四月になったある日の仕事帰り。
俺は自宅マンション入り口で、部活だか何だか知らないけど遅くなったらしい愛とばったり顔を合わせた。
「遼くん、これ可愛いし使いやすい! わたし、すっごいお気に入りなんだ~」
愛が俺の買ってやったスマホケースを鞄からわざわざ出して見せながら、嬉しそうにしてる。
「そっか、よかった。愛、水色好きだよな」
何気ない俺の台詞に、愛は意味ありげに笑った。
「遼くんが好きな色だから。──そうだよね? 毎日いつでも目に入るから、見るたびに遼くんと一緒にお店行った時のこと思い出すんだ」
愛が俺の胸元を指しながら話すのに狼狽えてしまう。今日はまさに水色のネクタイだから。
確かに俺は青系好きだよ。もちろん他の色も持ってるけど!
「……愛、その制服似合うな。大人っぽい」
なんとも返しようがなく、というより反応しちゃいけない気がして、俺は意図的に話題をずらした。
小心者なんだよ、どーせ。
黒のブレザーと深緑のチェックのスカート、襟元に同じく深緑のリボン。
俺の母校とは違う高校だけど、ここの制服は俺の時代から変わってないみたいだ。
「そう? ありがと」
俺の内心なんて知ってか知らずか澄まして礼を言う愛に、俺はまったく勝ててない。情けない。
五、六年前には五十センチ近くあった身長差は、もう二十センチもない。
ほとんど何も変わってないような俺と違って、愛はめまぐるしいスピードで変貌して行った。成長して来たんだ。
相変わらず長いストレートの髪も、とっくに以前みたいなツインテールにはしてないしな。
中学は俺の時と同じなら「肩より長い髪は結ぶ」規則だったから、ポニーテールにしたりお団子みたいにしたりしてたっけ。高校は髪型は自由らしくて、今もそのまま垂らしてる。
さらさらの黒髪。
ほんの小っちゃな子どものころから綺麗な子だと思ってたけど、最近は眩しいくらいだ。
──俺、何言ってんだ?
俺は今、二十五歳。
十歳年下の愛は十五歳。
この年齢差が縮まることは当然ながら永遠にない、んだけど。年を経るごとに「年の差」の感じ方が変わって来てる気がする。
愛が俺に、何というかほのかな恋心? を抱いてるらしいのは知ってた。
そりゃ一応隠す気はあったんだろうけどさ。怖いもの知らずの子どもだからなのか、ワザとなのか、わりと駄々漏れだったしな。
でもそんなの恋に恋する少女の、それこそすぐに遠い過去になっちゃう砂糖菓子みたいな『初恋』だって甘く見てた。
小学生の女の子が「近所のお兄ちゃんが好き」なんて、マンガのネタとしてもベタ過ぎるくらいありふれた話だろ。
だけど、愛はもう高校生だ。子どもだけど子どもじゃない。
俺も大学時代に彼女くらいいた。
何故かどの子とも続かなかったんだけどさ。「遼、あたしのことなんか好きじゃないよね?」なんて言われても、好きじゃなきゃ付き合うわけないだろ! としか答えようもないのに。
……何が悪かったんだろーな。
就職してからはあらゆる意味で余裕なくてそれどころじゃなかったとはいえ、ずっと独り身でいいなんて思ってない。
機会さえあれば、って今も考えてるよ。
だから俺は、本当に愛を思うなら突き放してやるべきなんだろう。
不毛な初恋なんて想い出にして心の中に仕舞っとけよ、って笑って告げてやった方がいいんだよな。
十も年上の俺なんかより、同年代のカッコいい男の子のほうがお前に相応しいよ、って。
頭ではわかってる。もう何年も前から。
言葉を失くした俺を気にする素振りもなく、愛はエレベーターの中でも廊下でも一人で喋ってた。
曖昧な相槌を打つだけの俺の顔に、斜め下から視線を寄越しながら。
生まれた時から知ってる、隣の子。
小さい頃はただ『妹』みたいなもんだった。いや、今だって何も変わらない、筈なんだ。
──その筈、だったんだ。今日までは。
~END~