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A matter of life and death

ー/ー



−−命とは、血に依らず、身体に依らず、魂に依って受け継がれるものである。

 灼熱の炎を掻き消そうとするかのような、深くも、鮮やかな青い影。地獄と化したこの場を、救済するために現れたかのような、光の翼を背に負った、人の姿。それは人々と炎の間に割り込むと、凛とした佇まいで迫るナパーム弾に左手をかざす。

 刹那、突如顕現した青い盾のようなものが炎を遮り、その身を散らした。

「あ……あれは……?」

「て……天使だ……」

 今まで自分たちに迫っていた危機も忘れたかのように、兵士たちが呆けた表情でその人影――――リリア・アイアンメイデンの姿を見た。

「――――たく。やっとお出ましね。世話の焼けるロボ子ちゃんだこと」

 皮肉めいた表情で、しかしセトミは、その言葉とは裏腹に笑みを浮かべる。

「これ以上……人間も、オートマトンも、傷つけることは、私が許しません」

 凛と、決意のこもった瞳で己をにらむリリアに、シュナイゼルは卑下するように表情をゆがませる。それは、彼女の言葉を蔑むものであった。

「――――フン。いまさら現れて何を言うかと思えば。貴様にできるのかね? 忘れたのか? この身体は貴様の大事な大事なマスターのものだぞ? 私の人格システムは、もうこの身体にしっかりと根付いている。私を殺すということは、ニコラを殺すということに他ならない」

 余裕の表情で言うシュナイゼルに、かすかにリリアの表情が沈む。だがその言葉は、彼女の強く輝く瞳の光までは奪い去るに至らなかった。

「マスターは仰いました。自分を止めてくれと……。ですから……私は、マスターの意志に従います。あなたに、その姿で罪を重ねさせはしません。私は、マスターを殺すのではありません。せめて……あの人の意志だけは生かすために、戦うのです!」

 叫びとともに、鋼鉄の乙女は空を駆ける。その飛行ユニットの神速を以ってアンビションに迫り、主武装であるメイデン・トゥルーパーでナパームの砲台を薙いだ。

「なっ――――!」

 その強襲に不意を突かれたか、反応できなかったアンビションがまともにその一撃を食らった。一撃で砲塔は破壊され、その薬品が詰まったタンクまで達した槍先が引き抜かれると同時に、巨大な機械兵士が自らの武装の炎に焼かれる。

「バカな――――。貴様、正気か!? 奴ごと私を殺すつもりか!」

 狼狽した様子のシュナイゼルの声が、アンビションのスピーカーから漏れた。その焦燥を示すかのように、機械兵の足が二歩、三歩と後ずさる。

 その声に、リリアは言葉を返さない。そのかわり、もはや言葉は不要とばかりに、無言で再びアンビションへと迫る。

「ぐっ――――、おのれェ!」

 飛来するリリアを狙い、アンビションが右手に剣を顕現させる。どうやらリリアが振るう、近接用ガンマレイによる槍や剣と同じ原理に基づくもののようだ。

「死ねえッ!」

 アンビションは、その人間の身体よりもはるかに大きな剣を、リリアを一刀両断にせんと振り下ろす。だが振り下ろされた刃の先に、彼女の姿はなかった。

 リリアはすばやくその凶刃から逃れると、まるで空を舞踊るかのように、剣を握ったアンビションの右腕へと降り立った。その手には、再び槍――――メイデン・トゥルーパーが握られている。

「たあッ!」

 気合の声と同時に、一閃。リリアはメイデン・トゥルーパーをアンビションの右腕に満身の力を込めて突き立てた。

「ぐああああああッ!」

 同時に、なんらかの回路を破壊したらしく、アンビションの右腕が火花を散らし、爆発した。その衝撃は操縦するシュナイゼルにも届いたか、彼の悲鳴が木霊する。

 爆発に巻き込まれまいとリリアが距離を取るのに対し、アンビションはまたも後ろへ下がることを余儀なくされる。その様を見、呆然と戦いを見守るだけだった兵士たちの顔にも、にわかに希望の色が戻りつつあった。

「すごい……あの化け物相手に、あんな戦いができるなんて……」

「おい、俺たちも彼女をフォローするぞ!」

 だが、活気づく兵たちをよそに、セトミは一抹の不安をその胸に抱えていた。

 ――――確かに、リリアは強い。一見、この戦いも完全に彼女のペースで進んでいるように見える。だが……質量が違いすぎる。

 相手が巨大であるがゆえに細かい立ち回りができないこと、それに自らが素早く立ち回ることで優勢に運んではいるが、それは一撃でもダメージを被れば、たちまち敗色が濃厚になるということでもある。

