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エピローグ

ー/ー



「じゃあ、これとこれと……あとこれも」
 ドサッと目の前に大量の『課題』が置かれる。すごい量だ。こりゃ当分ロクに寝れないかも。
 ヒクヒクと口角を引きつらせていると、目の前にいる女性、七葉ちゃんは相変わらずのクールな顔で俺を見上げた。
「これくらいサッとできないと仕事も人も紹介できない」
 七葉ちゃんのありがたいお言葉に俺は「……っす」と呟き、そそくさと『課題』を受け取る。
 俺は4年生になり、就活をすることになった。小遣い稼ぎの延長としてやっていた七葉ちゃんの翻訳はさらにレベルアップし、もはや仕事となりつつある。というか、仕事にしたいと俺は思っている。目指すは翻訳家だ。
 大学卒業のための単位を取得しつつ、ひたすら翻訳の『課題』に取り組む日々。大変だけど目標が分かっているのでやりがいはある。
 後は進むだけだ。挨拶もそこそこに、俺は七葉ちゃんの部屋から出ていく。
 この量だと帰ってすぐに手をつけなきゃ間に合いそうにない。大学の廊下を歩きながらこの後のことを考えていると、視界の奥から友人である宗志の姿が見えてきた。
 向こうも俺に気付いたようで軽く手を挙げて近づいてくる。
「おーおつかれサコッシュ。七葉ちゃんのやつ?」
「あぁ、新しいお仕事だよ」
「いやぁ、大変だな。まっ、でも。金が必要なんだもんな」
 ポンと俺の肩を叩き、ニヤニヤと笑う宗志。こういうときのこいつは大抵しょうもないことを考えている。どうせ今回もそうだろう。
「金はまぁ、確かに必要だけど。どっちかというこれは実績作りだ。あと経験値稼ぎ」
「またまた、それだけじゃないだろ? 美穂ちゃんとの同棲資金、溜めなきゃいけないし」
「……あぁ、そういやそうだな」
 相手をするのも面倒なのでひとまず冗談を流す。
 俺は4年生、美穂ちゃんは高校2年生だ。なんでもそのままホプ女の大学へ進学するのではなく緑黄館大学に入ると息巻いているのだ。
 とはいえ彼女が大学生になるにはまだ時間がある。その間に俺は準備を進めているのだが。
「なんだよクールに流しちゃってさ。本当に上手く行ってんのか?」
「まぁまぁだよ。ていうかそういうお前こそ奈保ちゃんのこと、どうなったんだよ」
「……なにが?」
 宗志がとぼけた顔で首をかしげる。こいつ俺の知らない間に奈保ちゃんと仲良くなってたくせになにを今更しらばっくれてるんだ。
「奈保ちゃんと付き合ってるんだろ」
「は? やだなぁサコッシュじゃないんだから、女子高生には手ぇ出さないって」
「……でもデートとかしてただろ。写真あげてたし」
「そりゃデートくらいするでしょ。友達だよ友達。手すら握らせてくれないんだから」
 はっはっはと笑いながら去っていく宗志。奈保ちゃんも気の毒だ。顔が良いだけのクズに振り回されて。アイツはいつか刺されるだろう。
 大きなニュースにならないといいが。友人の後姿を眺めながら俺は密かに奴を憐れんだ。


 電車に乗って揺られていると、ちょうど目の前の席が空いた。
 すかさず座ってバッグを膝に置いて一息つくが、すぐに電車は次の駅に停まり、ドアが開く。
 人々の足音が連続する。俺の隣に座っていた背広姿の男性はハッとしてスマホをしまい、慌てて席を立つ。
 隣が空いてすぐにまた人が座る。ホプ女の制服を着た女の子は、通学用のカバンを膝の上に置いて、ぽすんっと俺の左腕に寄りかかってきた。
「進路希望はどうだった?」
 オレンジ色の瞳の美少女、美穂ちゃんへ俺は顔を向けて訊ねる。
 彼女は寄りかかった俺の左腕をムニムニと触りながら不服そうに鼻から息を抜いた。
「今のままだと難しいから……特別なカリキュラムを組むって」
「へぇ、いいんじゃない? 逆に言えばそれさえクリアできれば受かる可能性はグッと高くなるってことでしょ?」
「そうだけど……勉強きらい」
 ぼそっと呟いた本音に俺はくっくっと声を押し殺して笑う。
 そんな俺の態度がお気に召さなかったのか、美穂ちゃんは俺のシャツの袖をめくって腕の毛を引っ張ってきた。
