、美代子ちゃん。まあ、遥香は正義の番人で、『サンタマリアの名に誓い全ての悪に鉄槌を』って言うような奴やけんね。(あ!BLACKLAGOONのロベルタなんて知らないか!)結論がゼロか百しかないんばい。でも、大丈夫。遥香には私の言うことを聞かせる。彼女は私に従う義務があるんばい」
「それって、美咲先生が遥香先生の何かを知っとるってことですか?」
「まあね。長崎市の中学高校からの付き合いやし、大学時代も四年間一緒やったけん、いろいろあるんばい。美代子ちゃんには言えんけどね。やけん、遥香には美代子ちゃんのことは説明する。できれば、遥香に美代子ちゃんから直接説明して欲しい。イヤやろうけどね。それで、生徒の素行調査で秘密に動くって、尾行したり写真を撮ったりせにゃいかんけん、私一人でやるよりも遥香と一緒にやったほうが、早く解決するってわけばい」
「遥香先生…苦手なんですよ」
「ま、佐藤美穂がまず相手やろう?佐藤美穂って、君をパパ活に誘った副生徒会長やろ。いつも笑顔で優等生ぶっとるけど、裏垢で『#P活船橋』呟いてたって君が言うた子やね。表では生徒会室でテキパキ動いて、教師や生徒に信頼されとるけど、裏じゃ君に『イチゴすぐ稼げるよ』って緑で誘った奴やけんね。実は、私も佐藤のことよう観察しとったんよ」
「授業中はノートキレイに取って、先生に質問までしとるけど、休み時間にスマホで何かコソコソやっとるの見て、怪しいなって思っとった。美代子ちゃんが言うた後で、パパ活やっている子が患者にいるって言うので、野村先生に確認したら、佐藤が他の子にも声かけとる可能性が高いって言うたばい。みんなで渡れば怖くない、って話なんだろうね。佐藤、裏垢で『船橋のP活、稼げるよ』って呟いて、他の女子高生にもDM送っとるかもしれん。そんで、クラスの男子と付き合っとる噂もあるけん、パパ活の金でデートしとるかもしれんし、そいつに感染させとる可能性もあるっちゃね」
「佐藤美穂も遥香と同じで、二面性があると思うんばい。遥香も中学高校で生徒会長、正義の番人やったけん、佐藤の心理もわかるはず。あの頃の遥香はさ、生徒会の会議で遅刻した子に『規則を守らん奴は許さん』ってキレて、泣かせたこともあったばい。裏じゃ、私と一緒に隠れてタバコ吸っとったこともあったけん、二面性はバッチリやね。私が大学でバイトサボった時も、『サンタマリアの名に誓い全ての悪に鉄槌を』って冗談で言いながら、私のバイト代立て替えてくれたこともあった。ほんで、遥香は正義感強いけど、自分の弱み握られると黙るタイプやけん、私が昔の秘密知っとるって言うたら、渋々でも協力するしかなかばい。佐藤みたいな子を説得するなら、遥香のあの怖い顔と正義の演技が使えると思うんよ。それで、佐藤を脅す…違う!説得するのは遥香にやらせる。私は、そういうの、得意やないんばい」
「わ、わかりました。でも、遥香先生で四人目。もう、それ以上この話を知っている人を…」
「約束するばい。遥香で最後。四人でおしまい。後は、みんな墓場まで持って行く、それで良い?」
「了解しました!じゃあ、もう遥香先生をここにお呼びして、説明しちゃいましょう!」
「おお、首都圏の子にしておくのはもったいない。九州っ子みたいやね」
早速、遥香に電話する美咲。
電話を切った美咲が「遥香、今すぐ来るって。覚悟しときや」と言った。美代子は目を丸くした。
《《登場人物》》
🔴《《崎山美咲》》(さきやま みさき)。誕生日は2001年8月15日(終戦記念日。私は敗戦記念日だと思っていますけどね)ショートカットにピアスを付け、ギャル風の見た目ですが、礼儀正しく生徒に丁寧に接するギャップが魅力。元ギャルです。
🔴《《野村玲奈》》(のむら れいな)。34歳。出身地は九州熊本。《《伊達美代子》》の性感染症の主治医。千葉レディースクリニック勤務。美咲のパパ活撲滅に賛同し、パパ活をやっている《《佐藤美穂》》に性感染症、梅毒の恐ろしさを説明して、感染症検査を受けさせる役を買って出る。
🔴《《長尾遥香》》(ながお はるか)。誕生日は2001年4月22日。普段は柔らかい雰囲気ですが、授業ではテスト対策を緻密に計画する計算高い一面も。純粋さゆえに悪者になれない性格で、美咲を支えます。元生徒会長の「良い子ちゃん」ですが、裏では少し腹黒い一面も。
🔴《《福永彩花》》(ふくなが あやか)。誕生日は2001年10月10日。内向的ですが、純粋で努力家。生徒に感謝されると感動し、他人の言葉を誤解しがちですが、嫌味を気にしない幸運な性格。不思議ちゃんです。
🔴《《伊達美代子》》(だて みよこ)。誕生日は2008年2月14日。ショートカットに少し茶色を入れた髪とマスクが特徴で、ギャル風の見た目だが小心者。家族に隠れてパパ活を始め、梅毒に感染し、生物教師・崎山美咲に助けられる。副生徒会長・佐藤美穂に誘われたのがきっかけで、彼女の裏の顔に驚きつつ断れなかった自分を悔やむ。学校では明るく振る舞うが、本音を隠しがち。
🔴《《佐藤美穂》》(さとう みほ)。誕生日は2007年11月30日。ストレートの黒髪と眼鏡で優等生の印象だが、裏垢でパパ活を楽しむ二面性を持つ。副生徒会長として生徒会を仕切り、教師や生徒に信頼されるが、ストレス発散で始めたパパ活で伊達美代子を誘う。美咲には好印象を与えているが、美代子の告白で秘密がバレる危機に。表裏のギャップに葛藤しつつ、完璧を求める性格。