 それに、不安な点はもう一つ――――。それに、焦燥の色を滲ませているシュナイゼルが気がつかなければいいが――――。

「くそッ……この期に及んでも、私の邪魔をするのか、ニコラの残滓めがァ! いつも貴様はそうだった……いつも私の前を歩いて……! 貴様さえ、貴様さえいなければッ……!」

 思案するセトミの視線の先で、またもアンビションが黒煙を上げる。今度は、ミサイルの射出口が破壊されたらしく、その胴体部分はわずかずつではあるが配線などの内部機構が露出しつつある。

「あなたはそうやって……己の虚栄心のために、すべてを破壊しようというのですか」

 アンビションの攻撃範囲内から離脱しながら、静かな怒りの色を含んだ声で、リリアが言う。

「そうだ……。破壊すること、すなわち、それはより強き、より賢しき者であることの証ッ! それを以って、私は私が他に対し、圧倒的に優位性を持つものであることを証明するッ!」

「……そんなことのために……多くのものの命運を狂わせていいはずがありません。それが、人間であろうと、オートマトンであろうと」

「黙れェェェェェッ!」

 凛と響くリリアの言葉に、ただシュナイゼルは狂乱する。地に向けて機銃を掃射し、空を舞うリリアには届かぬ剣をがむしゃらに振り乱れた。

「まずは貴様を破壊し、奴より私が優れていることを証明するのだッ! クックククク、ハハハハハハハ!」

 ――――不意に。その目が。

 ようやく担架により運び出されようとしていたタリアと、彼女を運ぼうとしていたシルバや兵士たちに向けられた。

「……おやァ?」

 先ほどまで狂乱のるつぼにあったその声色が、妙に落ち着いた、不気味な色に染まる。

「これはこれは少将どの。まだそんなところにいらっしゃったんですねェ? いけませんなァ、敗者は敗者らしく、とっとと退場していればよかったものを……」

 ゆっくりと、アンビションが剣を握っていない方の腕を振りかぶる。

「……ぐっ!」

 その動きに、反射的に身を起こそうとしたタリアが、激痛に顔をしかめた。その様をまるで楽しむかのように、アンビションのカメラ越しにシュナイゼルが見つめる。

「痛いでしょう? ちょっと、気が変わりました。少将どの、あなたの苦しむさまを見るのは、私も心が痛む。なので……」

 ぴたり、と。その右腕がタリアらへと狙いを定めた。

「まずはお前から楽にしてやるッ!」

 振り下ろされる右腕が空を切るその音に、タリアが思わず目をつぶった、刹那――――。

「くぁっ!」

 誰かの、悲鳴が響いた。

 反射的に目を開いたタリアの目に映ったのは――――。

「――――リリアッ!」

 アンビションの左腕に、その身体をがっちりとつかまれたリリアの姿だった。

「クッククククク、捕まえたぞ、鉄くずが。まったく、手こずらせてくれたが、所詮貴様らなど、システムに従って動いているだけの人形だ。貴様の戦闘システムが元来、人を守るためのもの――――システム・ガーディアンだと分かっていれば、他人を庇うために行動するというのは、火を見るより明らかだということだ」

 勝ち誇った声とともに、徐々にその左腕に力が加わっていく。まるでその様を見せつけようとするかのように、シュナイゼルは一気に力を込めようとはしない。少しずつ力が加えられていくごとに、リリアの苦悶の表情と声が、だんだんと険しくなっていく。

「く……うあっ! うう……あああっ!」

「クククク……さあ、どのように処分してやろうか、鉄くずめ。このまま握りつぶしてやろうか? それとも、剣で首でもはねてやろうか?」

 ぎりぎりと締め付けられ苦しむリリアを、シュナイゼルは嗜虐的な瞳で見る。

「鉄くずのくせに、誰かを守ろうとするなどという大層な目的を持って動くからそうなるのだ。まあ、所詮は貴様らオートマトンは機械仕掛けの人形……。己に組み込まれたシステムによってしか動けぬ、操り人形だということだ」

「違い……ます」

 それでも、リリアはその言葉とともにシュナイゼルをにらむ。その言葉を、否定する。ニコラの手にによって目覚め、彼とともに生き、そして彼の遺してくれた想いを、そのまま壊させないために。