 普通に痛い。しかしここは電車内だ。声をあげるわけにはいかない。
 ジッと我慢していると「痛みは我慢するものじゃないんだよ~」と小さな声が聴こえてきた。
 俺は思わずまた笑ってしまう。そしてそれを見て美穂ちゃんも笑った。
「ねぇ日之太さん。私が大学生になるころには、日之太さんはもういないですよね?」
「うん、順調にいけばね。残念だけど、一緒に大学生活っていうのは無理だねぇ」
「……もう2年くらい留年しませんか?」
「なんてこと言うんだこの子は」
 彼女とキャンパスライフ送りたいので留年しますなんて、そんなのできるわけがない。
 あきれ顔で美穂ちゃんを見て、ため息をついて前を向く。チラッと目線だけやると彼女は唇を尖らせて「名案だと思ったのに……」なんて言っていた。どこがだ。
「そんなわけ分かんないこと言ってたら一発パスできないぞ」
「あっ、日之太さんそういうこと言う。もしダメだったら日之太さんのせいにしちゃおっかな」
「どうやって。君のパパとママになんて報告するの」
「それはもちろん、日之太さんが私のこと束縛するから、中々勉強の時間が取れなかったって」
「それは……もしかすると……どうだろうな」
 言葉を濁し、うーんと唸る。ないと思うけど、絶対ないとは思えない。実際これから出かけるというか、一緒にいるというか、家に連れ込むわけだし。
 だが幸いなことに美穂ちゃんはそんな俺の邪な願望に気付いてはいないようで、左腕に寄りかかったまま静かにしている。
 左腕から美穂ちゃんの力が伝わってくる。キュッと腕を絡め、頬を二の腕に押し付けて、やがて、彼女の瞼がゆっくりと落ちていく。
 相変わらずよく寝る子だ。頭に触れようと手を伸ばしたところで、パチパチと目を瞬かせて彼女が起きた。
「危ない、寝るところだった」
「別に寝ててもいいのに。眠いんでしょ? 着いたら起こすよ」
 柔らかい声色で囁くと、美穂ちゃんはフルフルと首を横に振って二の腕から顔を離した。
「いいの。だっていつでも寝られるから」



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「じゃあ、これとこれと……あとこれも」
 ドサッと目の前に大量の『課題』が置かれる。すごい量だ。こりゃ当分ロクに寝れないかも。
 ヒクヒクと口角を引きつらせていると、目の前にいる女性、七葉ちゃんは相変わらずのクールな顔で俺を見上げた。
「これくらいサッとできないと仕事も人も紹介できない」
 七葉ちゃんのありがたいお言葉に俺は「……っす」と呟き、そそくさと『課題』を受け取る。
 俺は4年生になり、就活をすることになった。小遣い稼ぎの延長としてやっていた七葉ちゃんの翻訳はさらにレベルアップし、もはや仕事となりつつある。というか、仕事にしたいと俺は思っている。目指すは翻訳家だ。
 大学卒業のための単位を取得しつつ、ひたすら翻訳の『課題』に取り組む日々。大変だけど目標が分かっているのでやりがいはある。
 後は進むだけだ。挨拶もそこそこに、俺は七葉ちゃんの部屋から出ていく。
 この量だと帰ってすぐに手をつけなきゃ間に合いそうにない。大学の廊下を歩きながらこの後のことを考えていると、視界の奥から友人である宗志の姿が見えてきた。
 向こうも俺に気付いたようで軽く手を挙げて近づいてくる。
「おーおつかれサコッシュ。七葉ちゃんのやつ?」
「あぁ、新しいお仕事だよ」
「いやぁ、大変だな。まっ、でも。金が必要なんだもんな」
 ポンと俺の肩を叩き、ニヤニヤと笑う宗志。こういうときのこいつは大抵しょうもないことを考えている。どうせ今回もそうだろう。
「金はまぁ、確かに必要だけど。どっちかというこれは実績作りだ。あと経験値稼ぎ」
「またまた、それだけじゃないだろ? 美穂ちゃんとの同棲資金、溜めなきゃいけないし」
「……あぁ、そういやそうだな」
 相手をするのも面倒なのでひとまず冗談を流す。
 俺は4年生、美穂ちゃんは高校2年生だ。なんでもそのままホプ女の大学へ進学するのではなく緑黄館大学に入ると息巻いているのだ。
