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07 応酬の意趣返し、そして少女はマットへ沈む

ー/ー



「こっ、これは……」

 鈴木理子(すずき りこ)をつかむ兵藤竜一(ひょうどう りゅういち)の巨体が、一瞬でリングへと沈んだ。

 マットが破裂するような轟音を立てる。

「慣性モーメントです、兵藤さん。機械工学の分野ではトルクとも呼ばれ、てこの原理を応用することで、最小の力と動きで相手を回転させることが可能となります。あなたの腕が地面と平行になる瞬間を待っていたことに、気がつかなかったのですか?」

「へっ、正体を現したってとこか、鈴木? まさかリングの上で、物理学の講義を受けることになるとはなぁ」

 鈴木は兵藤の腕に全身を絡ませ、返した手を締めあげている。

 あの技は確か――

「腕ひしぎ十字固めだ。柔道などでも使用され、さまざまなバリエーションがある汎用性の高い技だな」

 腰に手をかけた刀子冬真(かたなご とうま)が解説を入れる。

 なるほど、素人の俺が見ても、見事に極まっているようだ。

 しかしあれでは、鈴木の股間が……

 兵藤の腕のつけ根へ、モロに密着している。

 クソっ、うらやましい……

 はっ!?

 いかんいかん!

 そんなことより二人を止めなきゃ。

 鈴木がただ者ではないこと、いまの一連の動きでさすがにわかったが、それでもあんなすごいやつに勝てるとはとうてい思えない。

 でも、止めると言っても、この状況でいったいどうすれば……

 俺がそんなことを考えている間にも、鈴木はさらに体を強くかみ合わせていく。

 不謹慎かもしれないが、あたかもそれは、ごつごつとした大木に美しい大蛇が絡みついているようにも映った。

 兵藤の腕がギリギリと軋む音を立てている。

「あなたが奇襲を仕掛けることはわかっていました。いままでに立ち会った対戦相手のデータから統計的に分析するに。何よりもあなたが放つ野獣のような闘気、背後へ迫っていることにこのわたしが気がつかないとでも?」

 まるで機械かコンピューターのような言葉を、彼女は眼下の大男へ向け、冷たいまなざしとともに送った。

 当の兵藤は、笑っている。

「おまえこそ気がつかなかったのか? わざとそうしたことによ? 生意気な性格のおまえのこと、あえてつかまり、こうやって技で返してくることくらい簡単に予想できたさ。腕ひしぎをかけてくることだって、頸動脈の膨らみ方でわかったしな。俺を一度優位に立たせて逆転し、心をへし折ってやりたかった、そうだろ?」

「意外に頭の切れる方なのですね。そのとおりです、あなたのような野蛮な人間には、こうすることが一番効果があるでしょうから」

「いいねえ、そういうとこ。俺はな、鈴木。そんなイキってるおまえをコテンパンにのして、メチャクチャにかわいがって鳴かせてやるのが、いまから楽しみで仕方がないんだぜぇ?」

 二人は言葉の応酬を繰り返している。

「ふん、やはり、下劣な――っ!」

 激怒した鈴木は、一気呵成に力をかけた。

「ぐふぅっ――!」

 嗚咽を上げたのは、鈴木のほうだった。

「ほら、言わんこっちゃない」

 兵藤は内側へ大きく腕を振りかぶり、その勢いを利用して逆にマットへと叩きつけたのだ。

 彼女は背中をしたたかに打ち、激痛に身もだえしている。

「力をかけようとするとき、ほんの一瞬ではあるが、人間の脳ってやつはわずかに反応が遅れるんだ。多くの論文でも認められてる事実なんだぜ? 俺はただ、そのタイミングを見逃さなかっただけだよ。クールな立ち振る舞いとは裏腹に直情型で助かったぜ、鈴木?」