 そのリリアを見るシュナイゼルの目が、ひどく不快なものを見るように、険しく変わった。

「……なぜまだそんな目をする? この状況での勝率を、貴様のプログラムで試算してみろ。絶望的、かつ圧倒的に低いことはわかりきったことだろうに。機械ならば、演算の結果を客観的に見てみればどうかね?」

 決して抗うことをやめようとしないリリアに、その表情が苦々しく、変わった。

「もういい。興が削がれた。アンビションが搭載する、もっとも高威力のガンマレイで、跡形もなく消し去ってやる」

 その言葉とともに、アンビションの腹部――――ミサイルの射出口があった部分よりも下の箇所が、ゆっくりと開いていく。そこにあったのは、それが搭載するどの武器よりも巨大な砲塔だった。あまりにも巨大なその射出口は、人間はもちろん、戦車やバギーを相手にしたとしてもおつりがくるような、小さな集落くらいならば吹き飛ばせそうな代物だった。

 そこに、ゆっくりと、しかし確実に、ガンマレイのエネルギーが蓄積していく。

「……くそっ!」

 その光景に、セトミが物陰から飛び出す。AOWを構え、走りながら照準をアンビションのガンマレイへと合わせる。しかし――――。

「それも予想済みだ、チェイサーキャット!」

 その下から現れたもう一つの砲台が火を噴いた。ガンマレイによる機銃だ。すでにスコープをのぞいていたセトミは、視野が狭まっていた分、その反応が遅れた。

「――――まずっ……!」

 その言葉を、最後まで言うことはできなかった。それを言う前に、激痛が身体を支配し、視界が反転する。どこかを撃たれ、転倒したのだということに気がついたのは、じわり、と赤い液体が己の身体をつたう感覚によってだった。

「クククク……そう死に急ぐこともあるまい。貴様は、この鉄くずのあとにゆっくり始末してやる」

「ぐっ……」

 シュナイゼルの声を尻目に、セトミはなんとか這うようにして遮蔽物の影へと身を隠す。荒い呼吸を抑えながら、口元を拭う。

 口元からも出血があった。口内やその周りのものではない。恐らくは体の内部からのもの。幸いなのは、その色は鮮やかなものであり、どうやら臓器がダメージを負ったわけではないらしいということだった。

 だが、撃たれた箇所はどうやら、右脇腹と右足の腿。脇腹は出血がひどく、右足は動かすたびに激痛が走る。これではどうやら、もう走ることはできない。このままでは、シュナイゼルの言うとおり、始末されるのを待つだけだ。

 ――――んなの、ごめんだっての……!

 鉄臭い味が口内に広がるのも構わず、セトミは歯を軋ませ、物陰から射抜くようにシュナイゼルの様子を探った。

 すでにアンビションのガンマレイは、ここからでもそのエネルギーの大きさが確認できるほどのものにまで膨れ上がっている。それに対しリリアは、いまだシュナイゼルの戒めから逃れることはできずにいる。

 舌打ちとともに、AOWを構える。それとともに、また一滴、血の雫が口元を濡らす。

 だが、セトミは気づいた。がっちりと身体を拘束され、もはやもがくのがやっとのように見えるリリアであったが、どうやらまだあきらめたわけではないらしい。その身体が、わずかずつながら、反撃の糸口を手繰り寄せようとしていることに。

 そして、その意図を汲み取った。

 もし、彼女の狙いがセトミの予想通りであったとするなら、おそらくこれが最大にして最後のチャンス。だが、それを活かすためにはまだ、足りない。

 セトミはさながら、獲物を狙う猫がとびかかるタイミングを計るかのように、身を遮蔽物に預けたまま、その時をただ静かに待つ。

 そして、その時が訪れた。アンビションのガンマレイが、発射可能となるギリギリまでエネルギーを蓄えた、その刹那――――。

 セトミは物陰から飛び出した。その瞳はすでに獣のそれのごとく変わり、紅い。前頭部の突起もすでに顕現している。暴走直前まで能力を活性化させ、傷の痛みを強引に振りきりながら、セトミは駆ける。

