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三つ編みで

ー/ー



 里沙たちがやってきた。
 里沙の顔はこわばっている。
 彼氏も神妙な面持ちだ。
 いったい何の話なのだろう。

 里沙は何かの紙を俺に差し出し、怒りに満ち満ちた声でこう言った。

「私はお父さんの子じゃなかったの?!」

「は? 何言ってんだ?」

「じゃあ、これは何なの!」

 里沙が俺に示した紙、それは戸籍謄本だった。

 里沙たちは入籍しようと、役所に戸籍謄本をもらいに行っていたのだった。
 戸籍の続柄の欄には【養女】と書かれており、身分事項の欄には【養子縁組】と書かれている。
 俺の名前は【養父氏名】の欄に書かれている。

 そうか……そうだった…………

 俺はすべてを思い出した。


 妻はかつて、職場の同僚であった。
 正直言えば、異性として意識してみていたのだが、彼女は当時、別の男と交際しており、その男の子を身ごもる。
 そして、妊娠を知ったその男性は失踪してしまったのだった。
 そいつは父親になる覚悟がなく、妻とお腹の子から逃げてしまったのだ。

 堕ろしたら? と言う者も多かったが、シングルマザーになる覚悟で彼女は出産。
 親からは猛反発を喰らい、育児にはあまり協力してもらなかったという。

 俺は産まれてきた子供が物心つく前にと思い、求婚。
 彼女は私の妻となった。
 里沙は妻の連れ子だったのだ。

 なんでこんな大事なことを……

 里沙が赤ん坊の頃から育ててきたので、俺にとって里沙は俺の子供という認識であった。
 数年後、妻が病気でなくなり、父子家庭として里沙と二人暮らしをしているうちに、ますます、里沙との“親子の絆”は深くなり、完全に俺の娘になっていた。

「こんな大事なこと、どうして教えてくれなかったの!」

「り、里沙があまりにも俺に似すぎているからだろ」

「何言ってんの。こんなときにふざけたこと言わないで!」

 大声で叫んだ里沙だが、次の瞬間には涙を流し始めていた。
 そうなのだ。
 血のつながった親子ではないにも関わらず、俺と里沙はよく似ていた。
 娘は父親に似るというのは本当だね、などと周りからよく言われたものだった。
 そういうこともあり、俺も里沙も、なんの違和感もなく親子として過ごしてきていたのだった。

「……黙っていてすまなかった。ただ、正直に言うと……信じてもらいないかもしれないが、父さんも里沙が養女だったということ、忘れていたんだ」

「…………そんなこと…………」

 あるわけないじゃない! と言おうとしたのだろう。
 しかし、里沙の言葉はそこで止まった。
 しばらくの沈黙の後、里沙は続けた。

「…………お父さんらしいかも…………」

 里沙は涙をこぼしながら下を向いていたが、その頬にはわずかな笑顔が宿った。

 横では、婚約者である彼氏が、正座をしたまま黙って俺達の話を聞いていた。
 俺は彼氏に言った。

「すまん。キミにも話しておくべきことだった」

「お義父さん、僕は何と言っていいのか分かりません。ただ、里沙さんのことを父親として心から愛し、育ててきたのだということは、僕にも伝わってきました」

 里沙が事実を受け入れるのには、しばらくの時間を要した。
 里沙は俺のことを一生恨むのかもしれない。
 そうなるとしても、それは俺の自業自得だ。

* * *

 あの日から、数ヶ月が経ち、結婚式も間近に迫ってきた。

「私ね、三つ指立てて挨拶、なんて古臭いこと絶対にやるものか、って思っていたの。でもね、今は心から、お父さんに挨拶したいって、そう思うの」

 里沙は姿勢を正して俺に向かい合い、指を伸ばして床につけた。
 そして、深々と頭を下げてこう言った。

「お父さん……お父さんは私にとって本当のお父さんです。私のことやお母さんのことを捨ててどこかに行ってしまった人のことを、お父さんだとはどうしても思えません。私のことをずっとずっと、これまでずっと育ててくれたお父さん。私にはお父さんは一人しかいません。お父さん、これまで育ててくれてありがとうございました。結婚して苗字も変わるけど、お父さんはいつだって私のお父さんだし、私はいつだってお父さんの娘です。自分の子供でもない私を、育ててくれてありがとうございました」

「何いってんだ。お前は俺の子供だろ。これまでも、そして、これからも」

 頭を上げた梨沙と目が合う。
 お互い、泣き顔なのに笑顔であった。

* * *

 花嫁となった里沙の髪型は、三つ編みをアレンジした編み込みであった。
 俺ではなく、式場のスタッフさんが丁寧にやってくれた。
 最も里沙らしい髪型だと俺は思った。

 俺と里沙は、チャペルの赤いカーペットの端に立った。
 俺の腕に、里沙の手が添えられる。
 里沙のもう片方の手には白く鮮やかなブーケ。

 里沙と顔を見合わせ、二人で微笑み合う。
 そして、祭壇に向けて、一歩を踏み出した。

 バージンロードは、これまでの人生の象徴だという。
 俺と里沙。
 共に歩んできた人生を思い返しながら、俺達は歩く。

 里沙たちの未来に、幸多からんことを!


