【2】②
ー/ー「その当時、というかそれからしばらくは記憶も曖昧でね。退院してからもずっとそばにいてくれた夫の存在も感じられてなかった。でも彼はそんな私を静かに支えてくれて……。ジェットを持とうって提案してくれたのも夫よ。オーダーで、彼のはタイピンなの」
ふと、テーブルに置かれた真寿美の手が視界に入った。固く結ばれた拳から零れた細いチェーンが微かに震えている。
彼女の表向き穏やかな様子は、おそらく千恵理のためなのだろう。
思い出すのも辛い筈の内容にも拘らず、後輩にできるだけ負担を掛けないようにと。
「まあ流石にこの歳になれば、周囲の『親切心からの』雑音もなくなって気楽なものよ」
「あ、あたし何も知らなくて……。そんなの言い訳にもならないってわかってますけど、本当に申し訳ありま──」
それ以上は喉が詰まって何も言えない。
つまり真寿美は、今に至るまでは長らく「雑音」に悩まされて来たのだ。千恵理のような善人面をした不躾な他人に。
「ああ、清水さんが謝る必要なんてないから。『子どもいなくて将来どうするの?』とか『子無しの共働きって贅沢できて羨ましい』なんかは正直気分は良くないけど、貴女のは全然違うもの」
これは私の謝罪なの、と真寿美が続けた。
「こんなものとは縁がない方がいいっていうのは本音よ。でもあの言いようはなかったわ。ごめんなさいね」
「そん、……内藤さんこそそんな風に仰らないでください。あたしが無遠慮で踏み込みすぎたんです。だから──」
訥々とどうにかそれだけ口にした千恵理に、真寿美は「気にするな」と伝えるように小さく首を左右に振る。
「私はこれからもずっと、このペンダントを離さないと思う。だからもし目に入っても知らん顔してくれたら嬉しいわ」
無神経な後輩に対するものとは思えない優しい笑み、温かな声音。
「もちろんです。あの、これからは他の人の事に首突っ込んだりしたりしないように、本当に気をつけますから!」
「清水さんには黒よりいつも着てる明るい色の方が似合ってる。急がなくても年は取るし、その分経験も重ねて行けるんだから背伸びも真似も要らないでしょ。『今のあなたの色』を大事にして」
ゆったりと頷いて返してくれる真寿美に、千恵理は自分自身の未熟さを痛感する。
「仕事ができる、キレイでカッコいい大人の女」といった表面的な憧れだけで彼女を見ていた。
しかし、真寿美が話してくれたことで彼女の真の強さを理解できた気がする。
ペンダントもファッションも黒がこれ程までに似合うのは、きっとこの人が本質的に白だからではないか。
黒に黒を重ねても、ただぼやけて溶けてしまう。
──やっぱりあたしはあなたのような『キレイで強い大人』になりたい。いま口にしたら安っぽいから黙ってるけど。
言葉にしなくても、そのための努力はできる。
千恵理はその決意を心に刻みながら、これからも前に進む気持ちを新たにした。
真寿美のように強く優しい大人の女性になれるよう、自分自身の道を歩むために。
~END~
ふと、テーブルに置かれた真寿美の手が視界に入った。固く結ばれた拳から零れた細いチェーンが微かに震えている。
彼女の表向き穏やかな様子は、おそらく千恵理のためなのだろう。
思い出すのも辛い筈の内容にも拘らず、後輩にできるだけ負担を掛けないようにと。
「まあ流石にこの歳になれば、周囲の『親切心からの』雑音もなくなって気楽なものよ」
「あ、あたし何も知らなくて……。そんなの言い訳にもならないってわかってますけど、本当に申し訳ありま──」
それ以上は喉が詰まって何も言えない。
つまり真寿美は、今に至るまでは長らく「雑音」に悩まされて来たのだ。千恵理のような善人面をした不躾な他人に。
「ああ、清水さんが謝る必要なんてないから。『子どもいなくて将来どうするの?』とか『子無しの共働きって贅沢できて羨ましい』なんかは正直気分は良くないけど、貴女のは全然違うもの」
これは私の謝罪なの、と真寿美が続けた。
「こんなものとは縁がない方がいいっていうのは本音よ。でもあの言いようはなかったわ。ごめんなさいね」
「そん、……内藤さんこそそんな風に仰らないでください。あたしが無遠慮で踏み込みすぎたんです。だから──」
訥々とどうにかそれだけ口にした千恵理に、真寿美は「気にするな」と伝えるように小さく首を左右に振る。
「私はこれからもずっと、このペンダントを離さないと思う。だからもし目に入っても知らん顔してくれたら嬉しいわ」
無神経な後輩に対するものとは思えない優しい笑み、温かな声音。
「もちろんです。あの、これからは他の人の事に首突っ込んだりしたりしないように、本当に気をつけますから!」
「清水さんには黒よりいつも着てる明るい色の方が似合ってる。急がなくても年は取るし、その分経験も重ねて行けるんだから背伸びも真似も要らないでしょ。『今のあなたの色』を大事にして」
ゆったりと頷いて返してくれる真寿美に、千恵理は自分自身の未熟さを痛感する。
「仕事ができる、キレイでカッコいい大人の女」といった表面的な憧れだけで彼女を見ていた。
しかし、真寿美が話してくれたことで彼女の真の強さを理解できた気がする。
ペンダントもファッションも黒がこれ程までに似合うのは、きっとこの人が本質的に白だからではないか。
黒に黒を重ねても、ただぼやけて溶けてしまう。
──やっぱりあたしはあなたのような『キレイで強い大人』になりたい。いま口にしたら安っぽいから黙ってるけど。
言葉にしなくても、そのための努力はできる。
千恵理はその決意を心に刻みながら、これからも前に進む気持ちを新たにした。
真寿美のように強く優しい大人の女性になれるよう、自分自身の道を歩むために。
~END~
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