「うあああああああああッ!!」

「なっ!?」

 その猛進に、もはや動けるはずはないと高を括っていたシュナイゼルが、虚を突かれる形で反応する。先ほどセトミを捉えた機銃で再び彼女を狙う。

 だが、その動きを予測していた先ほどと違い、今度は予想外のこと。さらに限界まで能力を引き上げたセトミの猛進を、普通の人間の反射神経で捉えられるはずもなかった。

「――――リリアッ!」

 AOWをアンビションのガンマレイへと向けながら、セトミが吠える。

「あんた、自分で選んだんだろッ! マスターとやらの意志を、生かすんだって、決めたんだろッ!」

 吠えながら、撃つ。収束したエネルギーへ向かって、覚醒した瞳で続けざまに弾丸を命中させ、その炸裂音に負けないよう、なおのこと大きな声で、叫ぶ。

「だったら、自分の力でその生き方をつかみ取って見せろよッ! くそったれな理由で、自分の生き方を狂わされたまんまでいるなよッ!!」

 ――――厳しく聞こえるその声は。しかし、なぜかあの日のマスターの声とどこか似た響きをもって。

 差しのべられた手のように、リリアに届いた。

――――そしてその弾丸は。さながら彼女の想いを乗せて、なおのこと強く――――砲塔へ直撃した。

「ぐうううッ!」

 もはや撃つまで数秒といったところだったか。アンビションのため込んでいたエネルギーが、弾丸の直撃に炸裂し、波間の飛沫の如く散る。その儚げな色とは裏腹に、エネルギーも炸裂は強力で、シュナイゼルの乗るコックピットを白日の下にあらわにさせた。

「くそおっ!」

 そう叫びをあげるも、シュナイゼルはすぐに顔をあげ、笑みを浮かべる。

「だが、無駄だァ! ガンマレイのエネルギーチャージはほぼ完了している! 先ほど失った分のエネルギーなど極々、少量のものでしかない! すでにこれは撃てるのだよッ!」

 もう狂気としか形容する言葉も見つからない、甲高い笑い声でシュナイゼルが笑う。その様と、収束したエネルギーに対して兵士たちは瞳は恐怖の色に。リリアの瞳は鋭く相手を射抜く瞳に。そしてセトミの瞳は、会心の笑みに、それぞれ染まった。

「――――誰が、そのデカブツ本体を狙ったって言った?」

「……なに?」

 セトミのチェシャ猫笑いに、思わず彼は、その視線の先を見る。

 ――――そして、戦慄に凍った。

「バカな……アンビションの右腕がァ!?」

 炸裂したアンビションのエネルギー――――それは、コクピットのある胸部のみならず、リリアを拘束していたはずの右腕まで崩落させていた。

 ――――そして、そのすべての終わりの時を、ただ静かに、リリアは告げる。

「ガンマレイ『A matter of life and death』300%チャージ完了。射撃体勢に入ります」

 その声があえて冷たく、あえて機械的な響きであるのは、その表情の裏にある悲しみを隠すが故か。

「まさかッ……全身を拘束されながらも、エネルギーを充填していたというのか……ッ! 他に戦う者もいない、望みのない状況で……ッ!」

「それは違います、シュナイゼル。私には、希望があった。後ろには、ともに戦う仲間がいた。そして……この胸には、マスターにもらった想いがあったッ!」

 リリアが、両腕をアンビションに向かい、突き出すように構える。

「シュナイゼルッ! あなたに、マスターの生きた意味まで殺せないッ! いや、殺させやしないッ! ――――ファイアッ!」

 リリアの叫びとともに、アンビションの上半身を包み込むほどの光の奔流が駆け抜ける。それはアンビション――――『野望』と名付けられた機体が放とうとしていたエネルギーすら、徐々に飲み込んでいき、そして――――。

「あ――――」

 そのただ中にいた男を飲み込みかけた、その刹那。

 不意に、彼の顔が変わった。恐怖に満ちた笑みから、どこか安息したような、穏やかな笑みへ。まるでスローモーションのように、ひどく間延びした時の中、その男の顔を、リリアは確かに見た。

「……………」

 ゆっくりと、彼が口を動かす。それは、見間違いだったのかもしれない。自分の罪悪感が起こした、幻だったのかもしれない。しかし、リリアには、彼――――ニコラが、そう言ったように見えた。

 ――――『ありがとう』と。

 やがて、その姿は青き光の放流に飲まれ……消えた。

「……マスター……ひどいです……」

 不意に静まるかえる、その戦場。今の光にすべてが浄化されたかのように、すでに人々の悲鳴も、燃え上がる黒煙もない。ただそこに、鋼鉄の乙女は一人降り立ち、愁いを帯びた声でささやく。

「私にも……返事をする時間をくださってもいいではないですか……。マスター……ありがとう。あなたが……私に幸せをくださったのです。

マスター……愛して、いました」

 そして、ゆっくりと、戦火ではなく、夜明けの光が空を染め出す。炎が街を焼き、黒く染めていく夜は、終わったのだ。これからは光が、暖かくその街を照らしていく。人の街も、機械たちの街も。

