「では、乾杯」
その合図で、叔父さんは黙ってお猪口に口をつける。普段は次から次へと言葉を発する叔父さんも、この時ばかりは静かになる。
その表情は心なしかにこやか。叔父さんが呑んでいるのは、利根越が誇る地酒『各務山』だ。
各務山は、利根越近隣の街で収穫される米を独自のバランスで調合し、辛口ながらもほんのりと甘さの余韻が残る。この銘酒は、商家町たる利根越ならではのものだ。
「ん〜……くぁ〜っ」
叔父さん、各務山を呑む時はきまってこんな風に唸る。俺達の故郷が生んだ銘酒、その味わいに郷愁を覚えていることだろう。
「う〜ん、各務山にはこれが一番!」
叔父さんは満面の笑みで田楽を頬張る。それも辛味噌の利いた味噌田楽。各務山の甘さの余韻と田楽の辛味は相性が絶妙で、これだけで食の無限ループが出来上がってしまう。
「冬樹、遠慮しなくていいんだぞ?」
叔父さんは手元の味噌田楽を勧めてくる。この無限ループ、一度嵌ると蟻地獄のように抜け出すのが困難なんだよなぁ……。
分かっているけれど、叔父さんの勧めである以上は断り難い。ここは渋々だけど俺も田楽をつまもう。
「う〜ん……たまらない」
田楽に絡む辛味噌、実に罪深い味わい。そうだ、田楽と言えば……。
『田楽食わせるのだぁ〜』
恋人時代の秋子からもらった『田楽さん』のおしゃべりキーホルダー。妖精のように見えるが、こう見えて豊穣の神様を模したマスコットキャラだ。
秋子曰く、田楽は米の豊作を願って供された歴史があるらしい。しかも、その歴史は平安時代まで遡る。
つまり、田楽は太古の味わいを伝える語り部というわけだ。真の旨さは、時空さえも超えてくるのか。
常々思う事だが、秋子は一体どこからこういう変なマスコットを見つけて来るのだろうか? しまふくろう然り、どうも秋子の趣味嗜好は一般人のそれと違っている。
それに、田楽の歴史とかあの世の概念とか……高卒者でありながら、秋子は文学に対する教養が高い。とても夜職経験者とは思えない。
こういうの……民俗学って言うんだっけか? 秋子がそんな言葉をを口にしていたが、どうやら大学教授の研究分野なのだとか。
その教養の源泉、一体どこにあるのだろうか? 夫婦になってから10年ほど経つが、源秋子という人物の底は知れない。実にミステリアスだ。
「冬樹、お前は相変わらず味噌田楽が好きだなぁ?」
思考に関係なく、俺は無自覚のうちに味噌田楽を頬張っていた。古の味わい、恐るべし。