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 それから六年後。

 
 地方銀行を退職した後、俺はいくつかの職種を経て、人材派遣会社のコーディネーターになった。今年の春、本社勤務の辞令が下った。
 その人材派遣会社の本社は、地元にあった。つまり結局、地元に戻った。
 で、実家へは戻らなかった。両親は俺が今、地元に戻ってきているとは思っていないだろう。
 
 コーディネーターは、派遣スタッフを採用している企業へ顔を出しに行き、企業から改善点と要望を聞く。
 そして、派遣しているスタッフと面談し、企業とスタッフの意見を擦り合わせる仕事だ。
 
 異動してきたばかりなので、企業からもスタッフからも、まだ足元は見られるが、あの地方銀行の時の俺はもういない。
 それなりに経験を重ね、営業スマイルも磨いた。打たれ強くなったし、恋人もできた。

 この日は茹だるような暑い日だった。
 今年の夏は暑くなる、とニュースでさんざん言われていたが、予想以上だった。

 昼時、涼と空腹を満たすものを求めて、ビジネス街の定食屋に足を踏み入れた。
 Wi-Fiが使えるおしゃれなカフェには、昼休憩中の会社員たちがぎっしり座っているのが見えた。混雑を避けて、こういう昔ながらの定食屋へ足を伸ばした。
 店内のエアコンはあまり効いていなくて、じわりと汗が流れる。それを、スラックスのポケットに入れていたタオルで拭く。
 
 店員がお冷を持ってきた時、キッチンに吊るされたテレビで流れていた甲子園の中継が目に入った。
 炎天下、白球を追いかける球児の姿は、常々美化されている。
 だが、この異常な暑さに若者を放り込む指導者や大人たちの対応には疑問を持っている。

 バッターボックスに入った打者は、力強いのにしなやかなフォームで、投げられたボールを打ち返す。
 
 バッターは「由比 翔」という一年生だった。俺が最初に就職した、あの地方にある高校ではなく、全国的に有名な強豪校のチームにいた。
 
 俺は、その姿に釘付けだった。
 打ったボールは、敵味方の頭上を通り抜け、観客席まで迷いなく突き進んでいく。青チームでホームランを打った、あの日の姿の再現みたいだ。
 
 伸びた打球は、満塁ホームラン。
 
 由比少年は、打球の行方を見届けてから、白い歯を見せて控えめに笑った。
 
 俺は、その中継をそれ以上見られなかった。
 試合を見ようと思っても、すぐに視界が滲んでボヤけてしまう。手に持っていたタオルで、必死で目元を拭った。


 弟は、この中継を見ているだろうか。
 もしかすると、中継を見ているのではなく、現地で応援しているのかもしれない。
 弟は、泣いているのだろうか。笑っているのだろうか。

 
 俺たちは、何もできなかった代わりに、子供の背中に夢を負わせた。
 俺たちは、その背中へ背負わせた夢に、勝手に感動している。

 
 あの頃よりずっと凛々しくなった由比少年は、今、甲子園で汗まみれになりながら、野球をしている。




 


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 それから六年後。
 地方銀行を退職した後、俺はいくつかの職種を経て、人材派遣会社のコーディネーターになった。今年の春、本社勤務の辞令が下った。
 その人材派遣会社の本社は、地元にあった。つまり結局、地元に戻った。
 で、実家へは戻らなかった。両親は俺が今、地元に戻ってきているとは思っていないだろう。
 コーディネーターは、派遣スタッフを採用している企業へ顔を出しに行き、企業から改善点と要望を聞く。
 そして、派遣しているスタッフと面談し、企業とスタッフの意見を擦り合わせる仕事だ。
 異動してきたばかりなので、企業からもスタッフからも、まだ足元は見られるが、あの地方銀行の時の俺はもういない。
 それなりに経験を重ね、営業スマイルも磨いた。打たれ強くなったし、恋人もできた。
 この日は茹だるような暑い日だった。
 今年の夏は暑くなる、とニュースでさんざん言われていたが、予想以上だった。
 昼時、涼と空腹を満たすものを求めて、ビジネス街の定食屋に足を踏み入れた。
 Wi-Fiが使えるおしゃれなカフェには、昼休憩中の会社員たちがぎっしり座っているのが見えた。混雑を避けて、こういう昔ながらの定食屋へ足を伸ばした。
 店内のエアコンはあまり効いていなくて、じわりと汗が流れる。それを、スラックスのポケットに入れていたタオルで拭く。
 店員がお冷を持ってきた時、キッチンに吊るされたテレビで流れていた甲子園の中継が目に入った。
 炎天下、白球を追いかける球児の姿は、常々美化されている。
 だが、この異常な暑さに若者を放り込む指導者や大人たちの対応には疑問を持っている。
 バッターボックスに入った打者は、力強いのにしなやかなフォームで、投げられたボールを打ち返す。
 バッターは「由比 翔」という一年生だった。俺が最初に就職した、あの地方にある高校ではなく、全国的に有名な強豪校のチームにいた。
 俺は、その姿に釘付けだった。
 打ったボールは、敵味方の頭上を通り抜け、観客席まで迷いなく突き進んでいく。青チームでホームランを打った、あの日の姿の再現みたいだ。
 伸びた打球は、満塁ホームラン。
 由比少年は、打球の行方を見届けてから、白い歯を見せて控えめに笑った。
 俺は、その中継をそれ以上見られなかった。
 試合を見ようと思っても、すぐに視界が滲んでボヤけてしまう。手に持っていたタオルで、必死で目元を拭った。
 弟は、この中継を見ているだろうか。
 もしかすると、中継を見ているのではなく、現地で応援しているのかもしれない。
 弟は、泣いているのだろうか。笑っているのだろうか。
 俺たちは、何もできなかった代わりに、子供の背中に夢を負わせた。
 俺たちは、その背中へ背負わせた夢に、勝手に感動している。
 あの頃よりずっと凛々しくなった由比少年は、今、甲子園で汗まみれになりながら、野球をしている。