< 了 >




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 里沙たちがやってきた。
 里沙の顔はこわばっている。
 彼氏も神妙な面持ちだ。
 いったい何の話なのだろう。
 里沙は何かの紙を俺に差し出し、怒りに満ち満ちた声でこう言った。
「私はお父さんの子じゃなかったの?!」
「は? 何言ってんだ?」
「じゃあ、これは何なの!」
 里沙が俺に示した紙、それは戸籍謄本だった。
 里沙たちは入籍しようと、役所に戸籍謄本をもらいに行っていたのだった。
 戸籍の続柄の欄には【養女】と書かれており、身分事項の欄には【養子縁組】と書かれている。
 俺の名前は【養父氏名】の欄に書かれている。
 そうか……そうだった…………
 俺はすべてを思い出した。
 妻はかつて、職場の同僚であった。
 正直言えば、異性として意識してみていたのだが、彼女は当時、別の男と交際しており、その男の子を身ごもる。
 そして、妊娠を知ったその男性は失踪してしまったのだった。
 そいつは父親になる覚悟がなく、妻とお腹の子から逃げてしまったのだ。
 堕ろしたら? と言う者も多かったが、シングルマザーになる覚悟で彼女は出産。
 親からは猛反発を喰らい、育児にはあまり協力してもらなかったという。
 俺は産まれてきた子供が物心つく前にと思い、求婚。
 彼女は私の妻となった。
 里沙は妻の連れ子だったのだ。
 なんでこんな大事なことを……
 里沙が赤ん坊の頃から育ててきたので、俺にとって里沙は俺の子供という認識であった。
 数年後、妻が病気でなくなり、父子家庭として里沙と二人暮らしをしているうちに、ますます、里沙との“親子の絆”は深くなり、完全に俺の娘になっていた。
「こんな大事なこと、どうして教えてくれなかったの!」
「り、里沙があまりにも俺に似すぎているからだろ」
「何言ってんの。こんなときにふざけたこと言わないで!」
 大声で叫んだ里沙だが、次の瞬間には涙を流し始めていた。
 そうなのだ。
 血のつながった親子ではないにも関わらず、俺と里沙はよく似ていた。
 娘は父親に似るというのは本当だね、などと周りからよく言われたものだった。
 そういうこともあり、俺も里沙も、なんの違和感もなく親子として過ごしてきていたのだった。
「……黙っていてすまなかった。ただ、正直に言うと……信じてもらいないかもしれないが、父さんも里沙が養女だったということ、忘れていたんだ」
「…………そんなこと…………」
 あるわけないじゃない! と言おうとしたのだろう。
 しかし、里沙の言葉はそこで止まった。
 しばらくの沈黙の後、里沙は続けた。
「…………お父さんらしいかも…………」
 里沙は涙をこぼしながら下を向いていたが、その頬にはわずかな笑顔が宿った。
 横では、婚約者である彼氏が、正座をしたまま黙って俺達の話を聞いていた。
 俺は彼氏に言った。
「すまん。キミにも話しておくべきことだった」
「お義父さん、僕は何と言っていいのか分かりません。ただ、里沙さんのことを父親として心から愛し、育ててきたのだということは、僕にも伝わってきました」
 里沙が事実を受け入れるのには、しばらくの時間を要した。
 里沙は俺のことを一生恨むのかもしれない。
 そうなるとしても、それは俺の自業自得だ。
* * *
 あの日から、数ヶ月が経ち、結婚式も間近に迫ってきた。
「私ね、三つ指立てて挨拶、なんて古臭いこと絶対にやるものか、って思っていたの。でもね、今は心から、お父さんに挨拶したいって、そう思うの」
 里沙は姿勢を正して俺に向かい合い、指を伸ばして床につけた。
 そして、深々と頭を下げてこう言った。
「お父さん……お父さんは私にとって本当のお父さんです。私のことやお母さんのことを捨ててどこかに行ってしまった人のことを、お父さんだとはどうしても思えません。私のことをずっとずっと、これまでずっと育ててくれたお父さん。私にはお父さんは一人しかいません。お父さん、これまで育ててくれてありがとうございました。結婚して苗字も変わるけど、お父さんはいつだって私のお父さんだし、私はいつだってお父さんの娘です。自分の子供でもない私を、育ててくれてありがとうございました」
「何いってんだ。お前は俺の子供だろ。これまでも、そして、これからも」
 頭を上げた梨沙と目が合う。
 お互い、泣き顔なのに笑顔であった。
* * *
 花嫁となった里沙の髪型は、三つ編みをアレンジした編み込みであった。
 俺ではなく、式場のスタッフさんが丁寧にやってくれた。
 最も里沙らしい髪型だと俺は思った。
 俺と里沙は、チャペルの赤いカーペットの端に立った。
 俺の腕に、里沙の手が添えられる。
 里沙のもう片方の手には白く鮮やかなブーケ。
 里沙と顔を見合わせ、二人で微笑み合う。
 そして、祭壇に向けて、一歩を踏み出した。
 バージンロードは、これまでの人生の象徴だという。
 俺と里沙。
 共に歩んできた人生を思い返しながら、俺達は歩く。
 里沙たちの未来に、幸多からんことを!
< 了 >