 そんな希望を、そこにいる者たちに感じさせる――――そんな、空だった。




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−−命とは、血に依らず、身体に依らず、魂に依って受け継がれるものである。
 灼熱の炎を掻き消そうとするかのような、深くも、鮮やかな青い影。地獄と化したこの場を、救済するために現れたかのような、光の翼を背に負った、人の姿。それは人々と炎の間に割り込むと、凛とした佇まいで迫るナパーム弾に左手をかざす。
 刹那、突如顕現した青い盾のようなものが炎を遮り、その身を散らした。
「あ……あれは……?」
「て……天使だ……」
 今まで自分たちに迫っていた危機も忘れたかのように、兵士たちが呆けた表情でその人影――――リリア・アイアンメイデンの姿を見た。
「――――たく。やっとお出ましね。世話の焼けるロボ子ちゃんだこと」
 皮肉めいた表情で、しかしセトミは、その言葉とは裏腹に笑みを浮かべる。
「これ以上……人間も、オートマトンも、傷つけることは、私が許しません」
 凛と、決意のこもった瞳で己をにらむリリアに、シュナイゼルは卑下するように表情をゆがませる。それは、彼女の言葉を蔑むものであった。
「――――フン。いまさら現れて何を言うかと思えば。貴様にできるのかね? 忘れたのか? この身体は貴様の大事な大事なマスターのものだぞ? 私の人格システムは、もうこの身体にしっかりと根付いている。私を殺すということは、ニコラを殺すということに他ならない」
 余裕の表情で言うシュナイゼルに、かすかにリリアの表情が沈む。だがその言葉は、彼女の強く輝く瞳の光までは奪い去るに至らなかった。
「マスターは仰いました。自分を止めてくれと……。ですから……私は、マスターの意志に従います。あなたに、その姿で罪を重ねさせはしません。私は、マスターを殺すのではありません。せめて……あの人の意志だけは生かすために、戦うのです!」
 叫びとともに、鋼鉄の乙女は空を駆ける。その飛行ユニットの神速を以ってアンビションに迫り、主武装であるメイデン・トゥルーパーでナパームの砲台を薙いだ。
「なっ――――!」
 その強襲に不意を突かれたか、反応できなかったアンビションがまともにその一撃を食らった。一撃で砲塔は破壊され、その薬品が詰まったタンクまで達した槍先が引き抜かれると同時に、巨大な機械兵士が自らの武装の炎に焼かれる。
「バカな――――。貴様、正気か!? 奴ごと私を殺すつもりか!」
 狼狽した様子のシュナイゼルの声が、アンビションのスピーカーから漏れた。その焦燥を示すかのように、機械兵の足が二歩、三歩と後ずさる。
 その声に、リリアは言葉を返さない。そのかわり、もはや言葉は不要とばかりに、無言で再びアンビションへと迫る。
「ぐっ――――、おのれェ!」
 飛来するリリアを狙い、アンビションが右手に剣を顕現させる。どうやらリリアが振るう、近接用ガンマレイによる槍や剣と同じ原理に基づくもののようだ。
「死ねえッ!」
 アンビションは、その人間の身体よりもはるかに大きな剣を、リリアを一刀両断にせんと振り下ろす。だが振り下ろされた刃の先に、彼女の姿はなかった。
 リリアはすばやくその凶刃から逃れると、まるで空を舞踊るかのように、剣を握ったアンビションの右腕へと降り立った。その手には、再び槍――――メイデン・トゥルーパーが握られている。
「たあッ!」
 気合の声と同時に、一閃。リリアはメイデン・トゥルーパーをアンビションの右腕に満身の力を込めて突き立てた。
「ぐああああああッ!」
 同時に、なんらかの回路を破壊したらしく、アンビションの右腕が火花を散らし、爆発した。その衝撃は操縦するシュナイゼルにも届いたか、彼の悲鳴が木霊する。
 爆発に巻き込まれまいとリリアが距離を取るのに対し、アンビションはまたも後ろへ下がることを余儀なくされる。その様を見、呆然と戦いを見守るだけだった兵士たちの顔にも、にわかに希望の色が戻りつつあった。
「すごい……あの化け物相手に、あんな戦いができるなんて……」
「おい、俺たちも彼女をフォローするぞ!」
 だが、活気づく兵たちをよそに、セトミは一抹の不安をその胸に抱えていた。
 ――――確かに、リリアは強い。一見、この戦いも完全に彼女のペースで進んでいるように見える。だが……質量が違いすぎる。
