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全盛期について

ー/ー



 夏芽は宣言通りボランティア部に入部し、月水金の放課後は校内の美化活動や駅前での募金活動なんかに従事した。週末になると、障害者が生活する施設や老人ホームなどを訪れて出し物をしたりレクリエーションを披露したりしているようだった。夏芽がどのように活動しているのか、という情報はやはり把握しておきたかったので、私も暇があれば彼らの活動に立ち会った。時々は手伝ったりもして、そんなときはファミレスで行われる打ち上げにも呼んでもらえた。二人の先輩に見守られながら部活動に励む夏芽は、中学生の頃よりもさらに生き生きとしていた。
 夏芽は、校外学習の班決めや体育のグループ分けでは引っ張りだこで、順調にクラス内での愛されマスコット的な立ち位置に収まりつつある。そんな彼女とは対照的に、私はやはりかつてのリズムを取り戻せずにいた。
 璃李依に誘われて参加した合コン(もちろん夏芽には内緒だ)では、春に高校を中退して、今は自動車整備の工場で働きながら車について勉強しているという二つ年上の人と意気投合した。彼に誘われて合コンを途中で抜け出し、私は生まれて初めてラブホテルに入った。身体の相性は悪くなかったし、話していて楽しい人だったけれど、眠った彼が寝返りを打ったときに、肩甲骨のあたりに小さな和彫りが入っていることに気づいて、服を着てホテル代の半分を置いて部屋を出た。終電もとっくになくなっていて、私は真夜中の繁華街から一時間以上かけて、ひどい靴擦れを作りながら家まで歩いて帰った。
 そんな徒労と疲労にまみれた体験をして以来、相手を見繕ってセックスをする、という一連の行為に私はすっかり倦んでしまった。そして、もっと生産的なことをしようと思い立ち、学校から程近い場所にあるファストフード店でバイトを始めた。
 そんなわけで私の週末はバイトか、あるいはボランティア部のボランティアという奇妙なスケジュールで消化されていった。
 学校にしろ、アルバイト先にしろ、日々なにかしらの出来事が起こって、笑ったり驚いたり不愉快な目に遭ったりとそれなりに感情を動かされているはずなのに、私は折に触れて中学時代のことを思い出している。あの頃は良かったな、と辛気臭く過去を振り返ってしまうのだ。初めての中間テストでそれなりの結果を出したり、アルバイト代を貰ったりしても、私の中にほんの少しだけ染み込んだメランコリックな感情が消え去ることはなかった。
「小瀬の全盛期は、中学時代だったんだな」
 ノートパソコンで写真の整理をしながら私の話を聞いていた長岡先輩は、最終的にそんな纏めかたをした。
「全盛期、ですか」
 よくわからない表現だな、と思いながら私は復唱する。ここに来る前に自販機で買ったアイスカフェオレの微妙な苦味は、なんだか今の私の心境とマッチしている気がした。
「ああ。話を聞く限り、その当時は集中力と時の運が同時に存在していたようだから。少なくない数の男と付き合って、それでも大きなトラブルに見舞われず今日まで生きてこれたと思うと、素直に感心する」
 感心、というその言葉には、皮肉とまではいかなくとも、多少の呆れのような感情が見え隠れしていて、私はどう返事をすればいいのかわからず、軽い調子で「ありがとございまーす」と笑ってみせることしかできなかった。そんなことより、今の長岡先輩の言い分だと、今の私が集中力を欠いていてさらに運にも見放されている状態ということなのだろうか。そんな踏んだり蹴ったりなことってない。
 今日はバイトが休みで、放課後も特に予定を入れていなかった。衣替えでブレザーの着用が絶対ではなくなり身軽になった私は、暇つぶしにボランティア部の活動に顔を出した。平日に冷やかすのは初めてのことだったけれど、長岡先輩は快く(かどうかはこの無表情からは読み取れないけれど)受け入れてくれた。夏芽と樋渡先輩は、週末に行う郊外活動の申請書を提出するために職員室に向かったという。
