<それでは次のニュースです。今日未明、都内を下校中の女子高校生が、意識不明の硬直状態で発見されました。近頃に多発している人体の硬直現象について、警視庁では捜査を――……>
「|瞳《ひとみ》~、帰ろー」
高校2年、2学期の中間テスト最終日。長きにわたる地獄のテスト週間がようやく終わり、生徒たちは解放感に満ち溢れていた。カラオケやゲームのオンライン集合といった、気を緩めた会話があちこちから聞こえる。かく言う私も、今日はこの後に大切な予定を控えており、胸を踊らせていた。
隣のクラスの|夏菜《なつな》の呼びかけ応答し、私たちは昇降口に向かった。彼女とは小学校からの親友で、家も近い。他愛ない話や悩み事など、夏菜にはなんでも話せた。
「ね、忘れてないよね。今日の14時」
「もちろん。続き、どうなっちゃうんだろうなぁ」
駅までに向かう道中も電車の中も、最寄り駅から家までも、私と夏菜はその〝予定〟の話で夢中だ。|コ《・》|レ《・》に出会ったのは半年前、その世界を先に知っていた夏菜に教えてもらい、私もまんまとハマってしまった。
「……にしても、けっこうパトカーが走ってるね」
「仕方ないよ、最近変な事件が起きてるし。あれって普通にしてた人が急に硬直しちゃうんでしょ? なんか怖いよね」
すれ違うパトカーを見つめながら、私は僅かに身を震わせた。街中で硬直した人が発見される事件は、数週間前に最初の被害者が確認されて以降、徐々に増加傾向にある。
目撃者の証言は「さっきまで普通に歩いていたのに、突然固まって動かなくなる」というのが多く聞かれた。傍にいる人が急に硬直してしまうなんて、考えただけでも恐怖でしかない。しかも原因は不明だ。新種のウイルスか、何者かの仕業なのか。
「確かに怖いけど、ウチらはこんなに元気なんだし、きっと大丈夫だよ」
「そう、だよね……。じゃあ、バイバイ」
夏菜と別れた私は駆け足で家へ帰った。まだお昼時の我が家には誰もいない。冷凍庫から適当に冷凍食品を漁ってレンチンし、簡単な昼食を済ませて部屋へ。
時刻は13時55分。大好きなことを目の前にすると、不思議と嫌なことは忘れられるものだ。ドキドキと鼓動を高鳴らせながら、パソコンのスイッチを押す。スマホでも見られるけど、私はパソコンの大きな画面で見る方が好きだった。
「14時! さぁ、どれどれ……」
手際よくインターネットを操作し、いつものサイトを開いた。
小説投稿サイト『|Uniscel《ユニセル》』。プロ・アマ関係なく個人が書いた小説を自由に投稿でき、且つ誰でも読むことができるサイトだ。
ライトノベルと呼ばれるものがあることすら知らなかった私だけれど、夏菜に勧められて読んでみれば、軽い口調で書かれた文脈がとても読みやすくて驚いたものだ。
中でも私たちが夢中になっているのが、とある作家さんが描く異世界ファンタジー小説だ。魅力的なキャラクターたちやストーリーに、あっという間に引き込まれてしまった。ところどころに散りばめられた恋愛要素と伏線のバランスも見事なもの。なによりこの物語を読むと、私も主人公たちと共に冒険をしている気分になれた。
そして何を隠そう、今日は最新話の公開日。更新時間と同時に読めるなんて嬉しすぎる。
……と思っていたのだけれど。
「あれ、まだ上がってこないなぁ」
もう5分ほど過ぎているのに、新着情報が一向に流れてこなかった。今までこんなことはなかったのに、執筆が遅れてるのだろうか。そういえば作家さんも最近忙しいってSNSで嘆いてたっけ。
新着の代わりに流れてくる、夏菜からの『まだだねー』『今日に限って~泣』などの通知に返信しながら、私はオンラインゲームを始めた。
――結局この日、あの小説が更新されることはなかった。
翌日の登校、私と夏菜の会話は昨日の騒動で持ちきりだった。
体調不良とかだったら仕方ないけれど、楽しみにしていただけにショックは大きくまだ引きずっている。今日の14時に新しく更新されていることを願うばかりだ。
ところが5限目の授業を終えた休み時間に、夏菜からとんでもない通知が届いた。
『Uniscel 開いてみて!』
『もしかしたら、もう続きは読めないかも』
『でも新作も面白そうだな~』
連続で3通。この短い文章で、私は一気に混乱に陥った。続きが読めないってどうゆうこと? 新作って、なんの?
