叔父さんとの会話を切り上げた俺は、足早に会計へ向かうことにした。叔父さんの話は長いだけじゃなく、相手を丸め込もうとする悪どさも持ち合わせているんだ。くわばらくわばら。
「……お?」
先程の露店を横切っていたら、あるものが目に入った。店舗の両脇に所狭しと綿飴が吊るされ、袋には妖怪タブレットの赤丸が描かれていた。
この時の俺は『縁日といえば綿飴』という、日本人の遺伝子に刻まれた性に逆らえなかった。俺自身が、綿飴をまともに食べていたわけでもないのに……。
「すみません、綿飴1つ下さい」
リストバンドを読み込ませた俺は、ぶっきらぼうに綿飴を引き抜いた。店主からすれば、さぞ印象が悪かったに違いない。
俺は乱暴に袋を引き裂き、取り出した綿飴に齧り付いた。すまない赤丸、今は乱暴な俺をどうか許してくれ。
「あぁ、甘い……」
それ以上でもそれ以下でもない、所詮は砂糖の塊だ。こんなものに、どうして金を払う輩がいるのだろうか? 疑念を抱きつつも綿飴を齧り続ける俺は、実に滑稽だ。
表面上は毅然と叔父さんの提案を断ったものの、内心は葛藤が生じていた。叔父さん一言は正鵠を射ており、痛恨の極みだ。
確かに今の生活は楽ではないし、いい歳した一児の父が放浪しているのは望ましい姿ではない。いい加減、地に足つけろと言われればぐうの音も出ない。
そういう意味で、叔父さんの提案は棚から牡丹餅と言えよう。けれど、その代償としてこれまでの自由を失うことになる。実に悩ましい選択だ。
この葛藤が、俺の心をじわりじわりと脅かす。叔父さんは巳年生まれ、その言葉は遅効性の毒牙だ。
悪あがきかも知れないが、俺は綿飴によって精神的解毒を期待した。たとえ偽薬でもいい、この葛藤を鎮痛してくれ。
いい歳した中年男性が、綿飴にむしゃぶりつきながら走り抜けている。傍から見れば奇異な姿だろうな。
公衆に恥を晒しながら、漸く俺は会計窓口へ辿り着いた。さてさて、お会計はいくらになるだろうなぁ。
「……恐れ入りますが、お客様のお会計は入間ホールディングス様よりでんさいと伝えられています」
店員の言う『でんさい』とは電子記録債権を意味し、要するにデジタル化した小切手のことだ。こういう場面で小切手を切るのは、叔父さんの常套手段。
うぅ……これはしてやられた。