 初対面の日以来、週末の活動の合間なんかに私の方から話しかけるうち、長岡先輩とは多少会話をする仲となった。最近では向こうからも声をかけてくるようになり、校内ですれ違うと立ち話をしたりする。当初はその無表情から冷たい印象を受けたけれど、実際のところ彼は人並みに話をするし、これまでに関わってきた男の子たちと比べても真面目で、まともな感性を持った人間だった。ユーモアというものをほとんど持ち併せていないけれど、その分知的で、無害で、異性と一緒にいる間は当然のように身に纏うべき一定量の緊張や警戒も、彼の前では手放すことができた。
 だからだろうか、私は私なりに長岡先輩を信頼して、夏芽をはじめ、今まで誰にも話さずにいた己の男性遍歴を、彼にはある程度打ち明けることができた。もちろん、じっくりと観察して相手を見繕い、セックスやピロートークを楽しむだけ楽しんでまた次の相手を見繕う、という全貌までを赤裸々に明かすことはせず、セフレ=恋人という具合に置き換えて話した。結果、付き合った人がそれなりの数にのぼる、というふうに長岡先輩も理解している。少なくとも、私が処女だとは思っていないだろう。
 今日も、私は最近の出来事とそれを受けての心境を長岡先輩に打ち明けた。ラブホテルに行ったというのはなんとなく言いたくなくて、そこは彼の家と設定を変更しておいた。すべてを打ち明けているようで、この人には部分的に取り繕った自分を見せている。
 窓からグラウンドを見渡すのにも飽きて、長岡先輩の側に行き操作するノートパソコンの画面を覗き込む。そこには、先週に放課後デイサービスで行ったというレクリエーションの写真が映っている。笑顔の夏芽と樋渡先輩と子どもたちが写る、微笑ましい写真。撮ったのは長岡先輩だ。
 ボランティア部の活動は、大体において夏芽と樋渡先輩が実務を担当し、長岡先輩は裏方に徹する。私が手伝うときは大体長岡先輩につく。
「先輩、写真撮るの上手ですよね」
「そうか」
 少し遅れて、ありがとう、と彼は付け足した。
 撮影を担当している長岡先輩がいつも使ってる真っ白なライカは、彼の纏う冷たい雰囲気をなんだか更に引き締めていて、ファインダーを覗いているその佇まいを、私はなんとなく見入ってしまう。
 そんなことを言ってみようかな、と思っていたら、誰かが教室に入ってきた。


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 夏芽は宣言通りボランティア部に入部し、月水金の放課後は校内の美化活動や駅前での募金活動なんかに従事した。週末になると、障害者が生活する施設や老人ホームなどを訪れて出し物をしたりレクリエーションを披露したりしているようだった。夏芽がどのように活動しているのか、という情報はやはり把握しておきたかったので、私も暇があれば彼らの活動に立ち会った。時々は手伝ったりもして、そんなときはファミレスで行われる打ち上げにも呼んでもらえた。二人の先輩に見守られながら部活動に励む夏芽は、中学生の頃よりもさらに生き生きとしていた。
 夏芽は、校外学習の班決めや体育のグループ分けでは引っ張りだこで、順調にクラス内での愛されマスコット的な立ち位置に収まりつつある。そんな彼女とは対照的に、私はやはりかつてのリズムを取り戻せずにいた。
 璃李依に誘われて参加した合コン(もちろん夏芽には内緒だ)では、春に高校を中退して、今は自動車整備の工場で働きながら車について勉強しているという二つ年上の人と意気投合した。彼に誘われて合コンを途中で抜け出し、私は生まれて初めてラブホテルに入った。身体の相性は悪くなかったし、話していて楽しい人だったけれど、眠った彼が寝返りを打ったときに、肩甲骨のあたりに小さな和彫りが入っていることに気づいて、服を着てホテル代の半分を置いて部屋を出た。終電もとっくになくなっていて、私は真夜中の繁華街から一時間以上かけて、ひどい靴擦れを作りながら家まで歩いて帰った。
 そんな徒労と疲労にまみれた体験をして以来、相手を見繕ってセックスをする、という一連の行為に私はすっかり倦んでしまった。そして、もっと生産的なことをしようと思い立ち、学校から程近い場所にあるファストフード店でバイトを始めた。
 そんなわけで私の週末はバイトか、あるいはボランティア部のボランティアという奇妙なスケジュールで消化されていった。
