「冬樹、お前が社長をやってみるつもりはないか?」
叔父さんからまさかの抜擢人事。寝耳に水、これはまさに想定外だった。
「いやいや、俺には荷が重いよおじさん……」
困惑しながらも、俺は遠慮する姿勢を手振りで示す。役員はおろか、管理職さえ俺は経験していない。そんな人間を大企業の社長へ据えてどうする?
「冬樹。お前が津々浦々を流浪し、見聞を広げてきたことを俺は知っている。そういうマクロな経験を積み重ねてきた人物こそ、今の入間ホールディングスに求められる存在なんだ」
昔から思うけど、叔父さんって要所要所でヨイショするのが上手いんだよなぁ。入間一族と言えど、こういうところは平社員からの叩き上げならでは。
「それに、ゆなちゃんも今や小学生。いい加減、大黒柱として腰を据えたらどうだ?」
それでいて、痛いところもきちんと突いてくる。緩急つけたアプローチは、叔父さんが過去にいくつもの商談を成功させてきたことを裏付けている。
「けれど叔父さん、俺はもう婿に出た人間だ。申し訳ないけど、俺はこれ以上入間家の問題に首を突っ込むつもりはない」
かと言って、俺にも自身の立場がある。ここで叔父さんの口車に乗せられるわけにもいかない。
「……」
俺の毅然とした態度に、叔父さんはしばし沈黙する。だがこれは意図的、敢えて沈黙することで相手に心理的な揺さぶりをかけているんだ。
「そうか、それは残念だ。実に口惜しい」
一歩引きつつも、さりげなく心を揺さぶるワンフレーズを仕掛ける。このやり口は、叔父さんの十八番みたいなものだ。
「俺の本懐は、入間グループが未来永劫繁栄することだ。そのために、入間の血筋を絶やしてはならない。冬樹、お前とて外様じゃないんだ」
諦めたと思わせて、特別な人間なのだという最高の褒め言葉を贈る。これが叔父さんの培ってきた殺し文句だ。
「入間ホールディングス社長後任の件は、一度持ち帰って考え直してほしい。お前にも決して損のない話だからな」
極め付けは、保留という名の余韻を残すこと。「押して駄目なら更に押せ、但し添える程度に」というのは、叔父さんの昔からの格言だ。
「重ね重ねになるけど、その肩書きは俺に不相応。他を当たって欲しい」
俺は半ば強引に話を切り上げ、その場を離れた。これ以上話に付き合っていたら、叔父さんの術中に嵌るだけだ。
「……前向きな回答を待っているぞ、冬樹」
去り際、叔父さんはここぞとばかりに追撃の一言。この一言が、蛇毒のようにじわりじわりと俺の心を脅かすことになろうとは……。