 相手が巨大であるがゆえに細かい立ち回りができないこと、それに自らが素早く立ち回ることで優勢に運んではいるが、それは一撃でもダメージを被れば、たちまち敗色が濃厚になるということでもある。
 それに、不安な点はもう一つ――――。それに、焦燥の色を滲ませているシュナイゼルが気がつかなければいいが――――。
「くそッ……この期に及んでも、私の邪魔をするのか、ニコラの残滓めがァ! いつも貴様はそうだった……いつも私の前を歩いて……! 貴様さえ、貴様さえいなければッ……!」
 思案するセトミの視線の先で、またもアンビションが黒煙を上げる。今度は、ミサイルの射出口が破壊されたらしく、その胴体部分はわずかずつではあるが配線などの内部機構が露出しつつある。
「あなたはそうやって……己の虚栄心のために、すべてを破壊しようというのですか」
 アンビションの攻撃範囲内から離脱しながら、静かな怒りの色を含んだ声で、リリアが言う。
「そうだ……。破壊すること、すなわち、それはより強き、より賢しき者であることの証ッ! それを以って、私は私が他に対し、圧倒的に優位性を持つものであることを証明するッ!」
「……そんなことのために……多くのものの命運を狂わせていいはずがありません。それが、人間であろうと、オートマトンであろうと」
「黙れェェェェェッ!」
 凛と響くリリアの言葉に、ただシュナイゼルは狂乱する。地に向けて機銃を掃射し、空を舞うリリアには届かぬ剣をがむしゃらに振り乱れた。
「まずは貴様を破壊し、奴より私が優れていることを証明するのだッ! クックククク、ハハハハハハハ!」
 ――――不意に。その目が。
 ようやく担架により運び出されようとしていたタリアと、彼女を運ぼうとしていたシルバや兵士たちに向けられた。
「……おやァ?」
 先ほどまで狂乱のるつぼにあったその声色が、妙に落ち着いた、不気味な色に染まる。
「これはこれは少将どの。まだそんなところにいらっしゃったんですねェ? いけませんなァ、敗者は敗者らしく、とっとと退場していればよかったものを……」
 ゆっくりと、アンビションが剣を握っていない方の腕を振りかぶる。
「……ぐっ!」
 その動きに、反射的に身を起こそうとしたタリアが、激痛に顔をしかめた。その様をまるで楽しむかのように、アンビションのカメラ越しにシュナイゼルが見つめる。
「痛いでしょう? ちょっと、気が変わりました。少将どの、あなたの苦しむさまを見るのは、私も心が痛む。なので……」
 ぴたり、と。その右腕がタリアらへと狙いを定めた。
「まずはお前から楽にしてやるッ!」
 振り下ろされる右腕が空を切るその音に、タリアが思わず目をつぶった、刹那――――。
「くぁっ!」
 誰かの、悲鳴が響いた。
 反射的に目を開いたタリアの目に映ったのは――――。
「――――リリアッ!」
 アンビションの左腕に、その身体をがっちりとつかまれたリリアの姿だった。
「クッククククク、捕まえたぞ、鉄くずが。まったく、手こずらせてくれたが、所詮貴様らなど、システムに従って動いているだけの人形だ。貴様の戦闘システムが元来、人を守るためのもの――――システム・ガーディアンだと分かっていれば、他人を庇うために行動するというのは、火を見るより明らかだということだ」
 勝ち誇った声とともに、徐々にその左腕に力が加わっていく。まるでその様を見せつけようとするかのように、シュナイゼルは一気に力を込めようとはしない。少しずつ力が加えられていくごとに、リリアの苦悶の表情と声が、だんだんと険しくなっていく。
「く……うあっ! うう……あああっ!」
「クククク……さあ、どのように処分してやろうか、鉄くずめ。このまま握りつぶしてやろうか? それとも、剣で首でもはねてやろうか?」
 ぎりぎりと締め付けられ苦しむリリアを、シュナイゼルは嗜虐的な瞳で見る。
「鉄くずのくせに、誰かを守ろうとするなどという大層な目的を持って動くからそうなるのだ。まあ、所詮は貴様らオートマトンは機械仕掛けの人形……。己に組み込まれたシステムによってしか動けぬ、操り人形だということだ」
「違い……ます」
 それでも、リリアはその言葉とともにシュナイゼルをにらむ。その言葉を、否定する。ニコラの手にによって目覚め、彼とともに生き、そして彼の遺してくれた想いを、そのまま壊させないために。
 そのリリアを見るシュナイゼルの目が、ひどく不快なものを見るように、険しく変わった。