焦りで震える手を押さえながら、私はスマホで小説サイトを開いた。
そこで目を疑った。なんとあの小説を書いていた作家さんが、別の新しい小説の連載を始めていたのだ。今日だけで既に10話以上も投稿されている。お知らせ欄を見ても、あの小説に関することには何も触れられていなかった。
……どうして? その問いばかりが頭に浮かび、6限目の授業内容は全く入ってこなかった。
放課後、私は教室へやってきた夏菜に攻め寄った。
「ねぇ、どうゆうこと!? なんで違う小説を書き始めちゃったの!?」
彼女を責めても意味がないのに、私は怒りをぶつけずにはいられなかった。でも夏菜は冷静に私を席に座らせると、Web小説界には良くあることだと説明した。
「多分、エタったんだと思う」
「エタった?」
「そう、未完成で終わるって意味。作家さんもね、連載を続けるって凄く大変なことなんだよ。なかなか読まれなかったり、感想が貰えなかったりすると、気力が失われて続きを書けなくなるの」
書けないものを続けるのが辛いなら、違う作品を書いて新たな一歩を踏み出す。それも執筆を続ける上では必要な選択肢の1つなのだ、と夏菜は言った。いやいや、作家さんはそうかもしれないけど。
「だとしても、どんな形でも一旦終わらせるべきじゃない!? 主人公たちだって浮かばれないよ」
「瞳、気持ちは分かるけど……。もう少し様子を見ようよ。もしかしたら、そのうちまた続きが書かれるかもよ」
夏菜に宥められて、私は胸にモヤモヤを抱えたまま、とりあえず頷いた。
でも待てど暮らせど、あの小説の続きが書かれることはなかった。新作には前よりも多くの評価がつき、感想もたくさん貰えているらしく、いまさら元の作品を顧みてくれるとも思えない。
あの作品は、これからが山場ってところで終わっていた。主人公は村を救えるのか、ヒロインとの恋は実るのか……どんなに待ち望んでも、その結末を知ることはもうできない。
せめて終わらせてくれれば、その先は想像して楽しむこともできるのに。
数日後。
夏菜は朝練で先に登校しているから、今朝は一人だ。足取りが重く、日が経つほどモヤモヤは大きくなるばかりだった。すぐに受け入れられている夏菜が不思議でたまらない。
意気消沈のまま通学路を歩いていると、どこからか女の人の叫び声が響き渡った。
「どうしたの!? ねぇ、動いてよ! 誰かっ、誰かぁ!」
悲鳴は瞬く間に人を呼び、彼女の周りを野次馬が取り囲んだ。私も気になって人影の隙間から覗くと、マネキンのように微動だにしない男の人に、女の人が泣きながら必死に呼びかけていた。
二人はカップルだろうか。楽しく会話をしていたことが分かるほど、男の人はお腹を抱えて笑ったままの姿で硬直している。
連日ニュースになっているソレを、今や知らない人のほうが少ない。周りの人たちは皆、とても絶望的な表情を浮かべていた。
これは例の硬直事件だ。私は今、その現場を目撃してしまったんだ……。
背筋がゾッとして、逃げるようにその場を去った。
学校に着くと、事件現場を見た子が他にもいたらしく、教室内でも噂になっていた。面白おかしく茶化している子もいれば、自分や親しい人の身にも起こるかもしれないと不安を抱き、泣き出す子もいた。
被害者が病院に運ばれたという報道は聞くけれど、その後〝元に戻った〟という情報は一切ない。でも意識・呼吸・心音のどれも感じないのなら、それはほぼ死ではないか。
固まってしまった人は、どんな思いでその時を迎えるのだろう。なんの宣告もなく、なんの準備もなく、全てが止まるその瞬間を。
それはまるで〝生〟という物語の筆を折り、打ち切るように――。
部活を終えて夏菜と合流し、いつものように下校を共にする。話題はやはりWeb小説のこと。夏菜はあの小説を書いていた作家さんの、新しい作品も読んでいるそうだ。前作とはまた違うテイストの話で、とても面白いから私も読んでみなと勧められた。
でも私はやっぱり前作の続きと結末が気になって、他の作品を楽しむ気持ちになれなかった。私の中に息づいている主人公たちは止まったまま動かない。……そう、あの事件と同じだ。
「ねぇ、夏菜。今起きてる事件、なんか〝エタる〟に似てない?」
「えぇ? それはちょっと考えすぎじゃない?」
「そんなことない! だって人生が突然そこで終わっちゃうんだよ? 自分の意思も関係なしに、幕引きしちゃうんだよ!?」
そう啖呵を切ると、夏菜は目を丸くして軽快な笑い声を上げた。
「あっはっはっ! 瞳、小説のことで頭いっぱいになりすぎだよ。まさか私たちの生きる世界が小――」
夏菜の声は不自然にそこで途切れた。なんの冗談か、彼女は私の肩を軽く叩く素振りをしながら、そこで固まってしまった。
全身から血の気が引いた。声を出そうにも喉が締まったように苦しく、息もできない。心臓は一気に心拍数を上げ、鼓動が耳元で鳴り響く。
静止画でも見ているんじゃないかと思うほど綺麗に止まった彼女へ、震える手を伸ばして触れた。肌は柔らかく血色も良い。それなのに私の親友は、どうして動かないの? あぁ息もしてない……、脈も感じない!
「なつ……、夏菜! 夏菜ッ!」
人通りの多い道の真ん中で人目も憚らず、滲んだ視界に映る夏菜を必死に抱き締めた。どうして彼女を? 夏菜の何が気に入らなかったっていうの。
誰なの、彼女の〝物語〟を止めてしまったのは。気のせいなんかじゃない、この世界はやっぱり。
「ねぇ、お願い! 物語の中の人物だって生きてるんだよ!? ちゃんと結末まで導いてよ!」
気がつくと私は存在するかも分からない〝誰か〟に向かって叫んでいた。
あの小説を読んだ私の中に登場人物たちが生きていたように、誰か一人の目でも触れられた物語は、その誰かの中に息づくのだ。作者が「終わり」と言わない限り、彼らは敵を倒すことも負けることも、生きることも死ぬこともできない。生きながらにして死んだ存在。
そんなのないよ。
なら最初から、あなただけの中に留めてほしかった。
そしたら私も知らないままだった。
「私たちも最後まで、この|物語《人生》をいきtaiy