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進展

ー/ー



 四人掛けのテーブルに三年、一年とそれぞれ並んで座り、夏芽はオレンジジュースを、それ以外の三人がコーヒーを注文した。そして改めて全員で自己紹介をした。
「へえ、小瀬さんはバスケ部を途中で辞めちゃったんだ」
 届いたコーヒーにミルクやシュガーを投入しながら、樋渡先輩がそう言った。
「はい。先輩と反りが合わなかったんで」
「でも、みーちゃん、部活を辞めて塾に通い始めてからはすっごい勉強ができるようになって、あ、それまでも私より成績はよかったんですけど、教えるのもすごく上手になったんです。私がここに入れたのも、みーちゃんが勉強を教えてくれたおかげなんですよ」
 手短かに済ませようとしていたのに、夏芽が言わなくていいことまで饒舌に説明してくれる。言動のすべてに他意がなくてシンプルなところがこの子の美徳だけれど、今だけはちょっとうんざりしてしまう。
「じゃあ和久井さん、受験のときも塾なんかにも通わなかったの?」
「はい! みーちゃんの家庭教師だけです」
 案の定、樋渡先輩の私への関心の深度が上がるのを感じた。長岡先輩の方は、視線こそこちらを向いているものの相変わらず無言を貫いている。
「小瀬さん、とても教え上手なんだね。ねえ、よかったら通っていた塾を教えてもらえないかな? 私の弟がちょうど受験生で、いいところを探してるんだけど」
 積極的には教えたくない、というのが本音ではあったけれど、ここで言い渋ってもどうせ夏芽が無邪気に口を割ることだろう。私は努めて自然に、あくまでも葛藤などまったくないかのように、あの様々な経験を積んだ塾の名前を教えた。
「ありがとう。参考にさせてもらうね」
 それから樋渡綾はあっさりと話題を変え、「二人とも、甘いものは好き?」と私たちに訊ねた。私はスイーツ系はそこまで好きではなかったけれど、甘いものに限らず、食べられるものはなんでも美味しくいただける夏芽は、樋渡先輩に連れられてショーケースに並んでいるスコーンを見に行った。そのため、思いがけず長岡先輩と二人きりの時間が生まれてしまう。
 ついさっき初めて対面した男と二人きりになったところで、私は特にストレスを感じたりしない。別にこれは異性に限った話ではなくて、基本的に私は知らない人と同じ空間にいることにストレスを感じるということがなかった。それは、生まれ持った資質のようなものも多少はあるのかもしれないけれど、塾に通っていた頃に人を見定めようと観察する習慣を身につけたことがやはり大きかったように思う。緊張や抵抗を感じるより先に、眼の前の相手がどのような人間であるのかを、習慣的に読み取ろうとしてしまうのだ。
「甘いもの、食べないのか」
 店内の喧騒に紛れて、かろうじて届いた声。それが向かいに座る長岡先輩のものだと気づくのに、時間がかかってしまった。彼の声は、その見た目通り低く落ち着いたものだった。
「そうですね。太っちゃいますし」
 これでもスタイルには気をつけてるんで、と適当なことを付け足しておく。
「そうか」
 コーヒーに口をつけながら、バッグからスマホを取り出してたまっていたメッセージに目を通していく。璃李依から、今度合コンしよ、ときている。ああ、こういうのってなんか高校生らしくていいな、と思う。それに、塾で培った人間観察のスキルがどこまで通用するのか、試してみたい気持ちもあった。
「すまない」
 ふと、長岡先輩の声がして、私は顔を上げる。
「どうしたんですか」
「本当なら、先輩である俺が、率先して話題を提供するべきなんだけどな」
 そこまで言われて、自分が上級生の前でなんの抵抗もなくスマホを触っていたことに気づいた。
「こっちこそ、すみません。失礼しました」
「いや、退屈だっただろう。俺は綾みたいに、上手く話すことができない」
「あの人は、見るからに話し上手な感じですよね」
「ああ。本当にそつがない人だよ」
 そう言って長岡先輩はかすかに笑った。口角をわずかにあげる程度の笑みだったけれど、彼に対する暗いイメージに光が差した気がした。
「別に、無理して話す必要ないですよ。私、沈黙とか全然苦じゃないんで」
「それは……もしかしてフォローのつもりなのか?」
「一応」
 長岡先輩は、呆れたように息を漏らして笑った。それもまた、印象的な微笑みだった。
 夏芽と樋渡先輩が戻ってから、一時間ほど話してその日は解散した。帰り道、夏芽は「私、絶対ボランティア部に入る」と宣言した。私は「いいんじゃない」と言った。
 夏芽が私の関与しないコミュニティに身を置くのは、これが初めてになる。とにかく見守っていくしかないな、と自分に言い聞かせた。 