「……なぜまだそんな目をする? この状況での勝率を、貴様のプログラムで試算してみろ。絶望的、かつ圧倒的に低いことはわかりきったことだろうに。機械ならば、演算の結果を客観的に見てみればどうかね?」
 決して抗うことをやめようとしないリリアに、その表情が苦々しく、変わった。
「もういい。興が削がれた。アンビションが搭載する、もっとも高威力のガンマレイで、跡形もなく消し去ってやる」
 その言葉とともに、アンビションの腹部――――ミサイルの射出口があった部分よりも下の箇所が、ゆっくりと開いていく。そこにあったのは、それが搭載するどの武器よりも巨大な砲塔だった。あまりにも巨大なその射出口は、人間はもちろん、戦車やバギーを相手にしたとしてもおつりがくるような、小さな集落くらいならば吹き飛ばせそうな代物だった。
 そこに、ゆっくりと、しかし確実に、ガンマレイのエネルギーが蓄積していく。
「……くそっ!」
 その光景に、セトミが物陰から飛び出す。AOWを構え、走りながら照準をアンビションのガンマレイへと合わせる。しかし――――。
「それも予想済みだ、チェイサーキャット!」
 その下から現れたもう一つの砲台が火を噴いた。ガンマレイによる機銃だ。すでにスコープをのぞいていたセトミは、視野が狭まっていた分、その反応が遅れた。
「――――まずっ……!」
 その言葉を、最後まで言うことはできなかった。それを言う前に、激痛が身体を支配し、視界が反転する。どこかを撃たれ、転倒したのだということに気がついたのは、じわり、と赤い液体が己の身体をつたう感覚によってだった。
「クククク……そう死に急ぐこともあるまい。貴様は、この鉄くずのあとにゆっくり始末してやる」
「ぐっ……」
 シュナイゼルの声を尻目に、セトミはなんとか這うようにして遮蔽物の影へと身を隠す。荒い呼吸を抑えながら、口元を拭う。
 口元からも出血があった。口内やその周りのものではない。恐らくは体の内部からのもの。幸いなのは、その色は鮮やかなものであり、どうやら臓器がダメージを負ったわけではないらしいということだった。
 だが、撃たれた箇所はどうやら、右脇腹と右足の腿。脇腹は出血がひどく、右足は動かすたびに激痛が走る。これではどうやら、もう走ることはできない。このままでは、シュナイゼルの言うとおり、始末されるのを待つだけだ。
 ――――んなの、ごめんだっての……!
 鉄臭い味が口内に広がるのも構わず、セトミは歯を軋ませ、物陰から射抜くようにシュナイゼルの様子を探った。
 すでにアンビションのガンマレイは、ここからでもそのエネルギーの大きさが確認できるほどのものにまで膨れ上がっている。それに対しリリアは、いまだシュナイゼルの戒めから逃れることはできずにいる。
 舌打ちとともに、AOWを構える。それとともに、また一滴、血の雫が口元を濡らす。
 だが、セトミは気づいた。がっちりと身体を拘束され、もはやもがくのがやっとのように見えるリリアであったが、どうやらまだあきらめたわけではないらしい。その身体が、わずかずつながら、反撃の糸口を手繰り寄せようとしていることに。
 そして、その意図を汲み取った。
 もし、彼女の狙いがセトミの予想通りであったとするなら、おそらくこれが最大にして最後のチャンス。だが、それを活かすためにはまだ、足りない。
 セトミはさながら、獲物を狙う猫がとびかかるタイミングを計るかのように、身を遮蔽物に預けたまま、その時をただ静かに待つ。
 そして、その時が訪れた。アンビションのガンマレイが、発射可能となるギリギリまでエネルギーを蓄えた、その刹那――――。
 セトミは物陰から飛び出した。その瞳はすでに獣のそれのごとく変わり、紅い。前頭部の突起もすでに顕現している。暴走直前まで能力を活性化させ、傷の痛みを強引に振りきりながら、セトミは駆ける。
「うあああああああああッ!!」
「なっ!?」
 その猛進に、もはや動けるはずはないと高を括っていたシュナイゼルが、虚を突かれる形で反応する。先ほどセトミを捉えた機銃で再び彼女を狙う。
 だが、その動きを予測していた先ほどと違い、今度は予想外のこと。さらに限界まで能力を引き上げたセトミの猛進を、普通の人間の反射神経で捉えられるはずもなかった。
「――――リリアッ!」
 AOWをアンビションのガンマレイへと向けながら、セトミが吠える。
「あんた、自分で選んだんだろッ! マスターとやらの意志を、生かすんだって、決めたんだろッ!」