 学校にしろ、アルバイト先にしろ、日々なにかしらの出来事が起こって、笑ったり驚いたり不愉快な目に遭ったりとそれなりに感情を動かされているはずなのに、私は折に触れて中学時代のことを思い出している。あの頃は良かったな、と辛気臭く過去を振り返ってしまうのだ。初めての中間テストでそれなりの結果を出したり、アルバイト代を貰ったりしても、私の中にほんの少しだけ染み込んだメランコリックな感情が消え去ることはなかった。
「小瀬の全盛期は、中学時代だったんだな」
 ノートパソコンで写真の整理をしながら私の話を聞いていた長岡先輩は、最終的にそんな纏めかたをした。
「全盛期、ですか」
 よくわからない表現だな、と思いながら私は復唱する。ここに来る前に自販機で買ったアイスカフェオレの微妙な苦味は、なんだか今の私の心境とマッチしている気がした。
「ああ。話を聞く限り、その当時は集中力と時の運が同時に存在していたようだから。少なくない数の男と付き合って、それでも大きなトラブルに見舞われず今日まで生きてこれたと思うと、素直に感心する」
 感心、というその言葉には、皮肉とまではいかなくとも、多少の呆れのような感情が見え隠れしていて、私はどう返事をすればいいのかわからず、軽い調子で「ありがとございまーす」と笑ってみせることしかできなかった。そんなことより、今の長岡先輩の言い分だと、今の私が集中力を欠いていてさらに運にも見放されている状態ということなのだろうか。そんな踏んだり蹴ったりなことってない。
 今日はバイトが休みで、放課後も特に予定を入れていなかった。衣替えでブレザーの着用が絶対ではなくなり身軽になった私は、暇つぶしにボランティア部の活動に顔を出した。平日に冷やかすのは初めてのことだったけれど、長岡先輩は快く(かどうかはこの無表情からは読み取れないけれど)受け入れてくれた。夏芽と樋渡先輩は、週末に行う郊外活動の申請書を提出するために職員室に向かったという。
 初対面の日以来、週末の活動の合間なんかに私の方から話しかけるうち、長岡先輩とは多少会話をする仲となった。最近では向こうからも声をかけてくるようになり、校内ですれ違うと立ち話をしたりする。当初はその無表情から冷たい印象を受けたけれど、実際のところ彼は人並みに話をするし、これまでに関わってきた男の子たちと比べても真面目で、まともな感性を持った人間だった。ユーモアというものをほとんど持ち併せていないけれど、その分知的で、無害で、異性と一緒にいる間は当然のように身に纏うべき一定量の緊張や警戒も、彼の前では手放すことができた。
 だからだろうか、私は私なりに長岡先輩を信頼して、夏芽をはじめ、今まで誰にも話さずにいた己の男性遍歴を、彼にはある程度打ち明けることができた。もちろん、じっくりと観察して相手を見繕い、セックスやピロートークを楽しむだけ楽しんでまた次の相手を見繕う、という全貌までを赤裸々に明かすことはせず、セフレ=恋人という具合に置き換えて話した。結果、付き合った人がそれなりの数にのぼる、というふうに長岡先輩も理解している。少なくとも、私が処女だとは思っていないだろう。
 今日も、私は最近の出来事とそれを受けての心境を長岡先輩に打ち明けた。ラブホテルに行ったというのはなんとなく言いたくなくて、そこは彼の家と設定を変更しておいた。すべてを打ち明けているようで、この人には部分的に取り繕った自分を見せている。
 窓からグラウンドを見渡すのにも飽きて、長岡先輩の側に行き操作するノートパソコンの画面を覗き込む。そこには、先週に放課後デイサービスで行ったというレクリエーションの写真が映っている。笑顔の夏芽と樋渡先輩と子どもたちが写る、微笑ましい写真。撮ったのは長岡先輩だ。
 ボランティア部の活動は、大体において夏芽と樋渡先輩が実務を担当し、長岡先輩は裏方に徹する。私が手伝うときは大体長岡先輩につく。
「先輩、写真撮るの上手ですよね」
「そうか」
 少し遅れて、ありがとう、と彼は付け足した。
 撮影を担当している長岡先輩がいつも使ってる真っ白なライカは、彼の纏う冷たい雰囲気をなんだか更に引き締めていて、ファインダーを覗いているその佇まいを、私はなんとなく見入ってしまう。
 そんなことを言ってみようかな、と思っていたら、誰かが教室に入ってきた。