 鈴木は痙攣したカエルのようになっている。

 ダメだ、とても見ていられない。

「これでも両親が医者でな。俺も医学部志望なんだ。ま、どうでもいいことではあるけどよ」

 兵藤は悠々と立ち上がり、倒れこんだ鈴木をなめるように見下ろす。

鬼神(おにがみ)、おまえ、こいつのこと好きだろ?」

「え?」

「隠さなくたっていい、見てりゃわかる。しかし悪いが、こいつは俺がもらうぜ?」

「……」

 何も言えない、言い返せない。

 俺には、何もできない……

「刀子、本当にいいんだな?」

「ああ、おまえの好きにしろ」

 な、いったい、何をする気だ……

 まさか……

「さあ、地下闘技場チャンピオン・鈴木理子嬢の、解体ショーのはじまりだ」

 まな板の上の魚をシェフが調理するように、長身巨躯の男はゆっくりと、マットへ沈む無防備な少女に、その大きな手を伸ばした。


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「こっ、これは……」
 |鈴木理子《すずき りこ》をつかむ|兵藤竜一《ひょうどう りゅういち》の巨体が、一瞬でリングへと沈んだ。
 マットが破裂するような轟音を立てる。
「慣性モーメントです、兵藤さん。機械工学の分野ではトルクとも呼ばれ、てこの原理を応用することで、最小の力と動きで相手を回転させることが可能となります。あなたの腕が地面と平行になる瞬間を待っていたことに、気がつかなかったのですか?」
「へっ、正体を現したってとこか、鈴木? まさかリングの上で、物理学の講義を受けることになるとはなぁ」
 鈴木は兵藤の腕に全身を絡ませ、返した手を締めあげている。
 あの技は確か――
「腕ひしぎ十字固めだ。柔道などでも使用され、さまざまなバリエーションがある汎用性の高い技だな」
 腰に手をかけた|刀子冬真《かたなご とうま》が解説を入れる。
 なるほど、素人の俺が見ても、見事に極まっているようだ。
 しかしあれでは、鈴木の股間が……
 兵藤の腕のつけ根へ、モロに密着している。
 クソっ、うらやましい……
 はっ!?
 いかんいかん!
 そんなことより二人を止めなきゃ。
 鈴木がただ者ではないこと、いまの一連の動きでさすがにわかったが、それでもあんなすごいやつに勝てるとはとうてい思えない。
 でも、止めると言っても、この状況でいったいどうすれば……
 俺がそんなことを考えている間にも、鈴木はさらに体を強くかみ合わせていく。
 不謹慎かもしれないが、あたかもそれは、ごつごつとした大木に美しい大蛇が絡みついているようにも映った。
 兵藤の腕がギリギリと軋む音を立てている。
「あなたが奇襲を仕掛けることはわかっていました。いままでに立ち会った対戦相手のデータから統計的に分析するに。何よりもあなたが放つ野獣のような闘気、背後へ迫っていることにこのわたしが気がつかないとでも?」
 まるで機械かコンピューターのような言葉を、彼女は眼下の大男へ向け、冷たいまなざしとともに送った。
 当の兵藤は、笑っている。
「おまえこそ気がつかなかったのか? わざとそうしたことによ? 生意気な性格のおまえのこと、あえてつかまり、こうやって技で返してくることくらい簡単に予想できたさ。腕ひしぎをかけてくることだって、頸動脈の膨らみ方でわかったしな。俺を一度優位に立たせて逆転し、心をへし折ってやりたかった、そうだろ?」
「意外に頭の切れる方なのですね。そのとおりです、あなたのような野蛮な人間には、こうすることが一番効果があるでしょうから」
「いいねえ、そういうとこ。俺はな、鈴木。そんなイキってるおまえをコテンパンにのして、メチャクチャにかわいがって鳴かせてやるのが、いまから楽しみで仕方がないんだぜぇ?」
 二人は言葉の応酬を繰り返している。
「ふん、やはり、下劣な――っ!」
 激怒した鈴木は、一気呵成に力をかけた。
「ぐふぅっ――!」
 嗚咽を上げたのは、鈴木のほうだった。
「ほら、言わんこっちゃない」
 兵藤は内側へ大きく腕を振りかぶり、その勢いを利用して逆にマットへと叩きつけたのだ。
 彼女は背中をしたたかに打ち、激痛に身もだえしている。
「力をかけようとするとき、ほんの一瞬ではあるが、人間の脳ってやつはわずかに反応が遅れるんだ。多くの論文でも認められてる事実なんだぜ? 俺はただ、そのタイミングを見逃さなかっただけだよ。クールな立ち振る舞いとは裏腹に直情型で助かったぜ、鈴木?」
 鈴木は痙攣したカエルのようになっている。
 ダメだ、とても見ていられない。
「これでも両親が医者でな。俺も医学部志望なんだ。ま、どうでもいいことではあるけどよ」
 兵藤は悠々と立ち上がり、倒れこんだ鈴木をなめるように見下ろす。
「|鬼神《おにがみ》、おまえ、こいつのこと好きだろ?」
「え?」
「隠さなくたっていい、見てりゃわかる。しかし悪いが、こいつは俺がもらうぜ?」
「……」
 何も言えない、言い返せない。
 俺には、何もできない……
「刀子、本当にいいんだな?」
「ああ、おまえの好きにしろ」
 な、いったい、何をする気だ……
 まさか……
「さあ、地下闘技場チャンピオン・鈴木理子嬢の、解体ショーのはじまりだ」
 まな板の上の魚をシェフが調理するように、長身巨躯の男はゆっくりと、マットへ沈む無防備な少女に、その大きな手を伸ばした。