 吠えながら、撃つ。収束したエネルギーへ向かって、覚醒した瞳で続けざまに弾丸を命中させ、その炸裂音に負けないよう、なおのこと大きな声で、叫ぶ。
「だったら、自分の力でその生き方をつかみ取って見せろよッ! くそったれな理由で、自分の生き方を狂わされたまんまでいるなよッ!!」
 ――――厳しく聞こえるその声は。しかし、なぜかあの日のマスターの声とどこか似た響きをもって。
 差しのべられた手のように、リリアに届いた。
――――そしてその弾丸は。さながら彼女の想いを乗せて、なおのこと強く――――砲塔へ直撃した。
「ぐうううッ!」
 もはや撃つまで数秒といったところだったか。アンビションのため込んでいたエネルギーが、弾丸の直撃に炸裂し、波間の飛沫の如く散る。その儚げな色とは裏腹に、エネルギーも炸裂は強力で、シュナイゼルの乗るコックピットを白日の下にあらわにさせた。
「くそおっ!」
 そう叫びをあげるも、シュナイゼルはすぐに顔をあげ、笑みを浮かべる。
「だが、無駄だァ! ガンマレイのエネルギーチャージはほぼ完了している! 先ほど失った分のエネルギーなど極々、少量のものでしかない! すでにこれは撃てるのだよッ!」
 もう狂気としか形容する言葉も見つからない、甲高い笑い声でシュナイゼルが笑う。その様と、収束したエネルギーに対して兵士たちは瞳は恐怖の色に。リリアの瞳は鋭く相手を射抜く瞳に。そしてセトミの瞳は、会心の笑みに、それぞれ染まった。
「――――誰が、そのデカブツ本体を狙ったって言った?」
「……なに?」
 セトミのチェシャ猫笑いに、思わず彼は、その視線の先を見る。
 ――――そして、戦慄に凍った。
「バカな……アンビションの右腕がァ!?」
 炸裂したアンビションのエネルギー――――それは、コクピットのある胸部のみならず、リリアを拘束していたはずの右腕まで崩落させていた。
 ――――そして、そのすべての終わりの時を、ただ静かに、リリアは告げる。
「ガンマレイ『A matter of life and death』300%チャージ完了。射撃体勢に入ります」
 その声があえて冷たく、あえて機械的な響きであるのは、その表情の裏にある悲しみを隠すが故か。
「まさかッ……全身を拘束されながらも、エネルギーを充填していたというのか……ッ! 他に戦う者もいない、望みのない状況で……ッ!」
「それは違います、シュナイゼル。私には、希望があった。後ろには、ともに戦う仲間がいた。そして……この胸には、マスターにもらった想いがあったッ!」
 リリアが、両腕をアンビションに向かい、突き出すように構える。
「シュナイゼルッ! あなたに、マスターの生きた意味まで殺せないッ! いや、殺させやしないッ! ――――ファイアッ!」
 リリアの叫びとともに、アンビションの上半身を包み込むほどの光の奔流が駆け抜ける。それはアンビション――――『野望』と名付けられた機体が放とうとしていたエネルギーすら、徐々に飲み込んでいき、そして――――。
「あ――――」
 そのただ中にいた男を飲み込みかけた、その刹那。
 不意に、彼の顔が変わった。恐怖に満ちた笑みから、どこか安息したような、穏やかな笑みへ。まるでスローモーションのように、ひどく間延びした時の中、その男の顔を、リリアは確かに見た。
「……………」
 ゆっくりと、彼が口を動かす。それは、見間違いだったのかもしれない。自分の罪悪感が起こした、幻だったのかもしれない。しかし、リリアには、彼――――ニコラが、そう言ったように見えた。
 ――――『ありがとう』と。
 やがて、その姿は青き光の放流に飲まれ……消えた。
「……マスター……ひどいです……」
 不意に静まるかえる、その戦場。今の光にすべてが浄化されたかのように、すでに人々の悲鳴も、燃え上がる黒煙もない。ただそこに、鋼鉄の乙女は一人降り立ち、愁いを帯びた声でささやく。
「私にも……返事をする時間をくださってもいいではないですか……。マスター……ありがとう。あなたが……私に幸せをくださったのです。
マスター……愛して、いました」
 そして、ゆっくりと、戦火ではなく、夜明けの光が空を染め出す。炎が街を焼き、黒く染めていく夜は、終わったのだ。これからは光が、暖かくその街を照らしていく。人の街も、機械たちの街も。
 そんな希望を、そこにいる者たちに感じさせる――――そんな、空だった。


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