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 四人掛けのテーブルに三年、一年とそれぞれ並んで座り、夏芽はオレンジジュースを、それ以外の三人がコーヒーを注文した。そして改めて全員で自己紹介をした。
「へえ、小瀬さんはバスケ部を途中で辞めちゃったんだ」
 届いたコーヒーにミルクやシュガーを投入しながら、樋渡先輩がそう言った。
「はい。先輩と反りが合わなかったんで」
「でも、みーちゃん、部活を辞めて塾に通い始めてからはすっごい勉強ができるようになって、あ、それまでも私より成績はよかったんですけど、教えるのもすごく上手になったんです。私がここに入れたのも、みーちゃんが勉強を教えてくれたおかげなんですよ」
 手短かに済ませようとしていたのに、夏芽が言わなくていいことまで饒舌に説明してくれる。言動のすべてに他意がなくてシンプルなところがこの子の美徳だけれど、今だけはちょっとうんざりしてしまう。
「じゃあ和久井さん、受験のときも塾なんかにも通わなかったの?」
「はい! みーちゃんの家庭教師だけです」
 案の定、樋渡先輩の私への関心の深度が上がるのを感じた。長岡先輩の方は、視線こそこちらを向いているものの相変わらず無言を貫いている。
「小瀬さん、とても教え上手なんだね。ねえ、よかったら通っていた塾を教えてもらえないかな? 私の弟がちょうど受験生で、いいところを探してるんだけど」
 積極的には教えたくない、というのが本音ではあったけれど、ここで言い渋ってもどうせ夏芽が無邪気に口を割ることだろう。私は努めて自然に、あくまでも葛藤などまったくないかのように、あの様々な経験を積んだ塾の名前を教えた。
「ありがとう。参考にさせてもらうね」
 それから樋渡綾はあっさりと話題を変え、「二人とも、甘いものは好き?」と私たちに訊ねた。私はスイーツ系はそこまで好きではなかったけれど、甘いものに限らず、食べられるものはなんでも美味しくいただける夏芽は、樋渡先輩に連れられてショーケースに並んでいるスコーンを見に行った。そのため、思いがけず長岡先輩と二人きりの時間が生まれてしまう。
 ついさっき初めて対面した男と二人きりになったところで、私は特にストレスを感じたりしない。別にこれは異性に限った話ではなくて、基本的に私は知らない人と同じ空間にいることにストレスを感じるということがなかった。それは、生まれ持った資質のようなものも多少はあるのかもしれないけれど、塾に通っていた頃に人を見定めようと観察する習慣を身につけたことがやはり大きかったように思う。緊張や抵抗を感じるより先に、眼の前の相手がどのような人間であるのかを、習慣的に読み取ろうとしてしまうのだ。
「甘いもの、食べないのか」
 店内の喧騒に紛れて、かろうじて届いた声。それが向かいに座る長岡先輩のものだと気づくのに、時間がかかってしまった。彼の声は、その見た目通り低く落ち着いたものだった。
「そうですね。太っちゃいますし」
 これでもスタイルには気をつけてるんで、と適当なことを付け足しておく。
「そうか」
 コーヒーに口をつけながら、バッグからスマホを取り出してたまっていたメッセージに目を通していく。璃李依から、今度合コンしよ、ときている。ああ、こういうのってなんか高校生らしくていいな、と思う。それに、塾で培った人間観察のスキルがどこまで通用するのか、試してみたい気持ちもあった。
「すまない」
 ふと、長岡先輩の声がして、私は顔を上げる。
「どうしたんですか」
「本当なら、先輩である俺が、率先して話題を提供するべきなんだけどな」
 そこまで言われて、自分が上級生の前でなんの抵抗もなくスマホを触っていたことに気づいた。
「こっちこそ、すみません。失礼しました」
「いや、退屈だっただろう。俺は綾みたいに、上手く話すことができない」
「あの人は、見るからに話し上手な感じですよね」
「ああ。本当にそつがない人だよ」
 そう言って長岡先輩はかすかに笑った。口角をわずかにあげる程度の笑みだったけれど、彼に対する暗いイメージに光が差した気がした。
「別に、無理して話す必要ないですよ。私、沈黙とか全然苦じゃないんで」
「それは……もしかしてフォローのつもりなのか?」
「一応」
 長岡先輩は、呆れたように息を漏らして笑った。それもまた、印象的な微笑みだった。
 夏芽と樋渡先輩が戻ってから、一時間ほど話してその日は解散した。帰り道、夏芽は「私、絶対ボランティア部に入る」と宣言した。私は「いいんじゃない」と言った。
 夏芽が私の関与しないコミュニティに身を置くのは、これが初めてになる。とにかく見守っていくしかないな、と自分に言い聞かせた。