 とはいえ彼女が大学生になるにはまだ時間がある。その間に俺は準備を進めているのだが。
「なんだよクールに流しちゃってさ。本当に上手く行ってんのか?」
「まぁまぁだよ。ていうかそういうお前こそ奈保ちゃんのこと、どうなったんだよ」
「……なにが?」
 宗志がとぼけた顔で首をかしげる。こいつ俺の知らない間に奈保ちゃんと仲良くなってたくせになにを今更しらばっくれてるんだ。
「奈保ちゃんと付き合ってるんだろ」
「は? やだなぁサコッシュじゃないんだから、女子高生には手ぇ出さないって」
「……でもデートとかしてただろ。写真あげてたし」
「そりゃデートくらいするでしょ。友達だよ友達。手すら握らせてくれないんだから」
 はっはっはと笑いながら去っていく宗志。奈保ちゃんも気の毒だ。顔が良いだけのクズに振り回されて。アイツはいつか刺されるだろう。
 大きなニュースにならないといいが。友人の後姿を眺めながら俺は密かに奴を憐れんだ。
 電車に乗って揺られていると、ちょうど目の前の席が空いた。
 すかさず座ってバッグを膝に置いて一息つくが、すぐに電車は次の駅に停まり、ドアが開く。
 人々の足音が連続する。俺の隣に座っていた背広姿の男性はハッとしてスマホをしまい、慌てて席を立つ。
 隣が空いてすぐにまた人が座る。ホプ女の制服を着た女の子は、通学用のカバンを膝の上に置いて、ぽすんっと俺の左腕に寄りかかってきた。
「進路希望はどうだった?」
 オレンジ色の瞳の美少女、美穂ちゃんへ俺は顔を向けて訊ねる。
 彼女は寄りかかった俺の左腕をムニムニと触りながら不服そうに鼻から息を抜いた。
「今のままだと難しいから……特別なカリキュラムを組むって」
「へぇ、いいんじゃない? 逆に言えばそれさえクリアできれば受かる可能性はグッと高くなるってことでしょ?」
「そうだけど……勉強きらい」
 ぼそっと呟いた本音に俺はくっくっと声を押し殺して笑う。
 そんな俺の態度がお気に召さなかったのか、美穂ちゃんは俺のシャツの袖をめくって腕の毛を引っ張ってきた。
 普通に痛い。しかしここは電車内だ。声をあげるわけにはいかない。
 ジッと我慢していると「痛みは我慢するものじゃないんだよ~」と小さな声が聴こえてきた。
 俺は思わずまた笑ってしまう。そしてそれを見て美穂ちゃんも笑った。
「ねぇ日之太さん。私が大学生になるころには、日之太さんはもういないですよね?」
「うん、順調にいけばね。残念だけど、一緒に大学生活っていうのは無理だねぇ」
「……もう2年くらい留年しませんか?」
「なんてこと言うんだこの子は」
 彼女とキャンパスライフ送りたいので留年しますなんて、そんなのできるわけがない。
 あきれ顔で美穂ちゃんを見て、ため息をついて前を向く。チラッと目線だけやると彼女は唇を尖らせて「名案だと思ったのに……」なんて言っていた。どこがだ。
「そんなわけ分かんないこと言ってたら一発パスできないぞ」
「あっ、日之太さんそういうこと言う。もしダメだったら日之太さんのせいにしちゃおっかな」
「どうやって。君のパパとママになんて報告するの」
「それはもちろん、日之太さんが私のこと束縛するから、中々勉強の時間が取れなかったって」
「それは……もしかすると……どうだろうな」
 言葉を濁し、うーんと唸る。ないと思うけど、絶対ないとは思えない。実際これから出かけるというか、一緒にいるというか、家に連れ込むわけだし。
 だが幸いなことに美穂ちゃんはそんな俺の邪な願望に気付いてはいないようで、左腕に寄りかかったまま静かにしている。
 左腕から美穂ちゃんの力が伝わってくる。キュッと腕を絡め、頬を二の腕に押し付けて、やがて、彼女の瞼がゆっくりと落ちていく。
 相変わらずよく寝る子だ。頭に触れようと手を伸ばしたところで、パチパチと目を瞬かせて彼女が起きた。
「危ない、寝るところだった」
「別に寝ててもいいのに。眠いんでしょ? 着いたら起こすよ」
 柔らかい声色で囁くと、美穂ちゃんはフルフルと首を横に振って二の腕から顔を離した。
「いいの。だっていつでも寝られるから」