「なんたることか」
ぬいぐるみの足をうまく持ち上げてくれないクレーンの動きに、神は困惑した。おかしい、以前はこの方法でうまくいっていたのに、と首を捻りながらもう百円を投入する。しかし結果はまた同じだった。
神はこのところまたクレーンゲームにはまっていた。数年前にも熱中していた時期があり、とあるシリーズのぬいぐるみを熱心に集めていたのだが、結局すべて集めきる前に筐体の中身が別のぬいぐるみに置き換えられてしまった。あと一体だったのに、と神は大変悔しがったものである。そんなタイミングで中身の入れ替えを敢行した店の従業員たちを、神はしかし許すことにした。人間の愚かな行ないを広い心で許す。神の慈悲のなせる業である。腹いせに台を二、三度蹴ってやりはしたが。
それから数年ののち、神は再び人間界に現れた。吸い寄せられるようにして向かった先は、やはりゲームセンターであった。『みんなで遊ぼう! パン工房!』シリーズのぬいぐるみは神の好みだった。今度はこれを集めることにしようと神は決めた。全十五種類だった。
神は続けて百円玉を入れようとするが、ふと気が付いて時計を確認すると、台を離れた。同じ台を長時間続けてプレイするのはマナーに反する行為であることを思い出したのだった。
少し時間を置くために、神は店内を適当にぶらぶら歩いた。はやる心は深呼吸で抑えつける。神ともなれば、己の欲求を鎮めることなどたやすい。なんとなくいつもより早足になっている気はするが、それは単に速く歩きたいからだろう。
そろそろいいだろう、と神は数分も経たないうちにもといた場所に戻った。すると、台の前に三人の人間がいるのが見えた。神は舌打ちなどけっしてせず、おとなしく後ろに並んで待っていることにした。
後ろから見るともなしに見ていると、クレーンががっちりとぬいぐるみを持ち上げている様が神の目に映った。神が何度やってもうまく持ち上げられなかったぬいぐるみを、人間が操るクレーンはいともたやすく持ち上げ、獲得口まで運んでいった。
「え、一発? やっば」
「うますぎ、プロじゃんもう」
「そなた、まじ神」
人間たちがいっせいに神のほうを見た。以前学んだ言葉の使いどころだと思ったのだが、どうやらなにかを間違えたようだ。三人とも怪訝そうな顔で神のことを見ていた。
「なぜそのようにうまく偶像を持ち上げられるのだ」
気を取りなおし、神は訊ねた。三人のうち二人はなおもなにか嫌そうな顔で神のことを見ていたが、ひとりの人間が神の問いかけに答えた。実際に機械を操作していた人間だった。
「クレーンが三本爪の場合は、二本のアームで運ぶようにするのがコツですね」
「なんと。せっかく三本あるというのに、二本しか使わぬと申すか」
「三本爪は確率機っていって、アームの強さが弱く設定されている場合が多いんです。クレーンをぬいぐるみの中心から少しずらして落としてあげて、二本のアームを深く差し込むようにしたほうが持ち上げたときに安定しやすいんですよ」
三つあるにもかかわらず、あえて二つしか使わないほうが効率的であるとは。人間の創意工夫の才にあらためて驚かされる神であった。
「まさに万物の霊長。実に見事な発想だ」
そう言うと、人間はなにかはっとしたような顔で神のことを見つめた。なにやら口を開きかけるが、周りの二人に腕を引かれるようにして去っていってしまう。はて、自分はなにか悪いことをしたのだろうかと神は腕組みをする。また「おじさん」の体を借りているからかもしれない。この国では「おじさん」はとかく嫌われがちな存在であるらしい。
神はクレーンゲームに百円硬貨を投じた。いましがた人間が言っていたことを実践に移してみると、たしかにさっきまでよりもぬいぐるみが持ち上がりそうな気配がした。神はさらにもう百円を投入口に入れる。
神によって望みを叶えられた人間はみな、神のことを忘れる。そして神もまた、かつて会った人間の記憶は、神々の世界に帰る際に消去することにしている。いずれも、人間界に無用な影響を残さないための措置だ。
しかし神は、自分がなんだか少しなつかしいような気分になっていることに気が付いた。それがなぜかはわからないが、不思議と悪い気分ではなかった。
(了)